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卒業式

 出がけに、後輩たちに花のコサージュをつけて貰った私たちは、揃って会場である講堂へと向かいました。

 頼まれていた答辞の原稿は、すでに頭に入っていますから必要ありません。


「それではこれから入場が始まりますが、準備はよろしいですね」


 それぞれの組の担任の先生に続く形で、私たちの場合はリリス先生に先導されて、暖かい拍手が送られる中を、一番最初に入場します。

 1組の中でも先頭の私は、まさに一番最初に会場に足を踏み入れます。

 ちらりと来賓席の方へと目を向けると、ルグリオ様とセレン様、それにお兄様、お姉様がいらっしゃって、微笑まれながら拍手をなさっていらっしゃるのが目に映りました。

 その隣にはサラも来ていて、いつもの修道服の上に乗せた手の中には、白いハンカチが握り込まれていました。

 設置されている椅子の前までくると、先生の合図で一斉に着席します。

 衣擦れの音の他にも、先生方や来賓の方々が式次第の書かれた用紙をめくる音が混じっていて、静かな講堂内ではよく響いていました。

 コーストリナの国歌の斉唱が終わり、卒業証書の授与式が始まります。

 一番最初に名前を呼ばれるのは私なので、とても緊張します。

 ほんの少しの間だけ、席を立って、壇上に上がり、担任の先生から証書を受け取るだけだというのに。


「それでは、卒業証書の授与式に入ります」


 少しばかりざわついていた会場の雰囲気が、ピタリと静まり返り、緊張に包まれます。


「1組、ルーナ・リヴァーニャ」


「はい」


 返事をしてから立ち上がると、会場中の視線が集まるのが分かりました。

 制服のスカートを乱さないようにゆっくりと歩いて、リリス先生が待っていらっしゃる壇の前で一礼します。


「ご卒業おめでとうございます」


 差し出された卒業証書を受け取ると、一歩下がってから頭を下げます。

 振り返り、壇上から会場を見渡せば、皆の視線が集まっているのが分かりました。

 私がもう一度頭を下げると、拍手が起こります。

 私は胸を張って、とても晴れやかな気持ちで自分の席へと戻りました。


「アーシャ・ルルイエ」


「はい」


 それからも、粛々と授与式は執り行われています。


「メル・ミルラン」


「はい」


 メルの名前が呼ばれると、感極まった様子のサラは目尻をハンカチで押さえながらも、優しく微笑んでいました。

 卒業証書を受け取ったメルは、本当に幸せそうな顔で振り向いて、他の皆よりも少し長く頭を下げ続けていました。

 私は、会場で一番大きく聞こえるように、精一杯拍手を送りました。




「送辞」


 ただ一人参加している、男子寮4年生の彼はどんな気持ちなのでしょうか。

 ルグリオ様やセレン様、来賓の方々の挨拶が終わると、式は送辞へと移りました。

 他の、ルーラルやサイリア、イエザリアではどうなのか分かりませんけれど、エクストリア学院では基本的に在校生は卒業式や入学式に出席しません。

 例外は、今壇上へと向かっている、送辞を行う彼だけで、他の皆さんはきっと外で待機していて、男子寮の方は分かりませんけれど、女子寮生は私たちがしてきたのと同じように花道を作ってくれているはずです。

 程よい緊張に包まれているらしい4年生の男子生徒、リューネイトさんは、名前を呼ばれると、はっきりとした声で返事をされて、壇上へと進んで行かれます。

 

「今日の良き日に、学院を飛び立って行かれる卒業生の皆さん」


 そう始められた送辞を聞きながら、私は学院に入学した日からのことを思い返していました。

 あの日、初めてここへ来る日に袖を通したときにはまだ少し大きかった制服も、今では丁度いいサイズ、少し丈を伸ばすまでになりました。

 学院では、たくさんの初めてを学ばせていただきました。

 お花摘みや実習では、糧となる他の生物との命のやり取りを、選抜戦では自分の在り様を、授業では知識や、共に学ぶ楽しさを、寮生活、寮長としては集団の中での責任感、リーダーシップを。

 そしてもちろん、新しい友人との出会いを。

 お城の中だけで完結していた私の世界は、学院に来て、体験、経験を通じて、随分と広がった気がします。

 悔いはないかと言われれば、全くないとは言い切れません。

 至らなかったこと、思い残すこともたくさんあります。

 そんな思いを抱えていても、この先、未来で、みんなと会うたびに、笑い合えると、自信を持って言い切れます。

 この学院で過ごした眩しい日々は、いつまでも色褪せることなく、思い出として刻まれていることでしょう。


「答辞、5年、ルーナ・リヴァーニャ」


「はい」


 クラスメイトに、先生方に、寮母様に、皆にありがとうの想いを持って、私は壇上へ上がりました。

 暗記していた原稿は必要ありませんでした。

 壇上に立って、台には乗らずに同じ学院で学んだ皆の顔を見渡せば、自ずと言葉は浮かんできました。

 私はただその想いを、心に浮かぶままに伝えました。

 感謝、感動、後悔、喜び、愛しさ、そんな想いを全て伝えることは出来ませんでしたけれど、話し終えた後の拍手は、とても暖かいもので、皆の気持ちも伝わって来て、私はとても満ち足りた気持ちで頭を下げました。

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