授業初日
エクストリア学院の授業形態は、朝のHRの後、昼前までの間で2コマ、お昼の休憩を挟んで2コマ、そしてHRという1日のサイクルを5日間続けて2日間休むという繰り返しです。
数学や地理、歴史といった一般科目はもちろんのこと、魔法学や礼儀作法、運動科目などといった日常科目も組み込まれています。美術や音楽といった芸術科目も選択することは出来ますが、そういった科目が学びたい場合、別の学院、別の国へ行くことが多いため、この学院における比重はあまり大きくありません。
私の学院生活最初の授業は基礎魔法学で、お城ではアースヘルムでもコーストリナでも習ったり、本で読んだりしたことのある内容だったのだけれど、退屈するようなことはなく、程よく集中力を保ったまま授業に臨むことが出来ました。
配布される用紙の説明と先生の書かれた板書を見て、必要があればノートをとる、先生に指名されれば答えと自分の考えを述べる。
これほどたくさんの同年代の人たちと一緒に勉強するというのは今まで経験したことがなかったため、とても新鮮でした。
初回の授業からいきなり実習と言われることはなかったので、少し安心しました。
お昼の休憩には、寮の管理人さん、トゥルエル様が作ってくださったお弁当をいただきました。
「トゥルエル様はお一人で全員分の食事を作っていらっしゃるのですか?」
寮に戻ってから聞いてみたところ、そんなわけないじゃない、と笑われてしまいました。
「確かに私が責任者で管理人だけど、私一人しかいないわけじゃないよ」
丁度いい機会だからと一年生を集められて、他の寮母さんも紹介してくださいました。
いただいたお弁当はとてもおいしかったです。
後から教えていただいた話では、学院内には購買、売店なども結構な数があり、生徒の方が経営している場合もあるのだそうです。
お昼の後には、この日は一般科目のうちの数学の授業がありました。
一年生では習わないのですが、魔法陣の作成などにも役立つようで、つまらなくともしっかりやるようにと言われました。
私は以前、ルグリオ様とセレン様と一緒にお城を抜け出した際に作ったログハウスのことを思い出していました。言われてみれば、あの時のログハウスを組み立てる木材を加工するときのイメージにも数学は使われていたようです。専門の職人ではないのにも拘らず、3人でやったこととは言え、セレン様もルグリオ様もやっぱりとても優秀でいらっしゃるのですね、と改めて思いました。
この日の最後の授業はこの国、コーストリナ王国の文化を学ぶという授業でした。
コーストリナは魔法と共に発展してきた国で、周辺国家では一番、大陸中でも魔法への取り組み方はかなり進んでいるとのことでした。
お城で習っていたことの復習のような感じではありましたが、どの授業も興味を持って臨むことができました。
一日の授業が終わり、寮に戻ろうと思って隣で授業を受けていたアーシャに声をかけようと隣を向くと、アーシャはぐったりとされていました。
「アーシャ、どこか悪いのですか?」
「うん。頭が悪いの」
いえ、そういった冗談を聞いているのではなく。
「元気なのはルーナくらいだよ」
そう言われて周りを見ると、ほとんどのクラスメイトがアーシャと同じようにぐったりと机に突っ伏されていました。
なるほど。私にとってはお城で学んだことの復習だったりしたことが多かったので大変に思えることではなかったのですが、他の方にとっては違ったようです。たしかにわからないこと、知らないことを長時間続けて聞くのは大変なことなのかもしれません。
「でも、今日はこれで終わりですから。後は寮に戻ってお風呂に入って夕食を食べて眠るだけではないですか」
「ぐ、そ、そうだね。課題もやらなきゃならないし。寮にも図書館ってあったっけ」
「ありましたけれど、大きいものが校舎にはありますよ」
「きっと大丈夫だよ。最初の課題だもん」
「初日からこれでは、先が思いやられますね」
私の言葉に反応されたのはアーシャだけではないようで、クラスのほぼ全員が胸を押さえる仕草をされました。
「頑張りましょう、アーシャ。分からないところがあれば、私のわかる範囲でなら教えてあげられますから」
「本当っ!」
クラスメイトの皆さんが一斉に私の方を向かれました。
「え、ええ」
私は若干言葉に詰まりつつも首肯すると、是非お願いします、とほぼ全員に頭を下げられました。
「とりあえず、夕食までには寮に戻りませんか?」
私の提案を、先ほどまでとはまるで違った様子で頷かれ、私たちは揃って寮へと戻りました。
「おやまあ、初日から感心じゃないか」
夕食の後、私たちが寮のホールで一緒に勉強していると、片づけを終えられたトゥルエル様が見に来られました。授業の初日からフロアを埋め尽くさんばかりの1年生が自習をしていればそういった感想も出てくるのかもしれません。
「あんたたちはこんな事してなかったもんね」
丁度ホールに出てこられたアイネ寮長に話を振られます。
「わ、私たちは優秀だったんだよ」
「おや、課題が出るたびにあんたがアリアに泣きついていたように見えたのは、私の幻覚だったのかい。1年生のころから幻覚の魔法が使えるとは、さすが寮長、優秀じゃないか」
「それは違いますわ。トゥルエル様」
お風呂上がりのような格好のアリア副寮長がトゥルエル様の言い分を否定されます。
「アリア」
アイネ寮長が救世主を見るような目でアリア様を見られます。
「正確には現在でも泣きついている、が正解ですわ」
「アリア」
先程と同じ台詞ですが、込められた感情は全く違っていました。
「あんたたちも、この子らを見習うことだね」
トゥルエル様が声をかけられると、一斉に寮の部屋の扉が閉まる音が聞こえました。
「全く」
それからトゥルエル様は私の前まで来られたので、私はノートから目を離して顔を見上げました。
「あんたたちもあんまり遅くなるんじゃないよ。夜更かしは美容と健康の敵だからね」
私たちは大急ぎで課題を終わらせると、順番にお風呂へと向かいました。