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婚約者は9歳のお姫様!?  作者: 白髪銀髪
アースヘルム王国編
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孤児院の事情

 コツコツと靴が床を叩く音が聴こえる。その足音は、僕たちがいる机のすぐ近くまでくると、カッ、と音を立てて止まった。その後に、杖のような物が床に当たる音が響いた。


「こんばんは。ご機嫌はいかがですかな、シスター・サラ」


 高い位置から声が聞こえる。扉までの距離と歩数を考えると、複数の足音が聴こえてはいたが、足音とそこから考えられる歩幅を考慮に入れれば、この今喋っていると思われる、先頭にいる一番身長が高い男は、僕よりも少し高いくらいの背だろう。残りの足音は、おそらく、二人。威圧のつもりでつれてきたのだろうか。身長は僕と同じくらいだと推測される。


「こんばんは、ラティオン様。特別に悪いということはございません。お気遣い感謝いたします」


 どうやら、今喋っていた男は、ラティオンと言うらしい。そのラティオンは、心配するような声音で話しを続ける。


「そうですか。少しお顔が赤いようでしたので、体調が優れないのではと思ったのですが、私の杞憂だったようですね」

 

 彼女の足に力が入る。


「やはり、ご気分が優れないのでは?」


「い、いえ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」


 おそらく、彼女の顔が赤くなっていたからだろう。すみません、と声には出せないので、心の中で謝っておく。


「そうですか。別に私どもと致しましては、あなたが倒れられても仕事上は問題ないどころか、すぐに片付くようになって、それはそれで楽だとは思うのですけれどね。私にも、人情というものはありますから。やはり、目の前で人が、特にあなたのような美しい女性が倒れられるのは、あまり見たくはありませんからね」


 サラさんは、机の下で拳を固く握りしめていた。肩までプルプルと震えている。


「シスター・サラ。私どもも好意で言っているのですよ。本来ならば、強制的にあなた達をここから退去させることも可能なのですから」


 ゴソゴソと鞄を漁るような音がした後、今度はピラピラと紙を揺らすような音が聞こえる。ラティオンは、優しげな口調で先を続けた。


「別に、ここを出ていかれても構わないでしょう。子供たちだって、ここでなくては生きていけないということでもないのでしょうし、あなたにしても、この場所を離れたところで稼いで生きていくことはできるでしょう。上手くやれば、子供たちと一緒に暮らしていくことも可能でしょうとも」


 無茶を言うな、と思う。いくらなんでも、若い女性が、何人もの子供たちを一人で養っていくことができるはずがない。シスターをしているということは、おそらく、彼女の肉親は既に亡くなっているか、もしくは、行方不明で連絡がつかない状態であるという可能性が高い。そんな、天涯孤独とも思われる彼女が、一人で、ここの子供たちを養って一緒に暮らしていくことは、限りなく不可能だ。

 そして、子供たちに関しても同じことだ。生きていける、というのは何の慰めにもなっていない。それどころか、逆に今の状態を現してしまっているとも言える。孤児院を潰そうとしている彼らが、残った子供たちに真っ当な扱いをする、例えば他の孤児院に移すだろうなどと考えるのは、いくら何でも甘すぎる考えだろう。国内、或いは国外にでも売り飛ばされてしまうか、もっと悪いということも想像できる。

 サラさんが何も言わずに黙っているので、ラティオンは、これ見よがしに大きなため息をついた。サラさんの身体が、わずかに震え、硬直する。


「やれやれ。そう黙っていらては、何も話が進みませんね。とにかく、数日のうちにこの孤児院は、取り壊させていただきますので、早めの退去をお願いしますよ。我々も急いでいるのでね。次に来るときには、どのような手段に出るかわかりませんから」


 では失礼いたします、と男たちは立ち上がり扉から出ていったようだった。靴の音が遠ざかり、静寂が空間を支配する。僕は、ほとんど息を止めていたのだが、さすがに苦しくなってきて、大きく息を吐き出した。


「あっ」


 何やら艶めかしい声が聞こえてきた。どうやら、息がかかってしまったらしい。僕は、机の下から出ると、真摯に頭を下げた。


「女性に対して、大変失礼を致しました。この処遇はいかようにも申し付けください」


「い、いえ。その、机の下に押し込めてしまったのは私の方ですから、私の方こそ顔向けができません」


 とはいえ、大方の事情は把握できた。おそらく、ラティオンが取り出していた紙は、権利書か借用書のどちらかだろう。彼らが来る前にサラさんが言いかけていた、先代の、おそらくシスターと関係があるのだろう。僕は確認するために、サラさんに尋ねる。


「先ほど、あなたが言いかけていた先代のこととは、おそらく、騙されたのかどうかはわかりませんが、先代のシスターが判を押すか何かしてしまった借用書のことですね」


「……はい」


 サラさんが、力のない声で肯定する。

 僕は、紙を確認する。おそらくは、実物ではなく写しだろう。内容は予想通り、借用書だった。とても、この孤児院が払えるとは思えない額だった。


「ちなみに、先代の方は」


 サラさんは首を振る。


「失礼いたしました」


 サラさんは、しばらく俯いて黙っていたが、しばらくすると消えそうな声で話し始めた。

 

「……先代様は、サリア様は少し前に天に召されました。それからです。あの方たちが、ここへ現れるようになったのは」


 先代のシスター、サリアさんが亡くなるまではこの孤児院も特に経営に困っている様子はなかったそうだ。子供の数も今より多く、それでも暮らしていけるほどだったらしい。


「サリア様が亡くなられてすぐ、私がシスターの長を務めることになったのですが、しばらくは、私の他にもシスターがいて、皆仲良く暮らしていたのです。ところが、しばらくして、あの方たちが急に現れるようになって、覚えのない借用書や権利書を見せられたのです。それから、次第にシスターの数も減っていってしまって。誰かに相談しようかとも考えましたが、ここからは人がいるところまで遠く、子供たちを残して出かけていける距離ではありませんでした。私が悩んでいるような姿でも見られてしまったのか、それとも態度に出てしまっていたのかはわかりませんが、今日になって、カイとメルが出ていってしまって」


 それで、僕たちに遭ったと。


「なるほど。事情はわかりました。それで、一つお聞きしておきたいのですが、彼らはいつも、どのくらいの間隔で、ここを訪れるのでしょうか?」


「三日か四日に一度くらいの頻度です」


 結構、頻繁に来ているんだな。何か、急いでいたようだし、理由があるのかもしれない。


「とりあえず、私たちの馬車まで子供たちと一緒に案内するので、今日はそこでお休みください。メルもきっと待ちくたびれていることでしょう」


「よろしいのでしょうか……?」


 躊躇うような口調で、サラさんに尋ねられる。


「もちろんです」


 僕ははっきりとした口調で告げた。


「ありがとうございます。すぐに皆を呼んできますので、お待ちください」


 そう言い残して、サラさんは子供たちを呼びに行った。

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