この子が僕のお嫁さん。
僕が22歳の誕生日を迎える少し前、ルーナが15歳の春に、僕たちはコーストリナのお城の教会で結婚式を挙げた。
ルーナが婚約者としてコーストリナに来たのが9歳の時だったから、僕たちはそれから随分と長い大切な時間を積み重ねてきた。
結婚式の日は何処までも広がる青く澄み切った晴天で、外を見てきた姉様の話では、国中からだけでなく、他国からも沿道を埋め尽くすほどの人だかりができていて、ルードヴィック騎士長たちも整理にとても忙しそうに大声を張り上げていたのだとか。
「‥‥‥ルーナが初めてこっちに来た日には前日に眠れなかったとか言って隈を作っていたけれど、今日は大丈夫そうね」
控室で待っている間、綺麗なドレスで着飾った姉様は、いつもと変わらない様子に見えたけれど、その笑顔はどこか寂しそうだった。しかし、そんなことは微塵も感じさせないつとめて明るい声でそう言った。
「姉様」
僕も立ち上がると、姉様の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「ルグリオ、まだ泣くのは早いわよ。別に離れ離れになるわけではないのだから、ちゃんとしなさい。あなたも王様になるのでしょう」
そうだけれど、姉様はまだ結婚しないからお城にいてはくれるのだけれど、やっぱりこうしてもらえるのは最後になるかもしれない。
「私に泣きつくのはこれで最後よ。後の役目はルーナに譲るから」
姉様の声も最後の方は掠れていて、僕の首筋に押し付けられている姉様の顔はしめっぽかった。
「ありがとう」
そんな僕たちの様子を、父様と母様は暖かく見守っていてくれた。
ルディック元国王様とアリーシャ元王妃様も、わざわざ僕の控室まで挨拶にいらしてくださった。
昨日、ルーナは家族と一緒に寝たみたいだから、きっとその時挨拶も済ませたのだろう。
ルディック元国王様の目は真っ赤になっていた。
「ルーナは兄妹の中では私というよりもアリーシャの方に似たところが多いだろう。足りないところも多いことと思うが、きっと可愛い、愛情深い妻に、そして貴殿の支えとなる立派な王妃となることだろう」
ギリギリと歯を鳴らしながら、何かに耐えるように一生懸命言葉を選ばれたルディック様は、言い終わると、アリーシャ様に泣きつかれていた。
「あらあら、今更ですねえ、あなた」
アリーシャ様はご自分の胸の中にルディック様を抱きしめられると、僕の方へ頭を下げられた。
「ルグリオ様、こうしてこの日を無事に迎えられたこと、とても嬉しく思っています。あの子も本当は寂しがり屋で、やきもちを焼いたり、ルグリオ様を困らせることも多いと思いますけれど、どうかよろしくお願いしますね」
頼まれるまでもないことだったけれど、僕は誠実な気持ちで、はい、とはっきり告げた。
アルヴァン様とカレン様も、ミリエス様、ローゼス様、シルヴィオ様、エウレル様を連れてお祝いを言いに来てくださった。
「ルーナの花嫁衣装はとても綺麗だったよ。今まで見た中で一番嬉しそうな顔を浮かべていたし、思わず泣いてしまったよ」
「ルーナは昔はどこか不安そうな顔を浮かべていることが多かったけれど、あなたと婚約してからは、そんな雰囲気はなくなってしまって、顔を合わせた時にはいつも楽しそうにしていたわ。その原因は分からないけれど、とにかく、ルーナからたくさんの表情を引き出してくれて、とっても感謝しているわ」
とろけそうな笑みを浮かべたアルヴァン様とカレン様に、僕は新鮮な気持ちで頭を下げた。
「ありがとうございます。お義兄様、お義姉様、と、これからはそう呼ばせていただきます」
呼び方に特にこだわりがあったわけではないけれど、姉様と呼ぶのにはやはり特別な感情があったのかもしれない。もちろん、差別している気持ちはないし、意識はしているのかもしれなかったけれど、振り回されることも多かったけれど、姉様はやっぱり姉様だけだった。
他にも学生時代の友人や、ハーツィースさん達など、たくさんの方に祝福されながら、結婚式が始まった。
真っ白なドレスに身を包んで、裾の長い白いベールをかぶり、ルディック様と腕を組みながら現れたルーナは、まさに地上に降り立った女神のようだった。
白い頬は薔薇のように赤く染まっていて、宝石のような紫の瞳にも、花びらのような可憐な唇も、きらきらとした光で溢れていて、本当に嬉しそうで、顔を上げて僕と視線が合うと、殊更幸せそうに唇をほころばせた。
姉様も、義兄様も、義姉様も、サラさんもレシルも、メルやカイ達も、誰もかれもがルーナに見とれている。
僕の心臓は、ずっとどきどきとしっぱなしだった。
歓びと、嬉しさと、感動と、たくさんの感情が入り混じり、目から溢れそうになったけれど、全然気になったりはしなかった。
緋色の絨毯を踏んで、ゆっくりと、ルーナが近付いてくる。
何とも言えない、頑張っていることが丸わかりなルディック様から、確かにルーナを受け取る。
ルーナが僕を見つめて微笑み、僕も温かな、幸せいっぱいの気持ちで微笑み返した。
厳粛な空気の中で、病めるときも健やかなるときも、晴れの日も雨の日も、いつまでも愛し続けます、二人で喜びも悲しみも分かち合いますと誓いあい、指輪を交換する。
グローブをはめたルーナの手には、紫の水晶のついた腕輪が、胸元には、月を象ったブローチが、白いヴェールの下の月の光を束ねたような銀の髪には、蝶々の髪飾りと白銀のティアラが、澄んだ光を放っている。
でもそのどれも、ルーナの、喜びではち切れそうな紫の瞳が放つ光には敵いそうもなくて。
銀色の結婚指輪をはめるため、ルーナの瞳を見つめて微笑んだまま、うやうやしく、ほっそりとした綺麗な手をとった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
あともう少しだけ続きます。
本編終了後のエピローグ的な話です。