初デート
翌朝、ルーナを起こしに行くと、ルーナは既に起きていた。
「おはよう、ルーナ。今日もいい朝だね。……あれからちゃんと眠れたようだね」
ルーナは、顔色もつやつやとしたピンク色で、瞳も充血しているようなことはなく、綺麗な水晶のような紫色だった。昨晩の影響は全く感じられなかった。
「おはようございます、ルグリオ様。はい、ぐっすりと眠ることができました」
それはよかった。僕たちは一緒に朝食へ向かった。
「婚約者って、具体的にはどんなことをしたらいいんだろう?」
朝食を終えて、公務をこなしながら僕は考えていた。
一緒にご飯を食べたり、庭を散歩したりはした。でもそれだけだ。もっと他にも、ルーナを喜ばせることができることはないだろうか?
今まで僕は、勉強したり、魔法や武術なんかの訓練をしたり、芸術について学んだりはしたけれど、女性に対する扱いは、紳士としてかくあるべし、ということしか教わっていない。手本にするべき人も、使用人の中にはいるかもしれないけれど、僕が気軽に聞けるわけでもない。
「……やっぱり、姉様に聞きに行こう」
「それなら、デートにでも行ってみればどうかしら」
姉様は紅茶を入れながら読書をしていた。
「あなたもルーナと二人きりで出かけたいとは思わないかしら?」
「……もしかして、姉様も『あの人』と出かけたいと思ったことが」
「ないわ」
そんな可能性はないと信じて、万が一あったらどうしようかと思っていたのだけれど、姉様はきっぱりと言い切った。
「……でも、姉様。出かけるといっても、どこへいったらいいのさ」
「どこだっていいのよ。二人で出かけるということが重要なの。ルーナはこの国に来てまだ日が浅いし、あなたがこの国を案内してあげればいいのではないかしら」
「わかったよ。ありがとう姉様」
「しっかりやるのよ。お父様とお母様には私から話しておくわ」
僕が退室しようとすると、姉様は何でもないような口調で付け加えた。
「それとね、ルグリオ。私の前で『あの人』の話をしないでと言っているでしょう」
ただし、まったく笑っていなかった。まあ、僕も『あの人』のことは苦手だし、悪い人ではないのだけれど、気持ちはわかる。
姉様の部屋を出ると、僕はルーナの部屋へ向かった。
「デート……ですか……?」
「うん。ルーナはこの国に来てから、まだ、この城から出たり、街を見たりはしていないだろう。だから、案内も兼ねてデートのお誘いに来たのだけれど。どうかな、僕にエスコートさせてはもらえないだろうか」
「わ、わかりました。ありがとうございます。準備して参りますので、少しお待ちいただけますか」
僕が部屋の外でしばらく待っていると、ルーナはふわっとした薄い水色のワンピースを着て出てきた。頭には、日差し避けの白い帽子をかぶっている。
「とてもよく似合っているよ、ルーナ。まるで、妖精が絵本の中から飛び出してきたみたいだよ」
「……ありがとうございます」
ルーナは赤くなっているようだった。ルーナの肌は健康さを見せつつも白いので、赤くなっているとすぐにわかると気がついた。
「じゃあ行こうか」
「……はい、よろしくお願いします」
僕は手を差し出すと、ルーナの手をとった。
さて、どこから回ろうか?
この国を案内すると言っても、さすがに広い。いくら馬車に乗っているからといっても、回る場所は絞らなければならない。
「まあ、今日だけで全てを案内できるわけでもないし、しなければならないわけでもないからな」
僕が一人ごちっていると、ルーナが不思議そうな顔で見上げてきたので、なんでもないよと微笑んだ。
城下には商業施設が立ち並び、そこから市民の生活区、そして穀倉地帯と広がりをみせている。僕もそう頻繁にではないけれど、顔をみせることもある。自分の眼でみることは重要だ、という父様の意見には賛成だからだ。
「おや、ルグリオ様。本日はどうなさったんですか?」
商業区だけあって、人も多い。良い機会なので、国民の皆にもルーナを紹介することにした。
「今日は街の案内をしているところです。ルーナ、皆いい人たちだから出てきても大丈夫だよ」
ルーナの手をとって馬車から降ろすと、周囲に集まっていた人からどよめきが起こった。どうやら初めて見る美貌の少女に目と心を奪われているようだった。
「こちらは、アースヘルム王国第二王女、ルーナ・リヴァーニャ姫です。先日、私の婚約者と相成りまして、この国へ参られました。今日は街の案内をしようと思いまして」
「ルーナ・リヴァーニャです。よろしくお願いします」
ルーナは物怖じせず、初めて出会った時と同じように、完璧に挨拶を披露した。すると周囲からは歓声があがった。
「これはまた別嬪さんだねえ」
「すごくきれい」
「お人形さんみたーい」
「コーストリナは良いところだよ。ほら、これ持っていきな」
そうして、名産の果実や、自分のところでとれたものだなんだのと色々もらってしまった。
「ここがコーストリナの中央広場だよ」
馬車を止めて、僕たちは通りを歩いていた。街の中心には噴水があり、その周りには恋人たちがデートをしていたり、子供たちが遊んでいたり、音楽を演奏している人たちがいたりする。
「あー、王子様だー」
「魔法みせてー」
「私もできるようになったのー。みてー」
僕に気付いた子供たちが寄ってくる。ルーナに気付くと皆、俄然興味を惹かれたようで質問してきた。
「かわいいー」
「この子はだーれ?」
「髪の毛きらきらでさらさらー」
「この子は、ルーナ・リヴァーニャ姫。アースヘルム王国のお姫様で、僕のお嫁さんになるんだ」
「あーすへるむってどこー?」
「お姫様だってー」
「もう結婚するのー?」
子供たちの興味は尽きない。全員に対応していたら、日が傾きかけていた。
「あんまり遅くなってもいけないよ。そろそろ君たちも家族のところに帰らなくてはね」
「はーい」
「さようならー」
子供たちが帰ったのを見届けてから、御者さんに耳打ちする。
「ルーナ。もう一か所、付き合ってくれるかな」
「……はい、もちろんです」
広場を出て、いくつか路地を抜けると、目的地へとたどり着いた。
小高い丘で、上に登れば辺りを一望できる。先端部には、前掛かりになっても転げ落ちないように柵が立てられている。
「気に入ってもらえたかな」
薄い雲が沈みゆく太陽に照らされて茜色に染まっている。きらめきは瞬間ごとにそのかたちを変えて、眩しく、僕たちのいる丘と、この国を照らしている。この瞬間だからこそ成しえるとても幻想的な光景を作り出していた。ルーナも言葉はないようで、目を細めて、口元をほころばせている。どうやら楽しんでもらえたみたいだ。
「月光に照らされる君も美しいけれど、夕日に染まる君もまた綺麗だね」
「ありがとうございます、ルグリオ様。とても素敵です」
ルーナの顔は夕日のせいか、真っ赤に染まっていた。夕日のせいだけでないといいなと思った。
夕日が沈むのを二人で眺めてから、城に戻った。