vsワイルドボア、vsシルヴァニアウルフ
ほとんどの生物に対して火の魔法というのは有効に働きます。だからといってこの場で使用した場合、周囲にも被害を出してしまい、この景観を損なうことは確実です。つまり、あまり賢い戦術ではありません。
大きな規模の魔法もまた使えません。今の私たちでは時間が掛かり過ぎてしまい、絶えず私たちに向かって突撃を繰り返しているワイルドボアを回避しながらではそのために集中する時間が取れないからです。
つまり、小さく魔法を当てながら地道に頑張るのが現状とれる戦術なのですが、このままではワイルドボアが倒れるより前に私たちの体力の方がなくなることは明白です。
ではどうしたらいいのか。まず必要なのは、あれの足を止めることです。
「まずはあれの足を止めましょう。そのために地面に歪みを作って転倒させるのです」
「本当に転倒するかな」
アーシャはワイルドボアと地面とを交互に見ています。
「わかりませんが、やれることからやっていきましょう」
私たちはワイルドボアの突進を回避した後、立ち位置を戻して、手前の地面を掘り起こします。大きな穴ではなく、小さな溝を二列ほど掘り終えたところでまた突進してきます。避けることには成功しましたが、転倒させることは出来ませんでした。歩幅の関係もあるでしょうが、私たちが作った二列の溝をワイルドボアは跨ぎきってしまいました。
「ダメだったみたい」
同じ方向に回避したシズクがつぶやきます。
「諦めるのにはまだ早いです。ようは、あの溝にワイルドボアを誘導できれば良いのですから」
「どうするの?」
「そうですね。思うところはありますが、まずは二人と合流しましょう」
私たちは突進を回避した直後に集まって、皆に私の考えを伝えます。
「タイミングが重要ね」
メルが目線を向けてきます。
「掛け声はルーナが」
アーシャも手短に伝えてくれます。
「ではいきましょう」
私はシズクと目配せをして、反転してこちらへ突進してくるワイルドボアの眉間の辺りに空気弾をぶつけます。このくらいのことならばすでに授業で習っていますし、何より入学式の日にルグリオ様にもみせていただいたので、私達新入生にも使うことは出来ます。もっとも、このような実践の経験や実習はまだなので、今日がいきなりの本番実戦となるわけですが。
「できた」
どうやら成功したようで、ワイルドボアの足が、若干ではありますが、鈍りました。近くでシズクの喜ぶような声が聞こえました。
そこですかさず、メルとアーシャがワイルドボアの歩幅に合わせるように地面に溝を作り出します。メルの方は少し浅かったようですが、アーシャが上手くカバーしていました。
「ブフォオ」
空気の塊が顔に当たったことにより顔を反らしていたワイルドボアは、突然地面にできた溝には対応できずに、足をとられて地響きと共にその場に横倒れになりました。
「これでお終いです」
私は倒れたワイルドボアの頭に向けて雷をぶつけます。ワイルドボアは焦げたような煙を出して痙攣した後、動かなくなりました。
私たちは確認するために、死んでいると思われるワイルドボアの近くまで寄っていきます。
私たちが近づいても、反応する様子はありませんでした。
「念のため、首を落としましょう」
血抜きもしなくてはならなくなるのですが、念を入れて私はワイルドボアの首を落としました。
「これで一安心ですね」
私が振り返ると、皆緊張が切れたかのように地面に座り込みました。
「よかったあ」
メルは地面にへたり込んで前に手をついています。
「私たち無事だよね」
アーシャが確認するように自分の身体を眺めています。
「これで頼まれごとは達成かな」
シズクに尋ねられたので、私はそうですねと言いかけて背後を見つめました。
「どうしたの、ルーナ」
「どうやら、終わりではなかったようです」
奥からは、獣の集団がなだれ込んでくるような足音が聞こえてきます。どうやら、ワイルドボアの叫び声に寄せられたのか、より多くの獣がこちらへ向かって来ているようです。
先程も4人でなんとか倒したというのに、私が転移で戻って伝える間に、ここに3人きりで残してしまえる時間はなさそうです。
「複数の足音が聞こえます。どうやら先程のワイルドボアの叫び声で他の獣もこちらへ呼び寄せられてしまったようです」
そうして話しているうちに、私たちは、灰色の体毛とふさふさそうな尻尾を持った三角の顔と耳の20頭ほどの獣に囲まれました
「あれはシルヴァニアウルフでしょうか」
シルヴァニアウルフというのは、森の中で群れをつくり、その長に従って行動することが多いという獣です。ただし、先程のワイルドボアと同じく魔力は持たないと言われているので、通常であれば相手にしても問題はなかったでしょう。
しかし、10歳になったばかりの学生4人、特に3人を庇いながらでは少し大変な相手でもあります。
「人前には、このように姿を晒すことはないと思っていましたが……」
シルヴァニアウルフは賢い生き物なので、滅多なことでは人前に姿を現すことはないとありました。それがどうしてここへ現れたのでしょうか。ワイルドボアの叫び声につられたのだとしても、少々疑問が残ります。
「もしかして、魔獣が大移動していることと何か関係が」
あれはアースヘルムでのことだと思っていましたが、とうとうコーストリナにまで進行してきて、彼らが追いやられて出てきたのでしょうか。
理由はどうあれ、万全ではない状況の私たちが相手取るには手に余ります。
「ですが、やるしかありませんね」
幸い、私はまだ少し余裕があります。もつかどうかはやってみなければわかりませんが、身を守るために出来ることはやらなければ。
「お弁当を食べる時間がありませんね」
お弁当があれば、少しは体力も回復できたのですが。
シルヴァニアウルフは私たちの様子を窺っているようで、未だこちらへ突っ込んでくるような気配はありません。おそらく、未だに私が立っているからでしょうか。
しかし、私にも限界はあります。同級生よりは少し魔力もあるのかもしれませんが、同じ10歳ということには変わりません。どちらかと言えば、体力の方が先に限界を迎えそうではありますが。
「グルルルル、ジュルリ、グァウゥゥゥゥゥオオオオオ」
統率を取り切れていなかったのか、待ちきれなくなってしまったのか、1頭のシルヴァニアウルフが私たちへ向かって飛び出してきました。
私は飛び出してきた個体と私たちの間に障壁を展開しましたが、その障壁にぶつかる前に、飛んできた燃えている矢に貫かれて、飛び出してきたシルヴァニアウルフは絶命し倒れました。矢に纏われていた炎は地面に着く前に矢と共に消え去り、周りを火の海にするようなことはありませんでした。
「イングリッド様」
私が矢の飛んできた方向に顔を向けると、弓を放ち終えたような格好のイングリッド様と、その後ろでロゼッタ様が手を振られていました。
「さすがイングリッド。この距離からよく当てるねえ」
お二人は自己加速の魔法でも使っているかのような速さで近づいてこられて、ワイルドウルフの群れを跳び越えられると、私たちの前と後ろに降り立たれました。
「もう大丈夫よ。不測の事態に備えて、毎回私たち上級生がついてくることになっているから」
「助けていただいてありがとうございます。ですが、よろしかったのですか?」
おそらく、これは私たち新入生に課された試験のようなものだったはず。
「言ったでしょ。不測の事態って」
ロゼッタ様は油断なく辺りを見回しながら説明してくださいました。
「通常なら、あなた達新入生の課題はこの周辺を縄張りにしている生物、今回はワイルドボアだったけれど、それの討伐で実戦に慣れてもらう足がかりを作ることだったの」
イングリッド様があとを引き継がれます。
「だから、このような二次的な遭遇があった場合、私たちが対処することになっているのよ」
なるほど。今朝の意味深な行動はこういうことだったのですね。ですが。
「お二人で大丈夫なのでしょうか」
「ルーナ、あんた一丁前に心配とかするんじゃないの」
「痛いです」
ロゼッタ様に額を指で弾かれました。
「心配しなくても大丈夫よ。あなた達より3年以上もこの学院で学んでいるんだから」
お姉さんたちに任せなさいと言われてしまいました。その姿がどことなくセレン様と被って見えて、こんな状況にも関わらず、私は笑顔をみせました。