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卒業式前日

 お兄様とお姉様がいらしたのが、私たちの学院生活にとってはほとんど最後ともいえるイベントで、気がつけば翌日に卒業式を控えていました。

 寮の外にはしんしんと雪が降り積もり、実習に出ていた下級生も、職場を探しに出ていた、或いはすでに始めている同級生も、全員が寮へと戻ってきています。

 女子寮内には、お馴染みの寂しさを感じさせる雰囲気が漂っていて、かたかたと窓を叩く風の音がやけに大きく聞こえてきます。

 下級生は私たちに気を遣ってくれたのか、最後の日の前日だというのに、ホールに私たち5年生だけにしてくれていました。もちろん、ホールだけに全員が収まりきるはずもなく、食堂や図書室等、思い思いの場所で、皆最後の一夜を過ごすようです。

 思い出を語り合い、笑い、涙していた中で、やはりどうしてもしんみりしてしまうのは避けられませんでした。


「あー、もう、やめやめ。最後だからこそもっと明るく楽しく過ごそうよ」


 そんな中、気を遣ったのか、アーシャが声を上げて立ち上がります。


「じゃあ、私、部屋から布団とってくる」


「私も」


 ほとんど全員が立ち上がり、部屋から布団を持って戻ってきました。

 もちろん、私とアーシャも自分の布団を持って来て、皆で敷き詰めた布団の上に、制服のまま座り込みました。

 もちろん、寝具に着替えても良かったのですけれど、これで着るのも最後かと思うと、なんとなく、このままでいたい気分でした。

 お風呂はすでにいただいていますし、皺になっても浄化の魔法をかければ一瞬で元通りです。


「ねえ、ルーナ。最後の夜なんだし、一思いに抱いてくれない?」


 アーシャの声は掠れていて、無理をしているのは誰の目にも明らかでしたけれど、皆同じ気持ちでしたし、それを指摘して囃し立てるほど子供でもありませんでした。もちろん、茶々を入れる人もいませんでした。


「ええ、いいですよ」


 私が腕を広げると、アーシャは胸の中に飛び込んできました。


「ルーナ。5年間、一杯一杯ありがとう。とっても楽しかったよ」


「私もです、アーシャ」


 最初に話しかけてくれたところから、学院生活のほとんどを一緒に過ごしました。それらの日々は、昨日の事のように、鮮明に覚えています。


「アーシャばっかりずるいわ」


「私も」


 1組で同じクラスだった皆を中心に、一人一人順番に抱擁を交わします。


「明日が終わったら、会うのも難しくなりそうだもん」


「本当にメルが羨ましいわ」


 そこで皆の視線がメルと私を往復します。


「そう言えば、今まで聞いたことなかったけど、なんでメルはお城に暮らしているの?」


 私とメルは顔を見合わせます。


「あれ、話したことなかったっけ?」


 メルがそう言うと、アーシャとシズクを除いて、皆揃って首を横に振りました。


「私たち、レシルやカイ、メアリスも、それから来年入学してくるルノとニコルもそうなんだけど、孤児だった私たちが暮らしていた孤児院が取り壊されそうだった所に通りがかったルグリオ様とルーナが助けてくれたの」


 思いがけず重い話に、尽きることなく続いていたおしゃべりが止まります。


「本当ならあそこで、クンルンで5年前に死んでいくはずだった私たちを救ってくれたのはルーナたちなの」


 この場にいる誰も、冗談でしょうとは聞き返したりしません。

 死んでゆくはずだったと言ったメルの言葉が、文字通りの真実だと誰もが理解していました。


「えっと、それは、こんなに簡単に私たちに話してしまって良い内容だったのかしら……」


 ようやく口を開いたシュロスに、メルは躊躇いなく頷きました。


「あの時の馬車でいただいたご飯の味を、私は生涯忘れることはないし、その時ルグリオ様がカイにおっしゃられた言葉は、今でもずっと大切な私の、ううん、きっと私たち全員の道しるべなの」


 もちろん優しい言葉も嬉しかったけれど、あの時のお説教は、ずっと学院での私の目標だったのとメルは綺麗な笑顔で言い切りました。

 メルはあの時のルグリオ様とカイの会話を違えることなく覚えていて、皆の前で、はっきりと復唱しました。


「メル……っ!」


 メルが話し終えると、感極まったらしく、一斉にメルに抱き着いて、苦し気な声を上げるメルを気にせず、頭を撫で続けます。


「ちょっと、ぷはっ、待って、ルーナ、助けっ」


「学院はどうでしたか、ハーツィースさん」


 そんなメルを無視して、私はハーツィースさんにお声を掛けます。

 窮屈な制服など来ていられるものではないらしく、今日この日でも彼女は全裸でした。


「あなた方がしんみりしているところ悪いのですが、私はもう一年通うつもりですよ。先日決めて、了承もいただきました」


「群れの方はよろしいのですか?」


 問題ありませんとハーツィースさんははっきりおっしゃられました。


「春以降、あの子―—レーシーの他にもユニコーンは入ってきますけれど、そのときに彼女一人に任せてしまうのは心もとないですし、私としてもまだ学ぶべきことはあると思っています」


 もちろん、そちらとの交易は問題なく続けますから心配には及びませんと、ハーツィースさんはカップの紅茶に一口口を付けられました。


「そうですか」


 よろしくお願いしますというのも違う気がして、私はそれだけ答えて一緒に紅茶をいただきました。


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