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再びの名前呼び問題

予告通り新章です。

おそらく、大きな事件もなく、ただ淡々と(作者的には)甘い話が綴られるだけになると思います。というよりも、そうできればいいなと思っております。

もうしばしのお付き合い、よろしくお願いいたします。

 僕が、父様からの引継ぎや、今回の結婚式に関する事務を片付けている傍らで、ルーナは静かに、僕の様子を見守る様に優雅に座っていた。

 結婚式を数日後に控えた今でも、いや、今だからこそ、片付けても片付けても終わらない量の書類に僕はサインと判子を押し続ける。


「どうかなさいましたか?」


 今、この執務室には僕とルーナの二人きりだ。

 偶にメイドの人たちや母様がお菓子や紅茶の御代わりを持って来てくれたりするけれど、どうぞごゆっくりとでも言わんばかりの態度ですぐに部屋を出て行かれる。

 もちろん、ルーナと二人きりでいられるのは嬉しい。

 けれど、なんとなく意識してしまって、そわそわと落ち着かない。


「ルグリオ様。私もマドレーヌを焼いてみたんです」


 宜しければどうですか、と差し出され、僕はルーナのふんわりとした柔らかい笑顔にドキドキしながらも、できるだけ平静を装って受け取った。


「ありがとう。いただくよ」


 出会った当初からルーナのことは一人の女性として接してきているつもりだけれど、15歳になった、学院を卒業したルーナは、先日卒業したばかりだというのに、随分とお姉さんに、大人の女性になっている気がする。

 先日の舞踏会の時にも思ったけれど、僕が他の女性と踊っていても、特に気にしている様子もなく、普段と変わらない調子だった。

 あの日のルーナは何か気にしている様子だったけれど、僕に相談に来たりはしなかったし、自力で問題を解決できた様子だったので、ルーナの成長に安心すると同時に僕を頼ってくれなくて少し寂しい気持ちもあった。

 連日挨拶に来る他の女性の相手をしていても、隣で完璧に振舞っていて、やきもちを焼いていたりといった態度は、少なくとも表面上には全く窺えなかった。逆に、男性の訪問の時に、彼らの視線がどこへ向いているのか分かってしまって、僕の方がやきもちを焼いてしまっていた。

 そのことに気付いているのか、訪問の後には決まって、ルーナは僕の方を向いて大人っぽい微笑みを浮かべていた。

 僕が視察に出かけるときにも、どことなく余裕の窺える態度で、お帰りをお待ちしています、と笑顔で送り出してくれる。


「当り前じゃない。あなた達の結婚式が何日後だと思っているのよ」


 姉様に尋ねると、呆れたような口調で返された。


「もちろん、ルーナだってやきもちを焼いたりしないわけではないでしょうけど、そうね、まあ、余裕が出来たんでしょう。あなたの隣にいることで」


 僕はルーナのところにくる男性に毎回やきもちを焼いていて、それを誤魔化そうと書類に目を通しているふりをしたり、考え込んでいる素振りをしたりしていたけれど、僕となんだかんだで毎回目が合うたびに、大人の女性の微笑みを見せてくれていた。


「男の子はいつまでも子供だけど、女の子は違うという事よ。お父様やお母様を見ていてもそう思うでしょう。もちろん、それだけじゃないけれど」


 同じ女性だからだろうか、見透かしているように薄く微笑んだ姉様は、執務用の机に座って、顔を近づけてきた。


「ただ今戻りました」


 あんな話をしていた直後だったし、キスでもされるんじゃないかと思っていたその直前に、ヴァイオリンやピアノ、絵画なんかのお稽古を終えたルーナが執務室に入って来て、「戻りました」と告げた。


「お疲れ様です、ルグリオ様、セレン様」


 ルーナは特に気にする様子も見せずに、黙々と自分の席に着いて書類を片付け始めた。


「失礼致します」


 直後、扉がノックされ、許可を出すと、料理長が、昼食の準備が整いましたと頭を下げた。


「行きましょう、ルーナ」


「はい、セレンお義姉様」


 以前は恥ずかしそうに呼んでいたその敬称も、今は何のためらいもなくそう呼んでいる。

 よくよく見れば、若干頬が赤くなっているので、全く照れていないということはないのだろうけれど。

 だから、昼食が終わって、姉様は付いて来なかったので、ルーナと二人きりになった時に聞いてみることにした。


「ルーナ」


「どうかなさいましたか、ルグリオ様」


 ルーナの綺麗な紫水晶のような瞳に見つめられて、僕は緊張しながら、ルーナの正面を覗き込んだ。


「姉様の事はお義姉様と呼んでいるのに、僕のことはただルグリオと呼んではくれないのかな?」


 ルーナは一瞬目を見開き、少し頬を赤らめた。そして、花びらのように可憐なピンク色の唇を開く。


「ルグリオ」


 聞きなれている声が、やけに新鮮に聞こえた。

 まるで世界の音が消えてしまったかのように、僕の頭の中でルーナの声だけが何度もこだまする。

 

「と、そうお呼びした方がよろしいですか?」


 数瞬の事が、数時間にも感じられ、僕は固まっていた。


「ルグリオ?」


 心配したらしいルーナが席を立って、僕の顔を近くから覗き込んでくる。

 なんて破壊力。正直、ここまでだとは思っていなかった。呼ばせた僕の方がダメージを受けている。


「ルグリオ、どうかしましたか?」


 ルーナは楽し気に、嬉しそうに、優し気に、愛おしそうに、何度もその名を呼び続ける。


「あの、問題が御有りでしたら……」


 僕が何も反応を返さなかったからだろうか。ルーナは少し困ったような、残念そうな声で俯いてしまった。


「いえ、そのままで結構です……」


 もちろん、やってきた姉様にからかわれたのは言うまでもない。

1文字「様」を省略するのに300部分以上とは……。

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