ルーナにも友達ができるといいなと思っていたんだ
夜も更けてきていて、メルも既に眠ってしまっていたということもあり、結局、今夜はそのままということになった。子供たちも、メルに会いたい気持ちと同じくらい眠たかったようで、僕が孤児院まで戻ってきたときには、メアリスとルノ、それにニコルはもう寝てしまっていた。
「君たちだけでもメルの顔を見ておくかい?」
僕は、まだ起きていたレシルとカイに声を掛ける。メルが眠ってしまっていることを告げると、レシルは、遠慮しておきますと首を振った。
「寝ているメルを起こしてしまうといけませんから」
そう言うとレシルは頭を下げ、カイを連れていった。
「せっかく起きていてくださったのに申し訳ありません」
僕はサラさんに頭を下げる。彼女も、メルに、それにルーナと会うのを心待ちにしていてくれたことだろう。
「いえ、お気になさらないでください。こんなに夜も遅いのですから当然です」
サラさんは慌てた様子でフォローしてくれる。
「このような遅くまで女性を突き合わせてしまい、申し訳ありませんでした。これ以上はまた明日に致しましょう」
「はい。おやすみなさいませ、ルグリオ様」
別れの挨拶を済ませて、背を向けると、あの、ルグリオ様、と呼び止められたので、その場で振り向く。
「ご厚意、心より感謝しております」
深々と頭を下げられた。
「お気になさらないでください。私が好きでやっていることですから」
そう言うと、僕は馬車へと向かった。僕が馬車に入るまで、サラさんは頭を下げているようだった。
翌朝、僕が目を覚ますと、ルーナはまだ眠っていた。あどけない寝顔に頬を緩ませた後、気を引き締めなおして、馬車の外へ出た。すでに、御者や騎士の人たちは夜衛の人との交代を済ませているようで、朝食を作っている香ばしい匂いが、当たりの空気に交じっていた。
「おはようございます。ルグリオ様」
僕に気付いて、皆、挨拶をしてくれる。
「おはよう。昨夜は何も問題はなかったかな」
僕も挨拶を返して、昨夜の様子を尋ねる。
「はっ。昨夜は特筆すべきことは何も起こっておりません」
「ありがとう」
僕が、朝食を作ってくれている人たちと話をしていると、馬車の中から、目が覚めたらしいルーナが降りてきて、伸びをした。サラサラの銀髪が朝日に照らされて眩くキラキラと輝いている。
「おはよう、ルーナ。今朝も一段と綺麗だね」
そう言って、おはようのキスをする。ルーナはちょっぴり顔を赤らめた後、微笑んで挨拶をしてくれた。
「おはようございます、ルグリオ様」
「昨夜はあれからよく眠れたかな」
馬車での移動に日数をかけることは、初めてではないはずだけれど、念のために聞いてみる。
「はい。ぐっすりと眠れました」
「睡眠時間が足りていないんじゃないのかい。大丈夫かな」
「ご心配頂きありがとうございます。ですが、私は大丈夫です」
ルーナの宝石のように綺麗な目の下にも隈などはできていない。本当に眠れはしたようだった。
馬車での移動の途中ではあるけれど、浄化の魔法があるため、身体は清潔に保つことができる。とはいえ、やはり、お風呂の方が気持ちは良いのだけれど。浄化の魔法は旅人や商人、冒険者などの間でも重宝されている便利な魔法だ。
準備が終わるころになると、メルも起きてきたので、僕たちは揃って朝食を食べた。
僕たちが朝食を済ませると、丁度、孤児院の中からサラさんが出てきてくれた。昨日と同じような修道服に身を包んでいる。
「サラ」
サラさんの姿を確認すると、メルは走っていってサラさんに抱き着いた。
「もう。メル、あんまり心配させないでね」
「ごめんなさい」
「いいのよ。あなたが無事で本当に良かった」
サラさんはメルのことを強く抱きしめた。
「ありがとうございます。ルグリオ様」
「いえ。感謝されることではありません」
僕はサラさんが顔を上げるのを待ってから先を続けた。
「出てきてくださらなくても、こちらから向かうつもりでしたが」
結局孤児院に入るのだから、余計な手間はかけさせたくないと思っていたのだけれど。そう思って声を掛けたのだけれど、しかしサラさんはそうは思わなかったようだ。
「とんでもありません。私の方から、お迎えにあがるのは当然です」
僕はサラさんに、ルーナのことを紹介した。
「こちらが、ルーナ・リヴァーニャ姫。僕のお嫁さんです」
「ルーナ・リヴァーニャです」
ルーナは丁寧な所作でお辞儀をした。サラさんは、ルーナの美貌に言葉を失っていたようだったが、すぐに、我に返ると、慌てた様子で頭を下げた。
「こ、これは丁寧にありがとうございます。お初にお目にかかります、サラ・ミルランと申します」
立ち話もなんですからと提案すると、孤児院の中に案内された。僕は馬車の中ででも、と続けるつもりだったのだが、遠慮されてしまった。僕は、馬車の護衛を騎士の人たちに任せて、サラさんと、手を引かれたメルに先導されて、ルーナと一緒に孤児院の中へと入っていった。
子供たちは今朝食をとっているそうで、昨日と同じ部屋に通されたのだけれど、他の子供たちはおらず、僕たち4人だけだった。
「ルーナ、どうかしたの?」
ルーナが、じっとサラさんを見つめているような気がしたので、声を掛けた。
「いえ。何でもありません」
そう言うと、ルーナは僕の服の袖をぎゅっと摘んできた。僕はサラさんは顔を見合わせると、ルーナのサラサラの銀髪を優しく撫でた。
「心配しなくても大丈夫だよ」
「わ、私は何も申しておりません」
ルーナはびくっとしたようだったが、慌てて手を放してしまった。僕としてはずっと握っていてくれても構わなかったのだけれど。メルは何か気づいた様子で、じっと僕たちを見つめていた。
僕たちが話をしていると、扉が開かれて、子供たちが入ってきた。
「サラ。こんなところにいたのか」
カイが一番最初に僕たちの元まで辿り着き、サラさんに話しかける。
「カイ。サラは今大事な話をしているんだから邪魔をしてはいけないよ。メル、大丈夫だったかい?」
レシルがやんわりとカイを窘め、メルに声を掛ける。
「うっ。ご、ごめんなさい」
「私は大丈夫」
サラさんはカイの頭をなでながら、大丈夫よ、と言った。
「今はちょっと相手をしてあげられないから、皆と遊んでいてね。レシル、頼んでいいかしら」
「任せて」
そう言って、レシルは皆を引っ張っていく。
「ほら。邪魔にならないように向こうで遊んでいよう。今日は何して遊びたいかな」
「缶蹴り」「……ご本を読んで」「そんなのつまらないわよ。せっかくこの前魔法のことが書いてある本を貸してもらったのに」「メアリスは昨日も同じこと言ってたよ」「じゃあねーえっとねー」
子供たちは姦しく、部屋の外へ出ていった。
「すみません。ルグリオ様」
「気になさらないでください。ルーナ」
ルーナは、声を掛けられて、びっくりした様子だったが、不安げな表情で僕を見上げる。
「ルーナも皆と遊んできていいんだよ。前にも言ったことがあったかもしれないけど……いや、口には出していなかったか。僕は前から、ルーナには同年代くらいの友達ができるといいな、と思っていたんだ。学校に行く前にも、あの子達と仲良くなっておけるんじゃないかな」
僕は、ルーナの顔を正面から見つめた。
「大丈夫。ルーナが心配しているようなことは起こらないよ。僕はいつでも、ルーナのことが一番大好きだからね」
僕はルーナのおでこにキスをした。
「……はい。では、行ってまいります」
ルーナは頬を染めて、ゆっくりと部屋から出ていった。
大丈夫、きっとルーナなら皆と仲良くなれる。
僕はそう確信して一人頷くと、サラさんと話し始めた。