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卒業式後

 日差しを受けて、きらきらと雪が輝いています。

 講堂を出て、後輩たちのアーチを潜り、祝福の言葉を受けながら、私は目を細めました。

 卒業式は、滞りなく、晴れやかな気分の中で終了しました。もう少ししんみりとした気分になるかもしれないと思っていましたけれど、終わってみれば、見上げる空のように澄み切っています。

 手にした証書を読み返すと、たしかにそこには私の名前と、卒業証書の文字が刻まれています。

 5年間暮らした寮まで戻って来る間には、鼻をかんだり、上擦ったりして掠れている声が聞こえていたりしました。


「ご卒業、おめでとうございます」


 寮へと帰り着くと、後輩たちから大きな花束を受け取りました。

 自分たちでもやっていたことですから、この時期にこれだけの花を集めるのが大変だということは身に染みています。

 それでも毎回、卒業生全員分の色とりどりの花束が準備されて、渡されるのは、受け取る側になるととても嬉しいものでした。


「ありがとうございます」


 紫と白とピンクの綺麗な花束を受け取ると、泣きそうになっている、懸命に堪えている顔をした後輩を、空いている方の腕でぎゅっと抱きしめました。


「ほら、涙を拭いてください。可愛いお顔が台無しですよ」


 普通ならしゃがみ込んで涙を拭いてあげるのでしょうけれど、如何せん、私の身長では手を伸ばす形になってしまい、感動的なシーンのはずが、何とも締まりませんでした。


「あの、よろしければ……」


 おずおずと遠慮するように頼まれたのは、制服のボタンでした。


「こんなもので良ければ、どうぞ」


 ブレザーの袖についているボタンを一つ外して手渡すと、ぱあっと顔を輝かせた彼女は、ありがとうございます、一生の宝物にします、と何度も頭をさげられました。


「寮長、良ければ私にも」


「私も」


 あっという間にブレザーのボタンは、袖口のものも、前立てのものも、すべてなくなってしまいました。

 まだまだものほしそうな後輩の列は途絶えそうもありませんでしたけれど、これ以上、ボタンはついていません。

 思い出の籠った服でしたけれど、私はブレザーを脱いで差し出しました。


「ありがとうございます!」


 この時期に制服のシャツ一枚では少し肌寒いのですけれど、受け取られた皆さんの笑顔が見られて、何だか少し暖かい気持ちになりました。


「ねえ、ルーナ。こんなおとぎ話知ってる?」


 アーシャが話してくれたのは、出会ったお腹をすかせた人にパンを渡し、寒がっている少年に上着を渡し、別の寒がっている少年にはワンピースを与え、次に出会った少年に下着を与えてしまうという、心の優しい少女の御伽話でした。


「もちろん知っていますけれど、私がここでやったらただの恥ずかしい人じゃないですか」


「でも、ルーナ、気付いてないみたいだからさ」


 なぜか顔の赤いアーシャに言われて自分の格好を見直すと、すでに制服のボタンはなくなっていて、冷たい冬の風が吹き込んできていました。


「きゃあああ!」


 慌てて制服を押さえると、その場に屈み込みます。幾人かの女子寮生が、鼻血を流しながら倒れてしまいました。


「何で? 何で教えてくれなかったんですか、アーシャ?」


 たしかに、何かスースーするとは思っていましたけれど、いつの間に、どうしてこんなことになっているのでしょうか?


「気づいててやっているのかと」


「そんなわけないじゃないですか!」


 仕方なく、私は仕舞っていた夏用の制服を取り出すと、急いで着込みます。

 こ、こんな、まるで痴女じゃないですか。


「何やってんだい、最後まで」


 トゥルエル様は、私は無関係ですよ、とでも言うように、寮の中へとお戻りになってしまわれました。


「ルーナ」


 私が制服を着替え終わり、頬のほてりを覚ましていると、声が掛けられました。


「ルグリオ様」


 ルグリオ様とセレン様はお祝いの言葉を掛けられながら、私の下まで歩いていらっしゃいました。後ろの方にはレシルとカイの姿もあります。


「えっと、これはどういう状況なのかな?」


 所々赤く滲んでいる、雪の絨毯を見渡され、一人だけ違う制服を着た私の格好をご覧になると、ルグリオ様は戸惑われているような反応をなさいました。


「い、いえ、ルグリオ様がお気になさるようなことはございません」


 恥ずかし過ぎて、とてもではありませんけれど、話すことは出来ません。


「そう」


 セレン様は訳知り顔で、ルグリオ様はただ微笑まれると、私の事を抱きしめてくださいました。


「卒業おめでとう、ルーナ」


「ありがとうございます、ルグリオ様」


 その後、セレン様にも同じように抱きしめられて、私の後に抱きしめられていた他の卒業生も、とても幸せそうな顔をしていました。


「もう思い残すことは何もない?」


 学院をもう一度見て回りたかったとか、お世話になった寮をぴかぴかに清掃したかったとか、いくつも思いは浮かんできますけれど、それでもかまわないと思っていました。


「思い残しがある方が、またここに来ようという気持ちになれますから」


 位を継いだら、何か理由がないと出辛くなってしまう気がしているのです。

 今の私の気持ちの問題だけで、実際そうなったときに、本当にそう思うようになるのかは分かりませんけれど。

 私はくるりと振り向くと、トゥルエル様やシフォン様、お世話になった寮母様方に向かって深く頭を下げました。


「5年間、本当にお世話になりました」


「いつでも遊びに来な」


 ルグリオ様が片手を振られると、女子寮前から校門へ向かう道の雪や氷が、綺麗に、水溜まりすらもなく除けられました。

 お世話になった女子寮へと背を向けて、後輩、寮母様方に見送られながら、私たちはエクストリア学院の校門を潜り抜けました。


「またね」


 さよならではなく、再会を約束する言葉を交わしながら、ルグリオ様にエスコートされながら、メルとメアリスから順番に馬車へと乗り込みます。


「最後くらい、のんびり景色でも見ながら帰ろうか」


 サラも併せて、大分大人数で、流石に少し窮屈だったのですけれど、全く気になることはなく、私たちを乗せた馬車はゆっくりとお城へ向けて走り出しました。

 

長々とお付き合いありがとうございました。

これで学院編は終了で、次回から、とはいえこれほど長くはならず、数話程度だとは思いますけれど、新章です。

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