婚約パーティー
夕食と聞いていたのだけれど、すぐに食事を始めるわけではないようだった。
アリーシャ様が部屋から出ていかれてすぐに入れ替わるようにして、リサさんを含めて4人のメイドさんが部屋へと入ってきた。彼女たちは一列に横に並ぶと、揃ってお辞儀と共に自己紹介をされ、それから僕の方を見ると、代表してリサさんが口を開く。
「ルグリオ様。夕食の準備が整いましたので、会場までの案内を仰せつかって参りました。それに先立ちまして、ルグリオ様のご衣装も整えさせていただきます」
衣装のかかったラックを移動させてきたのは、金髪を短く切りそろえたラヴィアさんで、たくさんの衣装が掛かっているのにも関わらず、まるで苦にした様子がみられない。
「ルグリオ様は色のお好みなどございますでしょうか」
鮮やかなピンクの長髪を耳にかけながら衣装を吟味しているユイアさんに尋ねられたので、衣装に関して好みのない僕は、お任せでお願いします、と頼んだ。
「かしこまりました」
彼女たちは一緒になって、あーでもないこーでもないと、楽しそうに衣装を選んでいた。城で働くメイドさんと言えども、女の子には服を選ぶのは楽しい様子だった。
しばらくすると、青林檎のようなつやつやの髪をアップにまとめたシャルさんが、シャツにガウン、それにズボンを一式取り揃えて、僕の元まで持って来てくれた。僕がそれを受け取ると、数歩下がって、一礼した。
「では、私共は外に出ておりますので、着替えがお済になりましたら声をおかけください」
失礼いたしましたと丁寧に頭を下げられて、4人とも部屋から出て扉の前で待機している様子だった。
僕は、衣装も持ってきてはいたのだけれど、彼女たちの熱の入ようの前に、終ぞ言い出すことができずに、差し出された衣装に着替えた。
男の僕でもこれだけ大変なのだから、ルーナの苦労は計り知れない。女性は大変なんだなあとつくづく思った。
着替えが終わると、メイドさん達にルーナの部屋の前まで連れてこられた。やはり、時間が掛かっているらしかった。
僕が着いてからは、それほど待たずに扉が開かれる。出てきたルーナを見て、思わず呼吸を止めた。
ルーナは綺麗だった。澄み切った空を思わせるドレスを身に纏い、頭にはコーストリナでのお披露目のときと同じ、銀のティアラが輝いている。軽くお化粧もしているようで、小さなピンクの唇がつやつやとしている。
ルーナも僕のことを見ていて、しばらく二人で見つめ合っていると、ルーナの衣装合わせを担当したらしいメイドさんのうちの一人の、黒髪のメイドさんに声をかけられた。
「いかがでしょうか。ルグリオ様」
「アイシャ」
ハッ、と我に返ったような表情をしたルーナは、頬を赤く染めて、制止を懇願するような声を出したのだが、その声を聞かずに、アイシャさんは続けて僕に尋ねる。
「ルグリオ様からご覧になられて、ルーナ様はどのようにお見えになりますか」
僕はルーナの正面まで歩いていき膝をつくと、ルーナの顔を正面から見つめる。
「うぅ・・・・・・」
至近距離から見つめられて恥ずかしくなったのか、ルーナは真っ赤になって俯き気味になると、可愛らしいうめき声を漏らす。耳まで真っ赤に染まっている。
「とっても綺麗だよ、ルーナ。物語から出てきた妖精さんのようだよ。その空のようなドレスも、銀のティアラもとてもよく似合っているよ」
「お、おかしくありませんか」
ルーナが上目使い気味に聞いてくる。
「とっても可愛いよ」
これから夕食とはとても思えない装いだった。僕は、手を差し出した。
「ルーナ姫、僕にエスコートさせていただけますか」
紳士な態度でお願いする。
「はい」
ルーナはまだ赤み掛かった顔のまま、その手を取ってくれた。
メイドさんに衣装を合わせて貰っていた時から予想はしていたけれど、やはりただの夕食ではなかった。
夕食の会場です、と言われて連れてこられた先には、重厚な両開きの扉が開かれる時を待っているように隙間から光を漏らしていた。
その扉の左右に立つメイドさんは、僕たちを連れてきてくれたリサさんと目配せをすると、ゆっくりと扉を開いた。
僕とルーナが手を取って机を分けて作られている中央の道を進むと、周りから拍手が沸き起こった。
そのまま歩いて、正面のルディック様、アリーシャ様、アルヴァン様、カレン様がいらっしゃる席の前まで進み出る。アルヴァン様の隣には同じ金髪の女性が、カレン様の隣には黒髪の男性が一人座っていた。会場に対して、斜め左右に並ぶように座られた奥には、二つの席が真正面を向いて空けられていた。
僕とルーナが一礼し、ルディック様が立ち上がられると、沸き起こっていた拍手も鳴りやんだ。
「この度は、よくぞ参られた。ルグリオ・レジュールコーストリナ王国第一王子」
辺りは静まり返っていて、喉を鳴らす音さえ聞こえない。僕も黙って、国王様の言葉を待つ。
「今日、私の呼びかけに応じて集まってくれた国民の皆にも、改めて礼を述べよう」
ルディック様は、会場を一度見回す。その間に大勢のメイドさんによって、会場にいる人全員に、小さな盃が配られる。
「遅くなってはしまったが、我が娘、ルーナの婚約を祝して」
ルディック様が盃を掲げられるのとほぼ同時に、会場内の全員が盃を掲げ、そのまま口をつける。祝い酒だ。
「では、堅苦しい挨拶はここまでにして、この後は存分に楽しむように」
そう言って、ルディック様は席に着かれた。僕とルーナも連れ立って正面の席に着いた。
会場内のテーブルには、数々の料理が個人個人でとれるような形で並べられていて、ルディック様の挨拶が終わると、会場内の人たちも、ぽつぽつと料理に向かっていった。
僕が小さく息をつくと、アルヴァン様が隣に金髪の女性を伴われて、僕の前までいらっしゃった。
「今日は大変だったみたいだね」
「お気遣いありがとうございます、アルヴァン様。私のことはルグリオで構いませんよ」
「そうかい。では、ルグリオ君と呼ばせてもらおう」
続けてアルヴァン様は、隣の女性を紹介してくださった。
「こっちは僕の結婚相手で、次期王妃のミリエス・リリーナ嬢」
金髪の女性、ミリエス様は優雅に挨拶してくださった。
「サンダリー帝国から参りました、ミリエス・リリーナです。よろしくお願い致しますね」
それが済むと、次にはカレン様が前に進み出てきてくださった。アルヴァン様と同様の挨拶をすると、カレン様も、婚約者だという隣の男性を紹介してくださった。
「私が嫁がせていただくのは、マナリア国のローゼス・マシュエル様よ」
そこで、カレン様の隣の黒髪の男性、ローゼス様が話に入ってこられた。
「それは違うよ、カレン。僕が、君を嫁がせてほしいと君の御父上に頼み込んだのさ」
そこから、何やら言い合っているのを、アルヴァン様とミリエス様は楽しそうに眺めていた。
ひと段落したころを見計らって、僕も改めて挨拶をする。
「コーストリナ王国より参りました、ルグリオ・レジュールです。今回はこちらへ来れなかった姉のセレンの分まで僕が、いえ、僕とルーナがお相手を致します」
「へー。ルグリオ君には姉君がいらっしゃるのか」
「ええ。姉も皆さんに会うのをとても楽しみにしていたのですが」
「では、今度はコーストリナにもお邪魔させてもらおうかしら」
「ええ、是非。歓迎いたします」
それからも僕たちは、それぞれの国の事や、相方の自慢などで大いに盛り上がった。もちろん、お祝いに来てくださった、アースヘルムの方々のお相手も忘れはしなかったけれど。