学内選抜戦決着
男子生徒との最初の接触からどれ程の時間が経過したのでしょうか。
未だ私たちの校章は守り通されていますが、相手の校章を破壊したという結果も出てはいません。
私たちの陣地まで攻め込んできている男子生徒も、防衛している先輩方も休む暇もなく魔法を使い、ルールに抵触しない程度の体術を使い、片や相手をリタイヤさせようと、片や相手の守りを突破してどうにか校章を破壊しようと、自身の力の限りを尽くして競技を楽しんでいます。
私も、突っ込ませるようなことはさせずに、自分の前からの突破を図ろうとされる男子生徒はしっかりと、体力的には敵わないので、魔法で壁を作り出したりしながら自陣への突入は阻止しています。
現状では、私たち女子生徒と男子生徒の力は均衡を保っていました。
「まずいわね」
「そうね」
周囲は騒がしいのですが、近くにいらした先輩方のつぶやきが聞こえました。
確かに、現状、力は拮抗していますが、このまま長期戦にもつれ込むようなことがあれば私たちが不利になることは確実です。女子生徒よりも男子生徒の方が体力的に優位があることは明白だからです。
だからといって、焦って攻撃陣に加勢に行くことは出来ません。現状の人数で均衡が保たれているのに、人数が減るようなことがあればこの均衡が一気に崩れてそのまま決着してしまう恐れが多分にあるからです。
つまり、端的に言ってこのままではジリ貧なのです。
何か手を打たなくてはならないのですが、私の方も魔法の使用に関してはともかく、体力的には限界が近づいています。まさか寝転がったまま魔法を使うようなことは出来ませんし。
周囲を見回してみても、アリア先輩以下、5年生、4年生の先輩方にはまだ余裕がある方もいらっしゃるように見受けられますが、それ以外の、私を含めた女子生徒の大半は大分疲労が見られます。
—―……-ナ、ルーナ—―
「ルーナ、大丈夫っ」
名前を呼ばれたので意識が戻ってきました。視線を上げると、ロゼッタ先輩が私の目の前で手を振られているのが見えました。どうやら意識を飛ばしてしまっていたようです。思い出そうとしても、あまり記憶がありません。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
肩を叩いてくださったロゼッタ先輩にどうにか笑顔を見せることは出来ましたが、体力的に限界が近いことに変わりはありません。ふらつきそうになる身体をどうにか支えると、膝を曲げ伸ばしして、頬を両手で挟んで意識を覚醒させます。
「ダメそうなら言ってね。無理して身体壊したらしょうがないでしょ」
「はい。ありがとうございます」
先輩が離れていかれたので、改めて正面を見据えます。
私の正面からは、丁度、同じクラスの赤毛の男子生徒、シキ・セーヤさんが、向こうも疲労困憊といった様子ではありましたが、丁度こちらの陣地へと辿り着いたところのようでした。
「ごきげんよう、シキ・セーヤさん」
私は相手の出方を窺うためと、少しでも疲労を回復させるために出会いの挨拶から入ることにしました。会話の方が、戦闘よりは体力的にも楽だからです。
「これはルーナ様。ご機嫌よろしゅうございます」
大層お疲れのご様子でしたが、こんな状況だというのにしっかりと礼を返していただきました。向こうも体力を回復させたかったのかもしれません。私はずっとこの陣地から離れていませんが、彼はここまでやってきたのですから。
「先輩方もお忙しいようですので、私がお相手させていただきます」
「これはありがとうございます。お疲れのご様子ですが大丈夫ですか」
「あなたこそ」
私たちは視線を交わすと、彼はこちらを攻撃するための魔法を、私は自陣を守るための魔法を同時に使用します。
私が戦闘に入ったことを察知されて、先輩がこちらへ援護に回られようとされましたが、私はそれを断りました。
「先輩方はそちらに集中してください。こちらの相手は私が」
「頼んだわよ」
私が正面を見据えると、先程私の展開した障壁により飛ばされたシキさんも、体勢を立て直されて、再びこちらへ向かってくるところでした。
私の体力が先に尽きれば突破され、相手を先に行動不能にできればまだ時間が稼げます。
私は相手の踏み出す先の地面に小さな窪みを作り出します。穴を作ると、逆に回避されてしまうだろうと考えたためです。かといって、崖のように作ってしまえば、埋め立てたとしても地形がずれてしまう恐れがあります。
窪みに足をとられそうになりつつも、こちらへ向かって魔法を放とうという準備だけは中断されていません。かくして飛ばされた魔法を私は最後まで見極め、最小の力で障壁を張ります。
時折流れて来る他の魔法を防御するための障壁をいつでも使えるように準備しながら、目の前の相手に対する魔法も欠かせません。空気の塊を弾のように打ち出して相手をけん制しつつ、残りの体力を考えます。
決着をつけるべく、氷の棒を作りだし撃ち出します。彼はまだ動けたようでギリギリで右に回避しました。
「どうやら」
そこまで言って、後ろから飛んで戻ってきた氷の棒がぶつかった衝撃でシキさんは意識を手放されたようで、地面に突っ伏されました。
大分体力的にも限界だった私はその場に膝をつきます。ダメですね。この程度で体力がなくなってしまうようでは。これからも毎日トレーニングは続けるようにしましょう。
そこまで考えて、私は意識を手放しました。
目が覚めると、女子寮の自分の部屋のベッドの上でした。
「ルーナ、気がついた?」
見ていてくれたらしいアーシャに声をかけられます。
「ええ。ありがとうございます。……それで、どうなりましたか?」
「それがねえ」
アーシャの話では、どうやら時間切れ後、引き分けに終わったらしいのですが、それでは納得いかないと寮長同士のじゃんけんに負けてしまったらしいです。
「じゃんけんなどという決め方があったのですか」
「どうしても決着を付けたかったみたい」
寮に戻ってきたアイネ寮長は、じゃんけんの特訓をしていなかったことを嘆いていたらしいです。
「途中で倒れてしまい、選んでくださった先輩や同級生の皆さんには申し訳ないことをしました」
「何言ってんの」
アーシャがヘベッドの私の隣に腰かけます。
「ルーナはよくやったよ。私たちの誰にもあそこまでのことはできないよ」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
「ありがとうございます」
慰めてくれたアーシャに向き合ってお礼を言います。
「次回は頑張ろうね」
「ええ、次回は一緒に」
「ははは、できたらね」
それから私たちは夕食まで他愛のない話をしました。