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着せ替え人形(等身大)

 学内選抜戦から数日が過ぎ、やる気も新たに訓練に勉強に勤しんでいる私たちでしたが、外ではそんな私たちのやる気を萎えさせるような雨が続いています。

 夏の本番を迎える前のこのコーストリナでは雨季を迎えていました。


「雨が続くと気分も落ち込むのよね」


「雨季だってわかってはいるんだけどね」


「本当にこの時期は髪の毛がうるさくって」


 私たちが集まっている寮のホールの机には、ノートや教科書、図書室から借りてきた文献が所狭しと並べています。

 いうまでもなく、夏休みに入る前に実施される試験勉強です。実技ももちろん大切ですが、だからと言って筆記を疎かにすることは出来ません。かなりの数の女子生徒が学年に関係なくそれぞれ集まって机を囲っています。



「いつもいつも感心ね」


「アリア先輩」


 お昼に差し掛かり、そろそろ昼食を摂りに食堂へ向かおうとしていたところに、とてもいい笑顔のアリア先輩がいらっしゃいました。


「ごきげんよう」


 私たちは教科書やノートから視線を上げて、ペンを置いて座ったまま挨拶を交わします。


「ごきげんよう。実はあなた達に頼みたいことがあって」


 アリア先輩は表情を一変させられて真剣な顔で私たちを見つめられたので、私たちも何事だろうかと真面目な表情を作ります。


「この前の選抜戦で私たちは負けてしまったでしょう。じゃんけんとはいえ負けは負けだもの」


 頬に手を当てられて、気だるげなため息をつかれます。アリア先輩はとても整った顔立ちで、流れるような茶色の長髪をお持ちの大人っぽい魅力のある美人でいらっしゃるので、とても雰囲気が出ていらっしゃいます。頬に当てられた腕の肘を支えられている腕の部分に乗せられている大きめの胸が強調されていて、私たちの視線は釣られて、思わず喉をごくりと鳴らしました。


「それでね。学内選抜戦で負けた私たちは、秋の対抗戦では試合に出るのではなく応援団、もしくはチアリーディングをすることになっているの」


 アリア先輩は一瞬だけ私の方に視線を向けられたような気がしました。


「それがどうかされましたか」


 嫌な予感がした私は、この場から逃げ出してしまおうと思ったのですが、私が行動するよりもはやく、私と同じように気配を感じ取った同級生に両肩を掴まれて逃げ道を塞がれます。


「それで、あなた達1年生からも希望者、もしくは推薦者を募って欲しいのだけれど」


「お任せください」


 私以外のその場にいた1年生の女子生徒が全員、つまり1年生の女子生徒のほぼ全員が一斉に頷いたような気さえしました。


 

 それじゃあよろしく頼んだわよとおっしゃられると、アリア先輩はチアリーディングのための制服の入った袋を置いて、おそらくは他の学年の先輩たちのところへ向かわれました。


「じゃあ、早速部屋へ行きましょう」


「そうね。早い方がいいものね」


 アリア先輩が去られると、同級生は一斉に立ち上がられました。

 私の周りは固められていて、逃げ出す隙間がありません。


「さあ、行きましょう、ルーナ」


 私は一縷の望みを託してアーシャの顔を見上げます。


「手っ取り早いし、私たちの部屋へ行きましょう」


 味方はいませんでした。


「あの、皆さん。勉強は」


「大丈夫大丈夫」


「そんな一日二日で変わるわけもないし」


「少し休憩するだけだから」


 勉強をしている最中に言ってはならない言葉ばかりです。


「お昼は」


「まだ時間あるでしょ」


「トゥルエル様に話せばわかってくださるはずよ」


「そんなことより着せ替え人、じゃなかった、ルーナの衣装合わせをしないと」


 いや、もう言っていますよ。着せ替え人形にする気満々ですね。


「サイズも確かめないといけないし」


 当然そんなことを言えるはずもなく、まさにエサを貰った生簀の魚のごとく、先ほどまでの暗い雰囲気が皆無の同級生に、私は部屋へと連行されてしまったのです。




「もう勘弁してください」


 そんな私の言葉が一種の狂騒状態にある彼女たちに通じるはずもありません。


「じゃあ、ルーナ、今度はこっちを着てみて」


「いやいや、こっちの衣装を」


「あんたのはチアガールの衣装じゃないじゃない」


「そっちこそ」


 彼女たちはやいのやいのと言いながら、楽しそうに衣装を選んでいます。無論彼女たちが着るものではなく私に着せるためのものです。着てみて、とは言われていますが、私はされるがままに彼女たちの着せ替え人形と化していました。


「あの、お昼は」


「そんなことより、今はルーナの衣装が重要よ」


「試験勉強は」


「聞こえないわ」


 寮のそれほど広くはない部屋に大勢の生徒が押し掛けていて、空気を入れ替えたりはしているのですが、外は雨が降っているはずなのにちっとも涼しくはありません。


「こっちの看護師さんの服の方が絶対似合ってたって」


「いいや、こっちの白い学校の水着のほうが」


「何言ってんの?」


「それはこっちの」


 既視感どころか身に覚えのある猫耳と猫尻尾をつけさせられた私がへたり込んでいると、メルが水を持って来てくれました。


「ありがとうございます、メル」


 私は水を一口含んでお礼を告げます。


「大変だね、ルーナ」


「あなたも参加されていたんですね」


「それはもちろん。それに考えたこともあったし」


 何か企んでいることがあるような言い方ですね。


「今は内緒」


「カイに見せるのですか」


「自分で着るのは恥ずかしいじゃない」


 私が着ている分には自分は恥ずかしくないから別に良いということでしょうか。


「ま、まあとにかく、ルーナにとって、多分、そこまで悪い話じゃないと思う‥‥‥はずだから」


 なんとも要領を得ない話し方です。歯切れも悪いですし。


「何か企んでいますか?」


 直接聞いてみたのですが、メルは黙り込んで教えてくれませんでした。




 それから、騒ぎを聞きつけたトゥルエル様が部屋にいらっしゃって止めてくださるまで、私の受難は続きました。いえ、正確にはまだ続いているのですけれど。具体的には少なくとも秋の対抗戦が終了するまでは。

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