お姉様たちの来訪
私たちの結婚式は春先の事で、まだ少しばかり早いのですけれど、秋の終わり、舞踏会を終えて、本格的な冬の到来を感じさせる少し前に、お兄様とお姉様がコーストリナまでお越しになりました。
その日、私は学院にいて、残りわずかとなった学院での生活を、寮のホールで皆と一緒に団欒しながら過ごしていました。
「ルーナ、お客様だよ」
トゥルエル様に呼ばれて、皆の前を失礼しようと思ったのですけれど、その必要はありませんでした。
「久しぶり、ルーナ」
最後にお会いしたのは春休み、ご出産のお祝いにわずかばかりの滞在でしたので、こうしてしっかりと言葉を交わすのは結婚式に出席して以来ということになります。
「お久しぶりです、お姉様、ミリエスお義姉様」
私が挨拶すると、その場にいた寮生は、私と一緒に反応して立ち上がっていたメル以外は、固まってしまった様子でしたけれど、数秒後には勢いよく立ち上がって、深々と頭を下げていました。
「そんなに畏まらなくてもいいのに」
お姉様はそうおっしゃいましたけれど、私が言うのも変な話ではあるのですけれど、他国のお姫様が、いえ、今は王妃様ですけれど、いらっしゃればこのような反応になるのもごく当然の事です。
「先日は出席できず、申し訳ありませんでした」
ミリエスお義姉様はまだその呼ばれ方に慣れていらっしゃらないらしく、はにかんだ様な、照れているお顔で頭を下げられました。
先日の収穫祭や舞踏会の事でしたら、お忙しいのは分かっていましたから、それほどお気になさる必要はないのですけれど、お義姉様は大分気になさっているご様子でした。
こうして結婚式には会いにいらしてくださったのですからそれで十分ですよと、私はお義姉様に微笑みました。
「あなたも変わらず元気そうで安心したわ。……いえ、背は少し伸びたかしら。それ以外も色々成長しているようね」
お姉様はそう微笑まれると、抱きしめてキスをくださいました。
「心配しなくとも、お兄様たちは寮の外で待っているわよ」
私が尋ねるよりも先にお姉様が答えてくださいました。
いくら他国の国王様と言えど、初めて来る学院の、女子寮の中へいらっしゃることは躊躇われたご様子です。
「こちらへ、アースヘルムへいらしたのは今度の結婚式のためでしょうか?」
たしかに招待状はお送り致しましたけれど、これほど長期間、王様、王妃様が不在で大丈夫なのでしょうか?
「ええ、そうよ」
お姉様は躊躇われるご様子もなく、とても嬉しそうに唇をほころばせられました。
ありがとうございます、と感謝を告げると、何を言っているのよ、とお姉様は微笑まれました。
「いくら代替わりしたばかりで忙しいとはいえ、大事な妹の晴れ姿を見に来ないなんて、そんなわけないわよ。お父様とお母様も、今はこちらのお城にいらしていて、ヴァスティン様やアルメリア様とお話になられているはずよ」
お姉様がおっしゃられた言葉に、私は思わず耳を疑いました。
「お姉様、その、マナリア国の方はよろしいとしても、アースヘルムは一大事なのではないのでしょうか?」
マナリア国の先代様もいらしているのですかと尋ねると、お姉様は、いいえとお答えになりました。
つまり、マナリア国の方は王様及び王妃様がいらっしゃらずとも、それも問題だとは思うのですけれど、なんとか国政に支障はなさそうです。
問題はアースヘルムのほうで、一時的とはいえ、王様、王妃様だけではなく、王家の人間が誰もいないという状況になっているというわけです。
「そうなのよね。まあ、多分、名残惜しそうにされながらも、近日中にはお父様のことはお母様が連れ帰られるでしょう。ルーナの晴れ姿が見られないので、お父様は大層落ち込まれるでしょうけれど」
見ても結局泣くのよね、と、お姉様はご自分のときのことを思い出されたのか、多分に呆れを含んだ表情でため息をつかれました。
「そうですよね」
「今回ばかりは子供たちを預かっていてくれているから助かっているけどね」
お姉様はトゥルエル様にお礼を告げられると、用意してくださった紅茶に一口口を付けられました。
「ただ一つ、いえ、二つほど問題もあるのよね、お義姉様」
お姉様がそう顔を向けられると、ミリエスお義姉様もとても嬉しそうに口元を綻ばせられながら、愛おしそうに、今はまだそれほど膨らんでいらっしゃるご様子でもないご自身のお腹をさすられました。
「ええ」
それだけで、集まった皆は察したらしく、驚くような声と、悲鳴のような歓声が上がりました。
「おめでとうございます。今度はどちらなのですか?」
「お医者様のお話では、私の方も、カレン、様の方も、両方とも女の子みたいです」
それは、お兄様もローゼス様も、さぞ張り切られたのでしょうね。
ミリエスお義姉様は、まだお姉様のことを呼び捨てにするのは躊躇われているらしく、そこで言葉をつっかえていらっしゃいました。無理に敬称を略されることもないとは思いますけれど、きっと、お姉様に頼まれたのでしょう。隣りに座っていらっしゃるお姉様は、不満そうな雰囲気を漂わせていらっしゃいます。
こちらへいらしたということは、一応ご許可はいただいているのだと思いますけれど、おめでたを控えたお身体では、大分無理をなさっているのではないでしょうか。
「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫よ」
そんな私の考えを読まれたかのように、お姉様は立ち上がられると、私の頬にてを当てられました。
「今日明日に出産するってわけじゃないのだから、あなたは気にしなくていいのよ」
本当に今日は挨拶に来ただけだから、とお姉様とミリエス様は立ち上がられました。
「卒業式にも来られたら来るわね」
「ご無理はなさらないでくださいね」
私たちは馬車までお兄様とお姉様、ミリエス様、ローゼス様をお見送りに行って、本当は馬車などではなく、私が直接コーストリナのお城までお送りしたかったのですけれど、そこまでの心配はいらないわ、と断られてしまいました。
「けれど、今から向かったのでは日を跨ぐことになってしまうのではないのですか?」
いくらお姉様達が大丈夫だとおっしゃられても心配です。
「大丈夫よ、ルーナ。でも、心配してくれてありがとう」
お姉様はそうおっしゃられると、私の頬にキスをくださって、ローゼス様に手を取られながら馬車へと乗り込まれました。ローゼス様は誠実に頭を下げられました。
「僕たちがついているから大丈夫だよ、ルーナ」
お兄様とローゼス様が顔を見合わせて頷かれて、お兄様は、私の、お姉様がされたのとは逆の頬にキスを落とされました。
「今日はいきなり来て済まなかったね。じゃあ、今度は卒業式で」
「またね、ルーナ」
恭しく頭を下げられたミリエスお義姉様がお兄様にエスコートされて馬車に乗り込まれると、窓を開けたお姉様が小さく手を振っていらっしゃいました。
「カレン、危ないよ」
「大丈夫よ。あなたがちゃんと支えていてくれたじゃない」
閉まりかけの窓からはそんな会話が聞こえてきました。