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そもそもこんな風に大勢で運動すること自体が珍しいです。

 昼食を終えた私たちは、運動着に着替えるために更衣室へ向かいます。後になって焦って着替えたくはなかったため、着替え終えてから休憩しようと思ってのことです。

 更衣室に入った後はロッカーへと向かい、そこで収納の魔法で仕舞っていた運動着を取り出します。今日は春先にふさわしく陽気で暖かい日なので、ジャージは必要なさそうだと思って取り出しませんでした。

 紛失する恐れもなく、ノートや資料が劣化する心配もなく、必要なものを選んで取り出せる。この魔法は、学院生活でもとても便利です。無限に収納できる訳ではないと思いますが、学院生活で必要な分くらいは今の私でも問題なく収納しておくことが出来ます。

 着ていた制服に浄化の魔法をかけてから、先輩方やクラスメイトの話しが何度も繰り返されたため、頭の片隅に引っかからなかったわけでもないので、万が一のことを考えて収納します。一応、ロッカーはあるものの、全く使用しません。強いて言えば、制服を脱いでから運動着に着替えるまでの仕切りとして役立てたくらいでしょうか。

 雨が降っている場合、もしくは屋内の競技を行う場合には屋内運動場になるとのことでしたが、今日のところは晴れていますし、グラウンドへ集合すること、との連絡事項もありました。

 運動着は、白い半袖のシャツも紺色の短パンもどちらも吸汗性に優れた生地が使われていて、サラッとした肌触りに加えて、伸縮性にも富んでいてとても動きやすいです。

 半袖はまだしも、短パンを含めたズボンと呼ばれる衣服を履いたことがなかった私は、引っ張ったり、軽く動かしてみたりしながら履き心地を確かめました。


「ルーナ、何してるの?」


 私がいつまでもズボンの感触を確かめていたからでしょうか、隣で着替えていたアーシャに不思議そうに尋ねられました。


「運動着の短パンの履き心地を確かめているんです」


 試着もしたことがなかったため、今がまさに私の人生で初めてズボンを履いたときとなりました。その話をすると、アーシャを含めてその場にいたクラスメイト全員に驚かれました。


「本当にズボン履いたことないの?」


「噓でしょ!」


「ドロワーズや寝間着でなら履いたこともあるのですが、日中に着たという記憶はありません」


 もちろん、乳幼児のときのことは記憶にないので別ですけれど。

 それからしばらく、私はクラスメイトに短パンの履き心地などの感想を聞かれたり、様々なポーズを取らされたりしました。




「ポーズをとった意味はあるのでしょうか」


「もちろんあるよ」


「私たちの目の保養」




 そんな風に話をしたりしながら過ごしていると、着替え終わって更衣室を出るころには丁度いい頃合になっていました。

 なんだかんだと言いつつも、皆さん、やはり身体を動かすことは好きなようで、これが終われば休日だということもあるのでしょうが、生き生きとしています。

 私たちがグラウンドで待つことしばらく、運動科目の担当のジュール・グフビル様がいらっしゃいました。

 運動科目の教師と言う割には、あまり運動をできそうな見た目はしていらっしゃいません。とはいえ、人を見た目で判断したり、先入観を持ち過ぎることは良くないことです。私たちは先生の前に集まると、列を作って並びました。


「よし、全員揃っているようだな」


 ジュール先生は人数を数え終わると、準備運動をするように指示をされました。

 私はアーシャと一緒にストレッチをします。腕を引っ張り合ったり、背中を合わせになってお互いを背中に乗せ合ったり、怪我をしないように腱を伸ばしたりしました。

 それが終わると、身体を温めるためにグラウンドに作られたトラックを走ります。長いです。まだ準備運動だというのに、走っただけで随分と疲れました。


「今日は初回だから、レクリエーションでお互いの親交を深めること」


 それだけおっしゃられると、ジュール先生は少し離れて黙ったまま事の成り行きを見守っているようでした。

 私は、職務放棄なのでは? と思わないこともありませんでしたけれど、これが自主性を重んじるということなのかと思い、クラスメイトの皆さんも喜んでいらっしゃるようなので私も気にせずにその中に混ざりました。


「じゃあ、ドッジボールをしよう」


「ドッジボールとは何ですか?」


 初めて聞く名前だったため質問します。


「ルーナはドッジボールもしたことないのか」


 そもそも私はボールを使って遊んだことはありません。


「じゃあ、私が教えてあげる」


 近くにいたアーシャに説明されました。どうやら、二組に分かれてコートの半分ずつに入り、ボールを投げ合う競技のようでした。相手に投げられたボールを捕ったり、ボールを相手にぶつけたりすればいいらしいです。


「ボールをぶつけてもいいのでしょうか?」


「平気平気。力の強そうな人だと大変かもしれないど、ルーナは見るからに力はなさそうだもん」


 試しに投げてごらんといわれたので、ボールを受け取って思い切り投げます。自分では思い切り投げたつもりのボールは、届く前に地面に落ちて跳ねてからアーシャの元へと届きました。


「どうでしょうか」

 

 私は感想を聞いたのですが、ぽんぽんと肩を叩かれました。


「ルーナはボールに触らずに逃げて避けることだけ考えて」


 少し落ち込みました。



 ほとんど運動をしたことがなかった私は、早々にボールに当たりコートの外へ出ました。

 

「外野になっても、相手にボールを当てられればまた中に入れるよ」


 説明されたときにはそう言われていたのですが、私の力では相手の方にボールを当てることはできそうにもありません。何度か転がってきたボールを拾って投げては見たのですが、ことごとく相手に取られるか、そもそも届かずに終わることもありました。

 チームを替えたりしながら何試合かするうちに慣れる、と思っていたのですが、その日は結局、一度もボールを当てることも捕ることも出来ずに、ほとんどの時間を外野で過ごしました。


「初めてだったんだからね。しょうがないよ」


「今度また休みの時にでも一緒にやろうよ」


 終わった後にクラスメイトの皆さんが声をかけてくださいました。


「ありがとうございます」


「だから、勉強教えてください」


 別にそんなことなくても聞かれれば教えるのですけれど、彼女たちは私に教えるのが楽しかったようです。


「なるほど。これが優越感というやつなのですね」


「私たち、そんなに歪んでないよ!」


 友達と遊ぶ約束、というのも初めてのことで私も楽しみでした。

 心配されていたような事態は起こらず、私たちは初回の授業を終えました。

多分、孤児院で遊んでいなければ運動すらしたことはなかったでしょう。あの時も、ドレスのようなものでしたし。

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