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卒業式前

 試験の成績が芳しくなく、残念ながら卒業を迎えられない生徒は、幸いなことにいませんでした。

 昨晩降っていた雪も止み、雪化粧に覆われた早朝の学院を、最後に一周走って回ります。

 昨夜遅くまではしゃいでいたせいか、最終日だというのに誰も起きては来なかったので、私は一人で寮を出ました。

 辺りはいまだ薄暗く、卒業式のために飾られた装飾も、よく見ることは出来ません。それでも、走り慣れた道を行くのは、それほど難しいことではなく、地面に張られた氷に足をとられないよう注意しながら景色を目に焼き付けます。


「ここを回るのも、これで最後ですね」


 今では見慣れた女子寮前の木々の回廊を抜け、せっかくだからと、いつもよりも長く、学院を回ります。

 当初は長く感じていたのですけれど、今、こうして走り終えて女子寮まで戻って来ると、なんだか短く感じられました。


「おはようございます、ルーナ寮長」


 女子寮を見上げながら喉を潤していると、寮から出てきた下級生に声を掛けられました。


「おはようございます、キサさん、アクセリナさん。お二人もこれから走りに行かれるのですか?」


 運動着にジャージを着こんだお二人は、はい、と元気よく頷かれました。

 見送った私は、シャワーを浴びて、そのまま玄関へと戻ると、二人の帰りを待ちました。


「どうかされたんですか?」


 他に数人を見送ったしばらく後で二人は戻って来て、まだ残っていた私に不思議そうに首を傾げました。


「ええ。少しあなたにお話があるのですけれど、時間をいただけますか?」


「私でよろしければ」


 アクセリナさんに断りを入れて、私はキサさんと空いている部屋、私がシエスタ先輩から寮長を受け継いだ部屋へと移動しました。


「本日はご卒業おめでとうございます」


 部屋へ入って扉を閉めると、最初にそう告げられました。


「ありがとうございます」


 本当は色々と伝えたいことが山のようにありましたけれど、時間もそれほどあるわけではありません。


「私の次の寮長、引き受けてくれますね」


 簡潔に、用件だけを伝えます。


「あの、それは私でなくてはだめなのでしょうか?」


「ええ」


 はっきり言い切られるとは思っていなかったのか、キサさんは目を丸くしています。


「別に寮長だからと気負う必要はありませんよ。今から全部、何でも一人で出来る必要もありません。そうですね、私はあなたの実力を認めていますけれど、今はまだ自分では納得できないことも多いと思います。急に言われても困りますよね」


 私は別にしても、例えばシエスタ先輩には、キャシー先輩は前々から考えるだけの猶予を与えていらっしゃいましたし。


「頑張ってくださいなどと、無責任なことを言うつもりはありません。ただ、寮長をしたという経験は、一度、この時にしか得られないものです。それはきっと、あなた自身の糧となるはずです」


 私がじっと視線をぶつけると、キサさんも真っ直ぐに私の瞳を見つめていました。

 ややあって、キサさんは分かりましたと微笑みました。


「こうして、ルーナ先輩が私のためだけに時間をとってくださったのですから。こんなに貴重な経験はありません」


 キサさんは私の前で、神妙な面持ちで片膝をつかれました。


「では、女子寮を、エクストリア学院をよろしくお願いしますね」


「謹んで拝命致します」


 こうして、私の寮長としての仕事は終わりました。

 私は、扉の外で耳をつけていたらしいアクセリナさんと話しながら食堂へと向かうキサさんの後について歩いて行きました。



 食堂はすでに埋まり始めていて、4年生たちに囲まれたキサさん達と別れると、私は朝食を受け取って席に着きました。


「どうしたんですか、アーシャ?」


 正面に座っているアーシャが、どこか不満そうな視線をぶつけてきます。


「最終日くらいルーナと一緒に行きたかったのに」


「それは失礼しました」


 悪びれるつもりもなくそう告げました。


「またいつか付き合ってね」


「ええ。アーシャが起きられるようになったら」


「私は起きたんだよ、ルーナが早すぎるの」


 私たちは顔を見合わせると笑い合いました。


「メル、お城でのルーナの様子、教えてね」


「任せて。今度組合で会った時に話すよ」


 他の皆も次々に口を開きます。


「お城に行くのは抵抗あるけど、メルたちがいる孤児院には遊びに行くから」


「その時には、最新のルーナの恋愛事情を教えて」


「具体的に、どんな恥ずかしい目にあっていたのか」


 そういえば、渡すのを忘れていました。

 私は収納していた結婚式への招待状を女子寮の全員分は無理ですけれど、同級生分を配ります。


「これを見せれば、お城の教会で開かれるのですけれど、外庭までは入れますから、是非いらしてくださいね」


 皆、すでに持っているシュロス達を除いて、ぱっと目を輝かせました。


「本当!」


「いいの!」


 結婚式に友人を呼ぶのに何の支障がありましょうか。


「パレードだけ見るつもりだったけど」


「帰ったらお母さんたちに報告しなくちゃ」


 そろそろ行きな、とトゥルエル様に追い出され、もちろん、トゥルエル様にも招待状をお渡しして、私たちは卒業式の会場へと向かいました。

 



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