恐ろしい呪い
夕食の席にルーナを連れていくと、すでに父様と母様、それに姉様は、部屋の奥側の席に着いていた。家族の食事に使う部屋の机なのでそれほど大きくはないのだけれど、5人で使う分には特に問題はなかった。
「ルーナ姫、どうぞ」
僕が母様の対面の椅子を引くと、ルーナはありがとうございますと微笑んで腰を下ろした。
椅子を戻してから、ルーナの隣、父様と向き合う席に座る。そうすると、丁度頃合を見計らったかのように料理長が自ら料理を運んでくる。スープの美味しそうな香りが、部屋の中に充満した。料理長がスープを注いでくれている間、少しでも馴染みやすいように、僕はルーナと話をした。
「ルーナ、僕たちはいつもこうして家族で一緒に食事をしているんだ。家族の時間を大切にするためにね。今日からはルーナも家族なのだから、遠慮せずにくつろいで食事をして欲しい。マナーなんて気にしなくても大丈夫だよ。ここには家族しかいないし、それに食事は楽しいのが一番だからね」
そんな風に話をしていると、準備が終わったようで、料理長が一礼して退出していった。
「では、いただくとしよう」
父様の言葉で、僕たちは感謝をしてから食事を始めた。
食事は母様や姉様がルーナに質問をしたり、ルーナがそれに答えたりしながら楽しく過ぎ去っていった。
「ルーナ姫、食事はどうだっただろうか? 貴女の口にあったのならばよかったのだが」
食事が終わって、食器などが片づけられた後、父様がルーナに話しかけた。
料理長たちもルーナがいることは知っているはずなので、9歳の女の子にも合ったメニューだったとは思うけれど、懸念はしていたのだろう。
「はい、ヴァスティン様。とても美味しかったです」
ルーナの返答に、僕たち家族は皆、顔をほころばせた。
「それは何より」
父様もそう笑顔を浮かべた。
食事もお開きとなったので、僕たちも部屋へ戻ろうと席を立った。
「ルーナちゃん。これからもルグリオと仲良くしてあげてね」
「ルーナ、今日はもう遅いけれど、明日はもっとお話ししましょうね」
母様と姉様はそう言い残して席を立った。
「ルーナ、僕たちも部屋に戻ろうか」
僕もルーナに手を差し出した。
「ルーナ。ルグリオだけれど、今大丈夫かな?」
食事の後、部屋に戻って少し休んだ後ベランダに出ると月が大層綺麗だった。
「そうか。今日は満月だったのか」
こんな月をルーナと一緒に見られたら素敵だろうなと思い、ルーナの部屋の扉をノックした。
「今日は、月が綺麗だから一緒に見ようと思って誘いに来たんだけど」
中から返事はない。ルーナはまだ9歳だし、もう寝てしまったのかなとも思ったけれど、もう一度ノックしてみた。
「ルーナ、まだ起きているかな」
「……ルグリオ様、申し訳ありませんが、今はお入りにならないでください」
「どうかしたのかい?」
懇願するような口調で言われ、思わず聞き返してしまった。
「……今、ルグリオ様と顔を合わせるわけにはいかないのです」
本当にどうしたのだろう? ルーナは何かに耐えているようだった。
「本当に大丈夫かい?」
「はい……っつ」
明らかにルーナは何かに耐えている。
女性の意志を無視するのは、非常に心苦しいのだけれど、ルーナは何か、もしかしたら危機的状況に陥っているのかもしれない。
慣れない部屋だろうし、事が起こってからではまずい。
この時の僕はそう思ったのだけれど、手遅れだった。すでに事は起こっていたのだ。
「ごめん、ルーナ。心配だから失礼するよ」
そうして僕は、ルーナの部屋に入ってしまった。
ルーナは布団に包まっているようだった。ベッドがこんもりとしていたのですぐにわかった。
「ルーナ、悪いとは思ったけれど入れさせてもらったよ。何ともないなら戻ろうかと思ったけれど、君は明らかに何かに耐えているようだった。どうかその訳を教えてくれないかな?」
「……」
「どんなことでも、きっと僕は君のことを嫌いになったりしないよ。まだ、出会ったばかりだから知らないことの方が多いけれど、少しずつでも歩み寄って行きたいんだ」
ルーナが包まっていると思われる布団は、一瞬、ピクリと反応したが、ルーナが顔を見せることはなかった。
「どうしてもというのならば、無理には聞かないよ。ただ君のことを心配しているということは知っておいてもらいたい。……お邪魔してしまって悪かったね」
そう言って立ち去ろうとした僕に、声が掛けられた。
「……ルグリオ様は、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫というのは、何のことだろうか」
「……この私の姿を見せたのは、今まで母しかおりません。母に言わせると、父や兄、姉でさえもこの姿の私をみると、理性を失った獣のように、恐ろしく変化してしまうのだと。そういう呪いをかけられているのだとか。もっとも、呪いをかけた相手はもういないということなのですけれど」
呪い、というのは穏やかなことではないな。
ルーナはそこでいったん言葉を切ると、少し間を空けてからとぎれとぎれに言葉を続ける。
「……しかし、母はこうも言っていました。あなたが本当に見せてもいいと心から思える人になら見せてもいいかもしれないわ、と」
「……この姿になるのは、周期が決まっていたり、規則性があったりするわけではないのです。しかし、このような満月の近くだったりすると、頻度が高いように思われます」
「……本当にルグリオ様は大丈夫でしょうか? 母はこの姿を見られても嫌われることはないだろうと言っていました。そして、見せる相手は一人だけにしなさいとも」
「誓おう。僕はきっと君を嫌いになったりはしないし、誰にも話さないと約束するよ」
僕は誠意を込めてベッドの横に膝を立てた。
「……わかりました」
そう言って、ルーナはゆっくりと包まっていた布団から出てきた。
ルーナの頭と背中の方からは、猫のような白い耳と尻尾が生えていた。