婚前旅行 5
その日の夜は、僕たちは一緒になって宿に置いてあるゲームなんかをして過ごした。
色とりどりの丸い円が描かれたシートで指定された色に手足を移動させるというゲームをしたり、告白するような台詞だけでのしりとりをしたり、カードをしたりもした。
「どうしてもだめですか?」
「どうしてもだめ」
夕食に出されたお酒をルーナに呑ませないようにするのは大変だった。
何せ、皆飲んでも酔っぱらったりはしないけれど、ルーナはお酒に弱いから、何をし出すかわからない。
もちろんルーナの可愛い姿は見たかったけれど、見せたくはなかった。
「でも、私も学院を卒業したのですから、お酒を飲んでも問題ないはずです」
本人に自覚がないところが恐ろしい。きっと覚えていないからなのだろうけれど。
一応、酩酊しすぎるのが身体に良くないという理由はあるけれど、自覚していない本人に説明するのは難しかったし、残りの部分は僕の感情の話なので、ルーナを説得できるかどうかは怪しいところだった。
「まあ、そこまで言うのなら、1杯くらいなら‥‥‥」
結局、僕がルーナに勝てるはずもなく、どうしようもなくなれば眠ってもらえばいいやと考えて、小さなグラスにほんの少し、1杯だけお酒を注ぐ。
「‥‥‥大丈夫だと申しましたのに、ルグリオ、私を信用してくださらないのですか?」
どうやら子供扱いされていると思ったらしいルーナは可愛らしく上目遣いで僕に抗議を申し立ててくる。
計算してやっているのか、そうでないのか分からなかったけれど、危うくほだされて注いでしまうところだった。
「とりあえず、それを飲んでから次のを考えたらどうかな。大丈夫そうなら僕がもう一杯注いであげるから」
もともとそんなにたくさん飲むものでもないし、適度に飲んでほろ酔い位が丁度いいと思うのだけれど、ルーナの加減は本人にしかわからない。いや、過去の事例から考えると、本人に分かっているのかも定かではない。
「分かりました‥‥‥」
僕たちが固唾をのんで見つめる中、ルーナはグラスをじっと見つめて喉を鳴らすと、ゆっくりと口へ運んだ。
「ど、どう?」
ルーナの意識を確かめるために、いくつか質問もしてみたけれど、どうやら意識ははっきりしているようで、とりあえず安心した。
「少し熱いですね」
夕食を食べ終わると、ルーナは僕の方へこてんと倒れ込んできた。
「待って! ルーナ、君、何しているか分かってる?」
「何って、ルグリオ、おかしなことを聞きますね。熱くなってきたから服を脱ごうと思いまして」
あーもう、言わんこっちゃない。
「うふふ、あらあら、随分と可愛らしいこと」
「カレン様、笑っていないで止めてください!」
カレン様とミリエス様は、ご主人を連れて外へ出て行かれて、去り際には、どうぞごゆっくり、失礼致しました、と言い残された。
だから、僕は結婚式まではそういうことはしないって決めていると言っているのに!
「姉様」
すでに半裸のルーナを押さえ続けるのは僕の理性的にも大分大変で、縋るように姉様へと視線を向けたのだけれど、姉様も面白がっているだけで、特に止めるつもりはないようだった。
仕方ない。あんまりこういう手段を取りたくはなかったけれど。
「ルーナ。もう今日はお休み。明日命一杯観光するためにもね」
僕はルーナの口を塞ぐと、眠らせたルーナを静かにベッドまで運んだ。
ルーナを運んで戻って来ると、姉様は夕食を下げに来られた女中さんに綺麗にまとめた食器を渡しているところだった。
「ルーナは?」
「今は眠っているから大丈夫そうだよ。服が皺になっちゃうから着替えさせなきゃいけないけどね」
どうせ着替えさせなければいけないのだから、さっき脱がせておいた方が楽だったのでは、というのは当然ながら通用しない。
「意気地のない男ねえ。結婚初夜と言わず、今すぐ抱けば良かったのに」
「‥‥‥あんな状態のルーナを抱けるはずないでしょう」
姉様は、それもそうね、と特に興味もなさそうに呟いた。
「ねえ、ルグリオ」
「どうしたの?」
手に持ったグラスを一杯煽ると、姉様は後ろに手をついて天井を見上げた。
「今幸せ?」
「うん。幸せだよ」
姉様は僕を抱きしめて、額にキスをすると、ルーナと同じベッドに潜り込んで、ルーナを抱きしめながら眠ってしまった。
翌日は空も真っ青に澄み切っていて、少し肌寒い気候ではあったけれど、組合の方、宿の方に教えていただいた人気スポット、それから姉様達に案内されながら、観光へと出かけた。
「ここはペミュレンゼルの泉と呼ばれていて、愛を育む水が湧き出ていると言われているわ」
男女が向き合って手を握り合っているような小さな石像が飾られている噴水の周りには、僕たち以外にもたくさんの観光客や恋人、夫婦が訪れている。
「綺麗なところですね」
ミリエス様は噴水の縁に腰かけて、両手で水を掬われた。
「出産にもご利益はあるのかな?」
シルヴィオ様を両手に抱かれたアルヴァン様は、ミリエス様のお腹を見られると、優し気に微笑まれていた。
同じようにお腹の膨らんだ女性が他にも訪れているところを見ると、そういうご利益もあるのかもしれない。
ミルクの時間だからと離れて行かれたミリエス様とカレン様を見送った僕とルーナは、最初の子どもはどっちがいいとか、そんな他愛もない話をしながらのんびりと笑い合っていた。
「ここ、シルレーヌ教会は、まあ有りがちだけれど、リヴェリアで最も有名な教会で、結婚式でも、わざわざ他国からの申請があるくらい広く知れ渡っているそうよ」
恋とロマンスの国で最も有名な教会ならば、国外からもそれは人気があることだろう。
どっしりとした大正門は、どこか神聖な雰囲気を醸し出していて、そこをくぐると、観光客や、特に若い女性、女の子達は寒い中だというのに、各所に行列を作ってまで並んでいた。
丁度各国の学校、学院も終わったころだし、卒業の旅行に友達と一緒に来ているのかもしれない。
ルーナやミリエス様、それにカレン様は、正装をした男女が手を取り合っている風の人形ののったオルゴールや、安産や、家庭円満などにご利益があるというお守りを楽しそうに眺めながら購入の行列に並んでいる。
「あの、もしかして、コーストリナのルグリオ王子、それにセレン王女、アースヘルムのアルヴァン国王とマナリアのローゼス様えいらっしゃいますか?」
僕たちが揃って目立たないというのは無理な話で、ルーナたちがいなかったことも幸いしたのかどうかわからないけれど、待っている間にたくさんの女性や女の子に囲まれてしまった。
「この春ご結婚なさるのですよね」
「何でも、公道までもパレードに出ていらっしゃるのだとか」
「私たちも是非窺おうと話していたところなんです」
僕たちは別にそういうスポットではないのだけれど、あれよあれよという間に、何処よりも人だかりができてしまっていた。
「困ったね」
ねだられるままに握手しているアルヴァン様や、是非にと請われてサインをしているローゼス様、何処にいても女の子にも人気の姉様は微笑みながら頭を撫でたり、抱きしめていたりして、された女の子達は至福の笑みを浮かべていた。
それはルーナたちが戻ってきても変わらず、むしろ、二人で抱きしめあってくださいとか、より一層、彼女たちの興奮の度合いは増している様子だった。