パーティーが終わって
パーティーの終わりに、僕はアリーシャ様に話しかけた。もちろん、ルディック様には断りを入れた。
「アリーシャ様」
「お義母様でもいいのよ」
力が抜けそうになったが、僕は真剣な顔で話を続けた。
「今夜、お時間をいただいてもよろしいですか」
「あら、どうしたのかしら」
アリーシャ様は面白そうな顔で微笑まれた。
「他の方には聞かせられない話ですので」
僕の心情的に。
「ふふっ。何かしら。楽しみね」
疑問符の付きそうな言葉とは裏腹に、おそらくアリーシャ様は僕の話の内容を正確に見抜いていた。どことなく僕の母様と雰囲気が似ている。
それでは今夜お邪魔致しますと断って、僕はその場を後にした。
その晩、僕は教えられていたアリーシャ様の寝室を訪れた。ノックをして名前を告げると、どうぞ、と許可されたので、失礼します、と言ってから入室する。
一瞬、部屋を間違えたのかと思った。いや、アリーシャ様がすぐ近くの椅子に座っていらっしゃらなければ、失礼致しましたと言って退室していただろう。
室内は、見渡す限りに本や古文書で埋め尽くされていた。
「いらっしゃい。歓迎するわ」
僕が入ったところで、アリーシャ様は周りを見て、考え込むような素振りをされた。
「やっぱり、この部屋は話をするには向かないわね」
付いてきて、と言われてアリーシャ様が部屋から出ていかれたので、僕も本を崩さないように慎重に扉を閉めると、アリーシャ様の後ろに着いていった。
アリーシャ様は隣の部屋に入られると、どうぞ、と言って僕を招き入れた。
アリーシャ様の寝室らしいその部屋には、部屋の奥の窓の近くに、大きなベッドが置いてあった。ベッドのすぐ横はテラスになっていて、反対側にはクローゼットらしき棚と、寝台が設置されている。テラスとベッドの間には、大きな鏡が置いてあった。扉の左奥には戸棚がついていて、食器などが見えていた。
アリーシャ様は、入ってすぐに見える四角いテーブルの前の椅子に腰かけられていた。僕がすぐそばまで行くと、着席を勧められたので、席に着いた。僕が席に着くのを確認された後、アリーシャ様は椅子から立ち上がられると、戸棚の前まで歩いてゆかれて、ティーポットとカップを取り出された。
「紅茶でいいかしら」
お湯を準備されながら聞かれたので、ありがとうございます、と答えた。しばらくすると、ポットに入った紅茶と、カップを二つを運んでこられて、机の上に置かれた。その後、二人分のカップに紅茶を注がれた。
「とりあえずはお茶にしましょう。何にしても落ち着くものね」
アリーシャ様がカップに口を付けられたので、僕もそれに倣う。一息つくと、アリーシャ様は静かにカップを机に置いて、手を膝の上にのせた。
「あなたの聞きたいことはわかっているわ。それを解決できるかもしれない方法も」
なんだって。僕は驚いて目を見張る。解決法がわかっているだって。では、なぜ。
「わかりました。この城からは遠いところへ行かなくてはならないんですね。ルーナの呪いを解くためには」
王妃であるため、アリーシャ様は長期でこの城から離れることができない。はたして、アリーシャ様は首肯された。
「ええ。おそらくは、あの魔女の隠れていたところへ行けば、解決へのヒントくらいは見つかるはずよ。と言うよりも、そこになければ本当に手詰まりというのが現状ね。多くの国からたくさんの役に立ちそうな書物を集めてみたけれど、結果は知っての通りよ」
アリーシャ様は目を伏せられた。
「では、僕が行ってまいります」
僕ははっきりとアリーシャ様の顔を見て、そう告げた。これは、ルーナを夫として迎える僕が解決しなくてはならない問題だ。
「本当にいいの。あの呪いを解いてしまって」
娘のことだというのに、アリーシャ様は随分と楽しそうだった。
「もちろんです。それがルーナのためならば」
一も二もなく、僕は即答した。アリーシャ様は、その答えを聞いて微笑まれたような気がした。
「そう。それなら、少し待っていてくれるかしら」
アリーシャ様は椅子から立ち上がられて、寝台の引き出しの中に大事もののように仕舞ってあった小瓶を取り出されると、僕の前まで持ってこられてそれを差し出されたので、僕はその小瓶を受け取った。中には、何か白いものの欠片が入っていて、瓶を振るとぶつかって音を響かせた。
「これは」
「それは、あの魔女の骨の欠片よ」
墓を暴いて手に入れたの、と何でもない風に告げられたので、言葉の意味を理解すると、僕は危うく瓶を落としそうになって、慌てて持ち直した。
「呪いを解くには、一般的に、その術者のものが必要よ。それはわかるかしら」
僕の返事を待たずにアリーシャ様は話を続ける。
「でも、その魔女はもう死んでしまって、灰も残っていない。でも、骨ならば残っているわ」
だから墓を暴いて手に入れたの、と何の気なしに言われてしまって、僕はただ茫然としていて、何も言うことは出来なかった。
「母親はね、娘のためなら何だってできるのよ」
あなたは違うの、と目線で問われた気がした。
僕の答えは決まっている。
僕は、収納の魔法でその小瓶を仕舞うと、アリーシャ様の部屋を退出したのだが、アリーシャ様はついてこられた。聞くと、どうやら見送りに来て下さるらしい。
「ルーナや他の皆には私から上手く伝えておくから」
「お手数をおかけします」
「あなたも、私の息子になる予定の子だもの。どうということはないわ」
「出来る限り、すぐに戻りますので」
「これが、その場所までの地図よ。以前の戦いのときに作ったものだから、多少のズレはあると思うけれど」
「ありがとうございます。ありがたく、受け取らせていただきます」
受け取った地図にざっと目を通すと、地図も収納する。
「気を付けていってらっしゃい。ルーナを悲しませるんじゃないわよ」
励ましもいただいた。
「では、行ってまいります」
お辞儀をすると、手を振ってくれた。この地図の場所の近くは知っている。僕はその場所まで転移した。