他国だからと言って伝わっていないはずはない
「じゃあ、ルーナ。また後でね」
「ええ、後程」
入学式が終わると、私はメルと別れてそれぞれの教室へと向かいました。私は1組だったのですけれど、メルはレシルやカイと同じ4組でした。1年生は皆同じフロアなのですけれど、私だけ違う教室なのは少しだけ寂しさも感じました。
私は前向きに、メルたちと同じように新しい友達が出来るかもしれないと考えることにして、そう思うと少しだけ嬉しくなって足取りも軽く教室へと向かいました。
「ここですね」
扉の上にかけられているプレートを見上げて、1年生の教室、1組であることを確認します。
私が教室へ入ると室内が一瞬静まり返り、すでに教室に来ていた人たちから一斉に視線を向けられたのを感じましたが、私は気にせず一番前の列の入り口から最も遠い窓際の席に着きました。先生の話は近くで聞いておきたかったのですけれど、入り口付近では私の後に入ってくる人の邪魔になってしまうためです。
私が席に着くと、再び教室は囁き声で満たされました。
先生がいらっしゃるまで手もちぶさただったので、窓の外の景色を眺めていると、後ろから声をかけられました。
「あ、あの、失礼ですがルーナ様でしょうか」
私が振り向くと、背中まである左右にはねた金髪で、新緑のような鮮やかな緑色の瞳をした女の子が意を決したような様子で私を見つめていました。両手は胸の前あたりでかたく握りしめられていました。
「はい」
私が黙っていると、その女の子も声を掛けたのはいいけれど何と言ったらいいのか迷っている様子でした。
「あなたのお名前を聞かせていただいてもよろしいですか?」
私は出来る限り相手の女の子が委縮してしまわないように笑顔で声をかけました。
「し、失礼いたしました」
結局、すごい勢いで謝られて頭を下げられてしまいました。
「わ、私は、アーシャ・ルルイエと申します。アーシャとお呼びください、ルーナ様」
「ルーナで結構ですよ、アーシャ」
私が声をかけるとアーシャはぱあっと顔を輝かせました。
「そ、それでは、あ、あの」
「ルーナ様」
アーシャが発しようとしていた言葉は、せきを切ったようになだれ込んできたクラスメイトによって封殺されました。
「私はオーリア伯爵家の次女、ラヴィーニャです」
「僕はリンドブルム伯爵家次男のサマエルです、ルーナ様」
「レーヴェフ子爵家長男、エリオットです」
「私はシャーロット男爵家長女、サンティアナですわ、ルーナ様」
クラスメイトの皆さんが我先にとおっしゃられるので、私は顔と名前を一致させるのに精一杯でした。
「あー失礼失礼。君たち、悪いけれどそこをどいてもらえるかな」
切り裂くように聞こえてきた声の主は、失礼、とおっしゃられながら、クラスメイトでできた人垣をかき分けながら私の前までいらっしゃいました。
「何と美しい方だろう」
その方は、大げさな仕草で私の前で膝をつくと手を取られました。
「初めまして、美しいお嬢さん。私はアルケイオン王国から参りましたブリジット公爵家長男、マーキュリウス・ブリジットです。貴女のお名前を伺ってもよろしいですか」
「ルーナ・リヴァーニャです」
いきなり手を取られたので、ルグリオ様とは違って随分失礼な方だとは思いましたが、ルグリオ様と比べてはこの方に申し訳ないので、私は特に気にした様子を見せずに名前を告げました。
「ルーナ・リヴァーニャ。何と美しい名前だろう」
他のクラスメイトの皆さんが、すごいものを見ているような表情をされていたのですが、そんな周囲の空気など意に介した様子もなく、マーキュリウス、ブリジット家長男は言い放たれました。
「貴女を私の花嫁にしよう」
目の前の方が何をおっしゃっているのか理解するのにしばらく時間を要しました。
周りのクラスメイトの皆さんも、そのマーキュリウス様の取り巻きの方以外は言葉もない様子で唖然とされていました。
「ええっと、どういった意味でしょうか?」
もしかして、アルケイオン王国には私たちのことは流れていないのでしょうか。
「聞こえなかったのかい?」
大分砕けた口調になられたマーキュリウス様は、仕方がないな、と頭を振られました。
「ではもう一度。ルーナ・リヴァーニャ、貴女を私の花嫁として迎えてあげよう」
とりあえずは婚約者として、などと続けられるマーキュリウス様をそのまま放置するわけにもいかなかったため、私は確認の意味も込めて尋ねてみることにしました。
「あの、私には心に決めた婚約者の方がいらっしゃるので、そのお話は受けることができません」
「ならば、その婚約者とは別れてくれたまえ」
なぜか、不機嫌になったような口調で言われました。とても10歳とは思えない口調です。
「どうした、何か問題でもあるのかな。私は由緒あるブリジット公爵家長男で、そこら辺にいる有象無象の男性諸君などよりよっぽど君がふさわしいのだけれど」
「はい、席に着いてくださいね」
私が言い返そうと思ったところで、担任のリリス様が教室に入ってこられて私はタイミングを逃してしまいました。
「私がこのクラス、1組を担当しますリリス・ウェブリアです」
それから、授業形態、諸教室使用上の注意事項、伝達事項等を申し渡された後、私達はそれぞれ自己紹介をしました。
「ルーナ・リヴァーニャです。皆さん、仲良くしてください」
余計なことを言って敬遠されると困るので、それだけ言うと席に着きました。
初日ということもあり、今日は授業もなくそのまま終了となったので、私は教室を出てメルとレシルとカイを迎えに行こうとしたのですけれど、後ろからぞろぞろとついてこられて歩きにくかったです。
「ルーナ」
私が4組の教室まで辿り着くと、私に気付いたメルが声をかけてきました。
「すごいね。どうしたの?」
メルが私の後ろのクラスメイトに驚いて、声を潜めて聞いてきます。
「皆さんについてこられてしまって」
「さっそく人気者なんだね」
私がメルと話していると、レシルとカイもやってきました。
「まあこうなるだろうとは思っていましたけどね」
「すごいな、ルーナ」
私がそちらに顔を向けると、マーキュリウス様が私たちの間に割り込まれた。
「何だお前」
カイが睨みつけて、マーキュリウス様をどかそうとします。
「ふぅ。ルーナ、君にはこのような者たちは似合わないよ」
いきなり名前を呼び捨てにされ、この方はものすごい人物なのではないだろうかと錯覚を起こしそうになりました。しかも、どうやら自分の言動を格好いいと思っているようです。
「あの」
「ルーナ」
私が言いかけたところで、後ろから声をかけられました。私がその声を聞き違えるはずもありません。後ろを見ると、女子生徒はうっとりとしたような視線を、男子生徒も女神でも見るような眼差しを向けているようでした。
「ルグリオ様、セレン様」
私のところまでいらっしゃると、立ち止まられて笑顔を見せてくださいました。
「あなたの人気がすごいだろうことはわかっていたから、すぐに場所はわかったわ」
「来るときも皆道を譲ってくれたので楽だったよ」
「来てくださってありがとうございます」
私が頭を下げようとすると、いいんだよ、とおっしゃられました。
「見に来るといっただろう。レシルもカイもメルも入学おめでとう」
「ありがとうございます」
それからルグリオ様とセレン様は周りの生徒にもそれぞれ声をかけられていました。
大半の生徒の皆さんは当然、言うまでもないことですけれど、ルグリオ様とセレン様のことはご存じなのでキラキラとした顔でとても感動している様子でした。