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決闘です?

「決闘だっ!」


 急に叫ばれたので、私は驚いて振り返りました。聞き違いでしょうか? 周りを見ると、皆同じような顔をされています。


「その男に決闘を申し込むっ!」


 マーキュリウス様の視線を辿ると、間違いなくルグリオ様がいらっしゃいました。考えられません。正気でしょうか?


「ええっと、僕でいいのかな?」


 今到着されたばかりで、それまでの出来事をご存じではないルグリオ様は困ったようなお顔をされていて、確かめるように聞き返されていました。


「そうだ。まさか逃げるわけではないだろうな」


 あまりにも理解不能な事態に陥った時、人は叫ぶのでもなく、おろおろするのでもなく、フリーズするものだと実感しました。誰も氷の魔法を使ってはいないのにも関わらずです。

 私も、周りの生徒も、何も言うことができずに固まっている中、セレン様だけは非常に面白そうに微笑まれています。

 無知とは恐ろしいものです。仮にも公爵家なのでは? と思いましたが、何も言わずに私も黙っていました。


「こういう場合、受けてもいいのかな?」


 ルグリオ様が確かめるようにセレン様の方を向かれます。


「好きにしなさい。私は面白ければどちらでも構わないわ」


 どちらでも構わないと言われたのにも関わらず、明らかに受けた方が面白いわと思っているような口調でセレン様は答えられました。それっきり黙ってしまわれことを考えると、どうやらセレン様は見物を決め込まれたようです。


「どうしたんだ、受けるのか、逃げるのか」


 マーキュリウス様が挑発するように叫ばれます。叫ばなくても十分に聞こえる距離なのですが、考えてはいらっしゃらないご様子でした。


「受けるよ。それで君が満足するのなら」


 私と同じくらいの年齢の子供に申し込まれた決闘でも、ルグリオ様は真摯にお受けになられました。周囲の生徒からは、悲鳴のような歓声のような叫び声が上がっています。


「何事ですか」

 

 あまりにもうるさかったようで、教師と思われる灰色のスーツを着た男性が様子を見に来られました。


「すみませんでした、ロールス先生」


 セレン様が頭を下げられます。


「こ、これは」


 ロールス先生と呼ばれた黒髪の男性が膝をつこうとするのを、セレン様が止められて、口に人差し指を当てられます。


「とりあえず、何も聞かずに許可だけくださいますか?」


 ロールス教諭は愕然とした表情を浮かべた後、結局、がっくりとひざを折り、床に手をつかれました。


「またですか。またなのですか。在学中も……いえ、大変失礼いたしました。何でもございません。わかりました。グラウンドでよろしいですか? それとも演習室の方がよろしいでしょうか?」


「グラウンドで構いませんよ」


「わかりました。少々お待ちください」


 当事者ではなく、セレン様が決めてしまわれました。ロールス先生は非常に重い足取りで、許可を取りに向かわれたようでした。


「なんだ一体?」


 おそらく、この場で状況を飲み込めていない数少ないであろう人物の一人は、心底不思議そうに首を傾げておられました。



 その後、気を取り直されて、意気込まれている様子のマーキュリウス様を先頭に、私たちはぞろぞろとグラウンドへ向かいました。

 歩いて教室の前を通過するたび、階を下るたびに、どんどん人だかりが増え、グラウンドに着くころにはすでにグラウンドも人で溢れ返っていました。


「懐かしい光景ね」


 セレン様がしみじみとつぶやかれました。


「まさか卒業してまで自分がこうなるとは思ってなかったよ」


 ルグリオ様も周りを見渡され、手を振ったりされていて、その度に黄色い歓声が辺り一帯から湧き上がっていました。

 しばらくすると、ロールス教諭が戻ってこられて、周りを見渡され深いため息をつかれました。


「それでは、両者離れてください」


 ロールス教諭の言葉で、ルグリオ様とマーキュリウス様が距離を取られます。


「私が勝ったらルーナ・リヴァーニャを我が嫁とする」


「僕の方から言うことはありません」


 ルグリオ様が何もおっしゃらないのが不満らしく、マーキュリウス様はお顔を真っ赤にされました。


「私を侮辱するのか!」


 どう考えてもあなたにかけられる言葉です、という視線がほぼ全員から飛んでいたのですけれど、マーキュリウス様は全くお気づきではないようでした。


「決闘前に口は慎みなさい」


 ロールス教諭に諭され、マーキュリウス様は口を閉じられましたけれど、ものすごい形相でルグリオ様を睨みつけられていらっしゃいました。


「では、始めっ!」


 こうして決闘が始まる、と始まるまでは皆思っていたことでしょう。



 マーキュリウス様は、たしかにご自分で自信を持たれるだけの実力はある様子でした。

 入学直後、10歳にも関わらず、空気を巧みに操っておられます。

 竜巻を起こされて砂を巻き上がらせたり、空気弾と思しきものを操って飛ばされたり、新入生は驚きとともに観ておられました。


 しかし、そのどれ一つとしてルグリオ様まで届いたものはありませんでした。


 マーキュリウス様が竜巻を起こされれば竜巻を、空気弾を飛ばされれば空気弾を、より完成度の高い同じ種類の魔法で、まるで見本を見せるかのように相殺されます。

 その場にいる生徒が、これは決闘ではなく指導なのだと気づくのにそれほど時間はかかりませんでした。途中からは皆、指導を付けて貰っているマーキュリウス様を羨望の眼差しで見ていました。

 やがて魔力が尽きたのか、マーキュリウス様が膝をつかれます。


「そこまで」


 ロールス教諭が終了を宣言されると、周囲からは怒号のような歓声が響き渡ります。私は一番前、セレン様の隣でルグリオ様のお姿を拝見していたのですが、終わったのを見届けて、やはり困ったお顔を浮かべていらっしゃるルグリオ様の元へと駆け寄りました。


「何だか大事になってしまったみたいですけれど、これでよかったのでしょうか?」


 ルグリオ様が周囲を見渡されて、ロールス教諭に声をかけられます。


「殿下にはお手数をおかけしました。そして、よい実演をありがとうございました。皆、良い励みになることでしょう」


「ルグリオ様、握手をしてくださいますか」


「セレン様、お久しぶりでございます」


 生徒たちは興奮が抑えきれない様子で、ロールス教諭がグラウンドの使用許可時間を過ぎましたと告げられるまで、人だかりが消えることはありませんでした。




「ごめんよ、ルーナ。せっかく君の晴れ舞台だったのに」


 思いがけず大分時間が経ってしまっていたので、帰り際にルグリオ様に謝られてしまいました。


「いえ、全く気になさることはありません。恰好良かったです」


「そうかな」


「はい」


「じゃあ、ルーナ。しばらくは来れないと思うけれど、楽しくやりなさい」


 セレン様も抱きしめてキスをしてくださいました。


「次に会えるのは夏になってしまうかもしれないけれど、出来るだけ暇を見つけて会いに来るから」


 ルグリオ様にも抱きしめられて、それからキスをされました。


「私も楽しみにしています」


 それだけおっしゃられると、ルグリオ様、セレン様は帰っていかれました。



 ルグリオ様とセレン様をお見送りしてから、私は今日から住まわせていただく学生寮へと向かいました。

 仮の学生寮と同じようなデザインのまま縦と横を大きく伸ばしたような1年生の女子生徒用の学生寮へと、私は足を踏み入れました。


「わっ」


 入った瞬間、拍手とクラッカーで迎えられました。

 私が目を白黒させていると、メルが進み出てきました。


「待ってたんだよ、ルーナ。皆、ルーナと話がしたいって」


 大変だったんだから、と腰に手を当てて言われたので、すみませんと謝りました。


「いいからいいから。今日は新入生の顔合わせなんだって」


 そのまま食堂に連れていかれて、食堂が新入生と思われる女子生徒で一杯になると、司会役らしい真っ赤な髪で日に焼けているような上級生が挨拶をしてくれました。


「私が女子寮寮長のアイネ・ロールスクライアだ。今日はあんたたちの入寮祝いで無礼講だ。食べて飲んで笑い合って、親交を深めあってくれ。以上」


 歓声と拍手が上がり、賑やかな食事が始まりました。


 

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