婚前旅行 2
「とりあえず、その、温泉、とやらに行ってみましょう」
部屋へと通された僕たちは、その道中に従業員の方から説明を受けていた。
何でも、この街の少し外れに、温泉、と呼ばれる、地中から湧出した熱湯を利用してつくられた入浴施設があるのだという。
残念ながら特別な効能などはありませんが、と言われたのだが、比較対象のない僕たちには比べようもない。
「ここの湯、ということは、他にも似たようなところがあるのでしょうか?」
「はい。残念ながら、このリヴェリアにはございませんが」
アルヴァン様がそのように尋ねられると、丁寧に教えてくださった。
その女性の従業員の方の話によると、他の国にも似たようなものはあるらしく、どうやら医療用として様々な効能が得られるらしい。
「ここのお湯も気持ちの良いことに代わりはございません。どうぞ、難しいことはお考えにならず、ごゆるりとお楽しみください」
眺められる景色もきっとご満足いただけると思いますとおっしゃられて、それでは失礼致しましたとその方は下がってゆかれた。
入り口と説明された場所には、『男』と『女』と書かれたカーテンのようなものが掛かっていた。
「それじゃあ、また後で会いましょう」
そう言って、僕たちは仕切りの左右に分かれた。
「ルーナ、大分成長したのね。まだまだ小さいけど」
「お姉様と比べないでください。私には私のペースがあるのです」
「あら、でも、結婚式の夜にはベッドを共にするのでしょう。今からでも出来るかぎりの事はしておいた方が、ルグリオ様も、喜んでくださるのではないかしら」
「ルグリオ様はルーナ、様がいらっしゃればそのようなことはお気になさらないのでは?」
「ええそうね。ルグリオはきっとそんなこと気にしないと思うわ」
「お姉様方は立派なものをお持ちだからそうおっしゃることが出来るのです」
「まあこんなところで話していてもしょうがないわ。話すだけで大きくなるわけではないのだから。はやく入りにいきましょう」
どうやら壁は薄いらしく、わざとかどうかは分からなかったけれど、女性陣の会話は丸聞こえだった。
「ああいう話はこっちとしてもなかなか困るんだよねえ」
アルヴァン様は、困ったような笑みを浮かべて、済まなさそうに頭を下げられた。
「いえ、僕はルーナの、その、大きさとかは別に気にしていませんから。
「大事なのは感―—」
「ローゼス様、いえ、義兄様、あちらの会話が聞こえているということは、こちらの会話も聞こえているのですから、不用意な発言は避けてください」
薄い壁を隔てて聞こえる衣擦れの音には、まあ僕も男としてそれなりの興味はあったけれど。
「とにかく中に入ってしまいましょう」
その、温泉とやらに続く扉を開いた先には、綺麗に澄み渡っているお湯の張られた大きなお風呂のようなものがあった。
危険を避けるためか、丸く加工された大きめの石に囲まれているところにお湯が絶えず注ぎ込まれていて、どうやら循環されているらしい。
「あ、少し待ってくれるかな」
アルヴァン様に呼ばれて振り向くと、扉の裏側、こちら側から見れば表側には、なにやら色々と『温泉に入る際の作法』とかかれた板が張られている。
「どうやら、マナーらしいね」
「それよりもどうやら中で再びつながっているじゃないか」
仕切りの先を見てみると、ローゼス様のおっしゃる通り、女性と男性が分かれているのは更衣室だけのようで、一緒に入るようになっている物らしかった。
同じ時に他に男性客がいなくて良かったと、僕たち3人が安堵のため息を漏らして、気持ちの良いお湯に浸っていると、しばらくして、隣からも同じように扉を開く音が聞こえた。
「良い景色ね」
「先程までほとんど気になりませんでしたけれど、なんだか気になる匂いがしますね」
意識してそちらは見ないようにしていたけれど、カレン様とミリエス様が歩いている、ひたひたという足音が聞こえてくる。
「あの、セレンお義姉様」
どうやら女性陣も同じ張り紙に気付いたらしく、ルーナが姉様に声を掛けている。
「私は気にしないけれど、ルーナは気になるわよね。……こんなものはね」
僕は魔力の流れを感知した。
「見なかったのよ。お湯にふやけて剥がれていてしまったんだわ」
僕とアルヴァン様、ローゼス様は顔を見合わせると、頷きあった。
「遅くなったわね」
姉様の声が聞こえたので、僕たちは意を決して振り向いた。
素肌にタオルを巻き付けたルーナは髪を結い上げていて、露出して見えている肩から先の細い腕や、同じように白い足、見えているうなじがとても色っぽい。
僕の視線に気がついたのか、ルーナは若干染まり気味だった頬を、更に少し赤く染めた。
「あの、ルグリオ様、そ、そんなに凝視されるのも恥ずかしいのですけれど……」
ルーナが照れているような、なんとも可愛らしい表情でそんなことを言うもだから、僕は慌てて視線を逸らした。
「ご、ごめん。あんまりにもルーナが色っぽかったから、つい……」
「だから言ったじゃない、ルグリオはそんなこと気にしたりしないって」
ルーナがおずおずといった様子で僕の隣に座り込むと、頭の上で姉様の声がした。