無い証拠は出させればいいのよ
一緒に戻るといっても、私まで外から入ってくるわけにはいきません。
門から出ていない私が門の外から戻ってきたのでは不審に思われますし、その際の説明に時間をとられていてはジュール先生が帰られてしまうかもしれないからです。
そのため、私は学院の入り口付近に誰もいないことを祈りつつ転移して、さも中から出てきたのかのように外からいらしたルグリオ様とセレン様をお迎えにいきました。
「これはルグリオ様、セレン様。本日はどのようなご用向きでしょうか」
馬車も使わずにいらしたルグリオ様とセレン様に対しても、警備の方は変わらずに対応されていました。
「義妹の様子を見に来たのよ」
「突然で申し訳ありません。仕事の邪魔をしてしまうようで心苦しいのですが、ここは学内視察ということにしておいていただけますか」
セレン様は微笑まれて一言だけしか告げられませんでしたが、警備の方がそれだけで通してしまわれそうになっていらしたので、ルグリオ様が慌てて身分の証明と用向きを伝えられていました。
「姉様、あれだけじゃわからないと思うよ」
「そうね。今度からはルーナの部屋に転移するようにするわ」
「事後承諾になってしまうよ」
「義妹の危機の前では些細なことよ」
セレン様に告げられた言葉でルグリオ様は頭を抱えていらっしゃいました。しかし、すぐに気を取り直されたご様子で私のところまでいらっしゃいました。
「すみません、ルグリオ様、セレン様。お手を煩わせてしまいまして」
皆の元へ向かう途中で、忙しい公務の合間を縫って来てくださったルグリオ様とセレン様にそれだけは伝えておこうと思って頭を下げました。
「迷惑なんてことは全然ないよ」
少し間を置かれてから、ルグリオ様は屈み込まれて私の頭を撫でてくださいました。
「僕も姉様もいつだってルーナのために何でもしてあげたいと思っているよ」
「使えるものは何でも使うべきよ。コネだって権力だって使い方さえ間違えなければ非常に有効よ」
そうおっしゃられると、セレン様は溜息をつかれました。
「それに私はお母様に説明できる正当な理由で城から逃げることができてほっとしているのよ」
「実はこの前、姉様が抜け出したときにね……いや、この話は夏休みにルーナが戻ってきたときにするよ。それよりも今は重要なことがあるからね」
とても気になるお話でしたが、たしかに今は優先すべきことがあります。人目に付くのは仕方がないことだと諦めるほかないので、気にせずに私たちは出来るだけ急いで校舎へと入って行きました。
私たちが戻ると、すでにHRは済んでいるようで、教室にはリリス先生と女子生徒しか残っていませんでした。
「男子生徒には戻ってもらいました。男性は少ない方がいいですから」
リリス先生はルグリオ様とセレン様がここまで来た方法などは特に尋ねられることもなく、ルグリオ様を見られながら説明だけしてくださいました。
「えっと、それは僕もいない方が良いのではないでしょうか?」
「ルグリオ様ならば構いません」
ルグリオ様がおっしゃられた言葉は、私以外の女子生徒の声によって否定されました。
「それで、肝心のジュール先生はどちらにいらっしゃるんですか?」
「この後会議があるので、まだ学院内には残っていらっしゃるはずです」
では、まだ証拠を押さえるチャンスはあるということでしょうか。
「じゃあまだ吊し上げるチャンスは残っているということね」
セレン様は不敵な笑みを浮かべられました。
「まさか姉様、またいきなり名指しするつもりじゃ」
「そんなことはしないわ。それでボロを出すかどうかわかるほど、私はそのジュール氏のことを知らないもの」
「じゃあ、囮でも使うつもり?」
「そうよ、ルグリオ。と言っても、実際に渡すわけがないから安心しなさい」
セレン様はクラスメイトを安心させるように言い聞かせていらっしゃいました。
「とりあえず、エサを巻きましょう。無い証拠は出させればいいのよ」
「明日休みだけど、どうする」
「どうすると言われても。テストの勉強の他にはないでしょう」
「そうなんだけどさあ」
帰ろうとしていたところで、外から女子生徒の会話が聞こえてきた。
「もう皆さん帰られていますよ。私たちも早く戻って勉強しましょう。あまり遅くなるとトゥルエル様に心配をかけてしまいます」
「うん。これが終われば夏季休暇だもんね」
「しっかりしないと、追試で夏季休暇が減ってしまいますよ」
「ぐっ、そうだよね。……って、ごめん。私、更衣室に水着を忘れてきたみたい。先戻ってて」
ほう。
「それくらいなら待っていますけれど」
「大丈夫大丈夫。ひとっ走りしてくるだけだから」
「わかりました。では後ほど」
「うん」
二つの足音が別々の方向へ遠ざかっていく。
最後まで残っていた甲斐があった。
完全に聞こえなくなるのを待ってから、気付かれないように一方を追いかけた。
「あった、あった」
どうやらその女子生徒、確か1年1組のアーシャ・ルルイエは更衣室で目的の物を見つけたらしい。気付かなければ、今頃私が回収できていたのだが。
だがまあ、そんなことはどうでもいい。何せ、今からそれよりいいことがあるんだからな。
私は彼女が水着を仕舞って安心しているのを確認してから、声をかけた。
「そこで何をしている。とっくにHRは終わっているはずだろう」
私が急に声をかけたからか、アーシャ・ルルイエはびくっと肩を震わせてこちらを振り返った。
「すみません、先生。忘れ物に気がついて戻ってきました。これから休みに入るので、取りに来にくいと思って」
「そうかい。それは感心だな」
私は更衣室の中に入ると、後ろ手に鍵をかける。どうやら、危機感を持たせてしまったようで警戒されている。しかし、すでにそんなことは関係がない。今更だ。
「あの、先生。どうかされたんですか?」
私がにじり寄ると、水着を胸にかき抱きながらじりじりと後退していく。その表情にはわずかに恐怖が浮かんでいる。非常に嗜虐心をそそられる光景だ。
「大丈夫。怖いことは何もない。もっともあったところで覚えてはいないだろうけど」
忘却の魔法は私にとっては覚えるのがなかなか難しい魔法だった。しかし、私は習得した。
「そ、それ以上近づかないでください」
「この状況、1年生の君に何ができる」
「い、いや、やめて、来ないで」
私はこれから起こることを予想して涙を浮かべているアーシャ・ルルイエの両肩へ向けて腕を伸ばし、その制服に指が掛かったところで感触が消えた。
私が不思議に思っていると、後ろから声が掛けられた。
「現行犯ですね。もはや、言い逃れは出来ませんよ」
振り返ると、いつの間に現れたのか、そこには1年1組の女子生徒、ルーナ・リヴァーニャとリリス・ウェブリア、それだけではなく、なぜかルグリオ・レジュールと、アーシャ・ルルイエを腕の中に抱きしめたセレン・レジュールまでが私を冷ややかな目で見ていた。