学生寮(仮)
馬車の周りはざわついているようだったのですけれど、ルグリオ様もセレン様も特に気にされている様子ではなかったので私も気にしないことにしました。
御者の方に扉が開けられて、まずルグリオ様とセレン様が馬車から降りられました。
ルグリオ様はレシルにカイ、そしてメルへと順に手を差し伸べられて馬車の外へと連れ出されました。最後に私に向かって手を差し伸べられたので、その手を取ると、馬車の扉の前に置かれた真っ赤な薔薇のような色の台の上にゆっくりと降りました。
「やっぱり早くに来て正解だったみたいだね」
それほど多くはない荷物を取り出してレシルたちに渡しながらルグリオ様がつぶやかれた。
「そうね。他の人たちと一緒になると見世物にされて大変なのよ」
セレン様は私たちに聞かせるようにおっしゃられると、やれやれだったわと肩をすくめられた。
「ですが、それではルグリオ様もセレン様も滞在されるところがないのではないですか」
レシルが私も気になっていたことを聞いてくれた。
「それは大丈夫よ。いきましょう」
御者さんに感謝を告げて帰られるのを見送った後、私たちはカレン様に付いて歩き出した。
まだ学院の生徒ではない私たちは寮に泊まることができません。そのため、学院の近くにある仮学生寮に向かいました。私たちのように早く来てしまったり、遠くから来る生徒のための仮の寮という意味の何のひねりのない名前の寮なのだと道ながら説明してくれました。
それほど遠くもないところに、その仮学生寮は建てられていました。
仮だからなのか、それほど大きくはない煉瓦のような色の建物で、歴史を感じさせる佇まいをしています。
「こんにちわ」
ルグリオ様が中へと入られ挨拶をされたので、私たちも続いて中へと入って挨拶をした。
「あら、これはルグリオ様。それにセレン様も」
管理人室と書かれたプレートの貼ってある部屋から出てこられたのは、セレン様よりも少しだけ年上に見えるルグリオ様と同じくらいの身長で女性らしいいい体つきの女性でした。腰の辺りまである紺色の髪を後ろで一つにまとめていらっしゃいる。
「お久しぶりです。トゥルエルさん」
「そうね。お久しぶりね。卒業して寮を出てから一年以上、セレン様に至っては二年以上にもなるんだから、そりゃあお久しぶりでしょうとも」
ルグリオ様もセレン様も笑顔が若干引きつっておられました。
「すみません。忙しくてなかなか時間が取れずに」
「そうみたいね」
トゥルエル様は私たちの方をちらりと見やって、それからまたルグリオ様の方へと視線を戻された。
「こんなに可愛いお嫁さんを貰ったんだものね。それはそれは忙しくて仕方がなかったのでしょうね」
「ご紹介いたします。この子がルーナ・リヴァーニャ。僕の婚約者で、この春から学院に通うので今日はその挨拶に参りました」
「ここへ来たってことは、エクストリアね」
「はい」
トゥルエル様がこちらを向かれたので、私はこれからお世話になるだろう方にしっかりとお辞儀をした。
「初めまして、トゥルエル様。ルーナ・リヴァーニャと申します」
私に続いて、レシルとカイとメルも自分の名前を述べて挨拶とお辞儀をした。
「これはご丁寧にどうも。私がこのエクストリア学院学生寮の、とは言ってもここは仮だけれど、管理人を務めているトゥルエル・リックバリーよ。トゥルエル様でも、トゥルエルお姉さまでも好きに呼んでくれてかまわないよ」
私たちは改めて、これから5年間お世話になるだろう方によろしくお願いしますと挨拶をした。
仮の寮なので、ここはまだ男子寮と女子寮に分れてはいません。
挨拶が済むと、レシルとカイ、私とメルに分れて隣同士の部屋へと案内されました。
「入学したら本来の学生寮に移るけど、とりあえず今日はここに泊まっていきなさい」
白いシーツの敷かれたベッドが二つと机が一つだけの簡素な部屋で、窓には空色のカーテンが掛かっています。メルが荷物を下ろすのを待って、トゥルエル様は私たちに部屋の鍵を渡されてから、ルグリオ様とセレン様に声をかけられました。
「それで、今日はどうするつもりなの」
「とりあえず、この辺りの案内をしようと思っていまして」
「そうじゃないわよ。あんたたちは入学式に出るからここまで来たんでしょう。今日泊まるところは決めてるのかって聞いてるのよ」
「ありがとうございます。ですが心配には及びません」
「まさか宿をとるつもりじゃないでしょうね」
「いえ、そのつもりでしたが」
ルグリオ様の返答を聞いて、トゥルエル様はふぅーと長い息を吐き出された。
「いいから、今日は泊まっていきな。でも部屋は一つしか貸さないから、あんたたち二人で泊まるんだよ」
「ですが」
「私がいいって言ってるんだからいいんだよ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
ルグリオ様の返事に満足されたのか、うんと頷かれてトゥルエル様は管理人室へと戻っていかれました。
別に荷物を持って歩いても良かったのですけれど、せっかくなので荷物を部屋に置いた私たちは、ルグリオ様とセレン様が案内をしてくださるということなので、学院の中を歩くことにしました。
校舎、講堂、グラウンド、演習場。
どこも入学式に向けて飾り付けられていました。明日というわけではないのに、忙しそうに何人か走り回っています。
「入学式の前にはクラスを分けるためのテストがあって、優秀者の何名かは個人部屋を選ぶこともできるようになっているんだよ」
歩きまわりながらルグリオ様とセレン様が学院のことを色々教えてくださいました。
学院を一通り見終わると、辺りも大分暗くなってきていたので、私たちは仮の寮へと戻ってきました。
「お帰りなさい。夕食の準備は出来ているわよ」
食堂と思しき場所へ行くと、私たちの他にも数人の新入生が食事をとっていたのですが、私たちが入っていくと視線が一気に集まって、皆食事をやめてこちらに注目しているようでした。
「はいはい。見てないで食べなさい。片付かないでしょう。どうせ同じ学院に通うんだからいつでも見られるようになるでしょう」
ルグリオ様とセレン様に限ってはそうは言えないのではと思ったのですけれど、トゥルエル様が大きな声で言われると、新入生たちは自分たちの食事に戻ったようでした。チラホラと視線は感じましたけれど、気にしていてもしょうがないので、私たちは食事を取りに行くと揃って食べ始めました。