学内選抜戦開始
学内選抜戦当日、晴天微風。春も半ばを大分過ぎて、そろそろ夏に向かおうかという心地よい気候です。
試合に出場する生徒も応援の生徒も集まって、女子寮の前は大変なことになっています。もちろん、全員が全員、興味があるというわけではないようで、試験に向けて勉強している生徒もいるらしいですが、それでも大多数の女子生徒が、もちろん男子生徒もそうだとは思いますが、この日を楽しみにしていたことは言うまでもありません。
「アイネ先輩ー、こっち、こっちを向いてください」
「キャー、今アリア先輩と目があっちゃった」
「いえ、今のウィンクは私よ、私によ」
「はぁ、イングリッド先輩、今日も凛々しいお姿です」
このように、フィールドの中にこそ入ってきてはいないものの、まさに押し寄せる波のごとくに人が押し寄せています。もっとも、私は波の実物を見たことはないのですが。
ちなみに、トゥルエル様はお昼ご飯の準備でこの場には来ていらっしゃいません。
「こういった行事は試験の後の方がよろしいのではないですか?」
ほぼ全員が試験勉強など気にもかけずに黄色い声援を飛ばしています。選手として出場する私が言えることではないのですが。
「あら、じゃあルーナは夏休みが短い方がいいのかしら」
「そういう訳ではないのですが……」
確かに入試からそれほど経っていないため実力が急に変わっているということもないのでしょうけれど、多少の効率の悪さは感じます。
「仕方ないわ。最初に日程を設定した創始者が悪いのよ」
アリア先輩は男子寮の方角を睨みながら不満を漏らされます。
「そもそも、他所の学院では男女が混ざって出てくるところもあるしね」
イングリッド先輩も準備運動をしながら実情を教えてくださいます。
「それでは、なぜこの学院では男女に分れてこのような選手の決め方をされているのでしょうか」
「それはもちろん、そっちの方が楽しみが増えるからだ」
アイネ寮長は高らかに宣言されます。
「聞け、選手並びに応援に集まってくれた生徒諸君」
お喋りが止み、全員がアイネ寮長の話しに耳を傾けています。
「私たちが男子に勝利したのは、ここ最近ではセレン様がいらしたときだけだ。引き分けを挟まずに考えると、ほとんど一回り分、入学から勝利されずに卒業されていった先輩もいらっしゃることだろう。しかし、その流れは今年こそ私たちの代で断つ。先輩方の無念を晴らすため、そして何より私たちが楽しむために、今回こそは私たちが勝利を掴むんだ」
甲高い歓声が沸き上がります。時を同じくして男子寮の方から聞こえてきた歓声を打ち消さんばかりの歓声です。
私たちが準備万端整えるのを待っていたかのように開始の合図が晴天の下に響き渡りました。
盛り上がり、気持ちが昂っているからといって、全員で男子寮めがけて駆けていくわけではありません。校章を守る位置は陣地の中ならば別に寮の近くではなくても良いので、まずはその位置を探すことからはじめなくてはなりません。
アイネ寮長以下、攻撃陣の先輩方が男子の陣地に校章を探して颯爽と駆けてゆくのを、自陣で、女子のものと分かるように装飾を施された校章の守りを任された私は、同じように校章の守りにつかれている先輩方と一緒に見送りました。
「そんなに気張らなくても大丈夫よ」
「アリア先輩」
アリア先輩は今回の戦いでは守りの陣営の指揮官及び隊長のような役回りを務められています。
「しばらくはうちの前衛も突破されないだろうし、ここまで辿り着くにはまだ時間が掛かると思うわよ」
「いえ、私たちの校章はこのような形ですが、男子寮のものも同じ物なのかどうか気になったものですから」
「そうね……。私たちのものは周りが赤く縁取られているけれど、男子寮のものは同じもので青く縁取られているはずよ」
なるほど。私は女子寮の所持する校章をじっと見つめます。
「そうなのですか。教えていただいてありがとうございます」
そこで終わってくれれば良かったのですが、そういう訳にもいきません。
「いいえ。でも、どうしてそんなことが気になったのかしら?」
「一応、私たちの目標も知っておきたいと思いまして」
「ふーん」
納得されてはいないようでしたが、アリア先輩はそれ以上追及されるようなことはありませんでした。
一応、無暗に使用しないように言われている転移の魔法を、おいそれと披露するわけにもいきません。非常事態ならば別ですが。
私がそんなことを考えているうちに、攻撃陣が相手と、この距離からするとおそらくは男子生徒の攻撃陣だと思われますが、接触したかのような音が聞こえてきました。何かが爆発するような音です。広大なフィールドとはいえ、範囲は決まっているので、校章を探す場所が同じならば接触することも珍しくはありません。むしろ、それこそがこの勝負のきもとも言えます。
「始まったわね。さあ皆、一層気を引き締めていくわよ」
「はい」
アリア先輩の号令に、私たちは気を引き締めなおして返事を返しました。
「そういえば、男子の寮長はどのような方なのですか?」
男子の生徒のことはほとんど知らなかったため、アリア先輩に尋ねることにしました。
「確か、今代はジュリオだったかしら」
アリア先輩が尋ねられると、近くから同意の声が上がります。
「ジュリオット・マクスウェル。5年生の男子生徒で、茶髪を揃えるでもなく短く切っていて身長はそれなりに高い」
「俺の話しでもしてた?」
気がつくと、いつの間にやら私たちの陣地のすぐ外にはルグリオ様よりも少し高そうな身長の短髪の茶髪に黒と茶色の眼をした男子生徒が降り立たれるところでした。降り立たれると、空へ向けて花火のようなものを打ち上げます。
「もう来たの、ジュリオ。もう少し足止めされてくれるかと思っていたけど」
アリア先輩が先頭に立つと、私たちは陣地を囲うような形で陣形を整えます。
「そいつはご期待に沿えずに申し訳ないことをしたな」
「そう思ったんなら、帰ってくれないかしら」
「悪いがそいつは出来ねえ……って危ねえ。会話中に攻撃してくるとは」
頭上から降り注ぐ氷柱と正面から襲い掛かる空気弾を避けながらジュリオット・マクスウェル男子寮長はこちらへ接近されてきます。さらに、中盤の攻防地帯を抜けて男子生徒の増援が到着し、こちらの陣地付近の攻防はますます激しさを増します。
そんな中、男子寮の方角からも花火が爆発するような音が聞こえてきました。こちらの攻撃陣も男子の陣地に辿り着いたようです。
「フィールドが広すぎて、こちらの攻めている状況がわかりづらいというのがつらいところですね。もちろん、相手も同じ条件でしょうけれど」
私のところから抜けようとしてきた男子生徒を反射障壁で跳ね返しながら、隣のミリア先輩に尋ねます。
「観客の生徒からは観られるようになっているんだから、それをこちらにも投影できればいいのだけれどね」
慣れれば可能かもしれませんが、今は初めてのこの試合に精一杯でそこまでのリソースを回せる余裕がありません。