学内選抜戦に備えて
私たちがワイルドボア、シルヴァニアウルフと交戦した日からしばらく時が流れ、新入寮生が全員トゥルエル様に出された課題をやり終えるころになると、まるで図ったかのように学内の選抜戦の日が近づいてきました。
試合の形式は定められた会場、設けられた時間の中で相手の選手を行動不能にするか、相手の校章―—今回の場合は学内なのでどちらも同じ物―—を破壊するというもので、過剰な攻撃、あまりにも非紳士的、非淑女的行為が禁止されているということ以外では特に制限のない、それだけに双方の実力、戦術、戦略が重要になってくるものとなっています。
対抗戦は収穫祭前後という話でしたので、秋ごろに行われるはずですが、なぜこのような早い時期に学内の選手を決める試合があるのかと聞いてみたところ、時間がないからだということでした。
「この学内選抜戦が終わるとコーストリナがしばらく雨季に突入するでしょう。そうすると、屋外を使用できるタイミングも限られてくるのよね。まさか、魔法を使うなんて魔力を無駄にすることはしないし。それが明けると今度は夏休み前の試験期間に入ってしまって、夏休みが終わると、もうすぐに対抗戦や収穫祭の準備で忙しくなっちゃうのよね」
だから今しかないの、とアリア先輩が教えてくださいました。
「何人くらい出られるのですか?」
「一応、20名以下なら何人でも構わないことになっているけれど、普通は成績の上位者から選ばれているわね。ただし、特別な事情がない限り、各学年から一名以上は出場しなければならない決まりになっているから、あなた達1年生からも少なくとも一人は選ばれるわね」
試合は屋外で行われるため、光を屈折、投影させる魔法で会場内はもちろん、校内及び寮内でも見られるようになっています。無論、選手以外の話ではありますが。
「ルーナは準備とかしなくてもいいの?」
夕食後に授業で出された課題を、皆で集まって、教え合ったり、調べたりしながらこなしていると、不意にアーシャに声をかけられました。
「準備ですか?」
「そう。選抜戦の準備」
周囲を見ると、皆気になっているようで手を止めて、そわそわと私たちの会話に耳を澄ましています。
「準備と言われても、何をしたらよいのかわからないですし、実際に発表されてからでも遅くはないのではと思っていますけれど……」
私は資料をめくりながらレポートを書きつつ返事をします。
「それに、新入生、一年生だからと言って一人しか選ばれないわけではないのでしょう。誰しもに平等にチャンスはあるのではないですか」
「まあ、それはそうだけどさ」
「でもルーナが選ばれないんだったら誰も選ばれないよね」
「そうそう、私が唯一ルーナに勝てるとしたら体力くらいしかないもん」
一緒に課題をこなしている同級生が次々に口を開きます。
私もあのワイルドボアとの一戦以降、早朝や放課後などに時間があれば長距離を走ったりする訓練もするようにしているのですが、そんなにすぐに結果が見えるものでもなく、未だに、体力テストでもあれば下から数えた方が早い、というよりおそらくは最下位となることでしょう。やはり、生まれてから今までのアドバンテージは大きいです。
「他にもあるわ」
アーシャが私の身体を眺めるようにしてから胸を張ります。
「身長と胸よ」
私は周りを見回してから、視線を床に向けます。
「アーシャ、それってかなりバカっぽいわよ」
「というかバカそのものの発言よ」
クラスメイトからは呆れられているような視線を向けられるアーシャですが、私は落ち込んでいました。私の身長はクラスどころか学年でも一番低いと言われても否定はできませんし、他は言わずもがなです。
「大丈夫だよ、ルーナ。まだまだこれからだよ」
「メル、ありがとうございます」
メルが慰めてくれるように私の両肩を掴んでくれます。
しかし、メルの両手が私の肩にかけられたことにより、服が引っ張られて、私とは比べるまでもないふくらみがメルの服に形成されています。
「はぁ」
「あれ、なんで落ち込んでるのルーナ、大丈夫?」
慌てたようにメルに心配されます。全体的に見れば平均的な大きさのメルですが、平均値を明らかに下げているであろう私の物とは攻撃力が違いました。学院に入る前までは、私とそれほど変わらなかったと思うのですが。これが成長期というものなのでしょうか。メルはわかっていない様子だったのですけれど、周りで見ている同級生には当然わかっていたようで、というよりもはっきり比べられたはずなので、メルの肩に手を当てて首を振られています。
「メル、あんたが言ってもどうにもならないのよ」
「あんたは上から数えた方が早いものね」
「ちょっと」
「よいではないか」
「少し分けなさい」
「何をしたらこうなるのよ」
「同じものを食べてるはずなのに」
「好きな人がいると大きくなるって聞いたことがあるわね」
「それは間違ってるんじゃないの」
なぜか皆さんが私の方を向かれます。
「私を見ながら言わないでください!」
周りは騒がしくなっていましたが、私は頭を振って気を取り直すと、黙々と課題に取り組むのでした。
きっと、お城や学院の図書室を探せば、魔法薬の一つや二つ。
「ルーナ。豊胸剤でも作ろうとしてるの」
「そ、そんなことはないですよ」
妙に鋭いアーシャの質問に、私は若干言葉に詰まりつつも見事に否定することに成功しました。決して、ペンをとり落としたり、レポート用紙をくしゃっとしてしまうようなことはなかったです。
ですが、周りの友人たちは微笑ましいものでも見ているような表情をしていました。
「なにか」
「別に、なんでも」
私だって、やるからには出てみたいという気持ちはあります。こんな課題などすぐに終わらせて、豊胸剤、じゃなかった選抜戦に備えなくては。