1年夏季試験
実際に起こった事件の全容は、学院内では余計な混乱を避けるために詳細を省いたかたちで通達されました。元々、そのような事件が起こっていたということを男子生徒は噂以下の情報でしか持っていなかったようですし、女子生徒は既に誰もが知っている内容だったため、少しばかりの関心を引きしばらくの間話の種にはなりましたが、それ以上は広がることはありませんでした。
そして、いよいよ夏季休暇も目前、学院内の生徒が男子も女子も皆、夏季休暇の話題に花を咲かせる中、私たちは夏季休暇前の最後の行事とも言える試験期間を迎えました。
「うぅぅ。嫌だよぉ」
「アーシャ、ぐずっていても仕方ありませんよ」
試験初日、私はベッドから出てこないアーシャを布団から引っ張り出しました。
「今日試験を受けなければ夏季休暇にも学院で補習を受けることになりますよ」
「それも嫌だけど、それとは別なの」
私は顔を洗って自分の髪を梳かし終えた後に、未だに準備を始めていないアーシャを椅子に座らせて髪を梳かします。
「ありがとう、ルーナ」
「しっかりしてください。あと5日間だけではないですか」
「うん」
私たちは制服に着替えると、一緒に朝食へと向かいました。
「今日から試験期間だね。準備はばっちりかい」
「全力を尽くすだけです」
「頑張りな」
「ありがとうございます」
トゥルエル様にエールをいただき、気持ちよく教室へと向かった私たちだったのですが、席に着いて準備をしていると一人の男子生徒が私の席までいらっしゃいました。
「今日こそ決着をつけさせてもらおう、ルーナ・リヴァーニャ」
「確か、マーキュリウス様でしたでしょうか?」
マーキュリウス・ブリジット様。以前、ルグリオ様に決闘を挑まれた方です。私の中では確かに印象に残っています、悪い意味で。
「すみません。決着と言われましても、私には何のことなのか見当がつかないのですけれど」
ルグリオ様と決闘のようなことをなさっていたため、印象には残っているのですが。
「ルーナ。前に結婚を申し込まれていたでしょう」
私が思い出そうとしていると、隣に座っていたアーシャが教えてくれました。
「結婚ですか。私は大好きな方と婚約させていただいておりますし、そのことはコーストリナだけでなく、近隣諸国にも伝わっているはずなのですが」
そもそも試験というのは自分の理解度を確認するために行われるのであって、他人に勝利することを目的として行うものではないと思うのですが。
「ふん。以前戦ったのは君とではない。君の婚約者と名乗った者とだけだ。つまり、この勝負に勝って君の方から僕に申し込んでくれれば、今すぐにでも挙式できるというわけさ」
「アーシャ。どうやら私はもうだめなようです。目の前の方のおっしゃることが理解できません」
「大丈夫だよ、ルーナ。私も同じだから」
アーシャの方を向くと、よしよしと頭を撫でてくれました。
「君たちはアルケイオン王国ブリジット公爵家長男であるこの僕、マーキュリウス・ブリジットを何だと思っているんだ」
そう言われましても。
「ねえ、あんた。本当に何も知らないのね」
「アルケイオン王国の貴族は跡取り息子の教育もまともにできないのかしら?」
「それともあなたが特別馬鹿なの?」
「あなたこそ、ルーナのことを誰だと思っているの?」
殆どのクラスメイトが相手にしていない中、もはや見ていられないといった風に話に割り込まれた周りのクラスメイトの様子に、さすがのマーキュリウス様も何かを感じられたようです。
「そう言えば聞いていなかったな。ルーナ・リヴァーニャ、あなたは」
「はい、席に着いてください」
マーキュリウス様が尋ねられようとしたところで、丁度リリス先生が教室へ入って来られました。そして私はまたしても本当のことを告げることができませんでした。
それから先、試験期間が終わるまでどなたもお忙しいようで、特に問題なく試験は進んでいきました。
私も懸念があるとすれば運動科目だけで、他の科目は問題なくできた感触がありました。
試験が終わると、返却と成績開示までの間にお休みがあります。そんな期間はいいからはやく夏季休暇にしてほしい、というのがほとんどの学生の意見だそうですが、先生方にも採点と成績をつける期間は必要でしょう。
試験の採点結果はそれぞれの科目ごとと総合成績とで分かれて張り出されて誰でも閲覧可能になるそうです。それによって、意欲を高めるのが目的だそうです。
「とうとうこの日が来たよ。君を花嫁に迎える日が」
試験結果で私が嫁ぐという話はしていなかったはずですし、そもそも何度も絡んでこられて私の中での彼への心象はかなり悪いので、私も今日こそは本当のことを告げようと決心していました。
「ルーナ、張り出されたよ」
「では、私が勝ったら金輪際私と私の大切な人たちに関わらないでくださいね」
一方的な決まり事など認められるものではありません。負けたからといって彼の花嫁になるつもりは毛頭ありませんが、とりあえず自分の主張も通しておこうと思いました。
「そんなことはありえないだろうが、まあいいだろう」
かなり気になる言われ方でしたが、一応言質は取りました。周りのクラスメイトが証人です。
そして私は一番上に書かれている自分の名前を発見しました。自己採点の結果やアーシャやメルたちと確認した時から分かっていたことではありましたが、やはり実際に確認すると喜びも一入でした。
「すごいね、ルーナ」
「やっぱりかー」
「さすがだね」
隣で見ていたアーシャに抱きつかれ、周りのクラスメイトからも賛辞を受けます。
「ありがとうございます。ですが、今日は帰ってから見直しですよ」
「えー」
「やっぱりかー」
「でも、ルーナが教えてくれるなら」
私たちを緊張させたかったのか、お茶目のつもりなのか、結果が張り出されるまで個別の答案を返してくださらなかったリリス先生にも答案を返していただく際に労われて、とてもくすぐったい気持ちになった私は、足取りも軽く寮へと戻って、予告通り1年生の女子寮生で集まって試験の見直しをしました。
ちなみに、マーキュリウス様のことは確認しませんでした。