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舞踏会 4

「ルーナ様。集まられた他の方を巻き込みたくはないとおっしゃられたあなた様のお考えはとても尊いものだと思います。ですが、やはりこれ以上は見過ごすことは出来ません」


 遅くなり大変申し訳ありませんと、シエスタ先輩はその場で膝をつかれました。


「ルーナ様のことは全面的に信用しておりますが、他にもっと冴えたやり方が御有りになったはずです。どうか、ご自身を囮に使うなどということは、今後なさらないよう伏してお願いいたします」


「なんだ貴様は」


 私が応えようとしたところ、シエスタ先輩に投げられたエンドワース様が立ち上がられて指先を向けられます。


「申し訳ありません。下半身で物事をお考えになるようなお猿様には必要のないことと思い、名乗るのが遅れてしまいました。私はこちらのお城で仕えさせていただかせております、シエスタ・アンブラウスと申します」


 シエスタ先輩は、何度も繰り返して身につけられたことが分かるような、整った、完璧なお辞儀を披露されました。


「馬鹿にしているのか、この私を」


 パーティーの真っ最中だというのに、魔法で攻撃をされてこられたエンドワース様でしたけれど、それは私に届くことなく、シエスタ先輩の障壁によって霧散されます。


「この期に及んでルーナ様へと向けられたその敵意、更には舞踏会に参加されている他のお客様の事を少しも考えてはおられないその態度。もはや証人は必要ないようですね」


 もし、シエスタ先輩が遮音障壁を展開されていらっしゃらなければ、いくら攻撃性のものは霧散されているからと言え、音までは消すことが出来ていませんでしたから、会場の音楽を邪魔していたことは確実です。

 一介のメイドに負けるはずがないと思い込まれていたご様子のエンドワース様の表情が固まります。予想はしていましたけれど、やはり、ご自身の行動によって生み出される会場への影響に関しては、全く気になさっていらっしゃらないご様子です。


「ふ、ふん。だから何だというのだ。姫が拒まなかったのだからこれは同意の上の行動なのだよ」


 先程から言葉遣いが乱れていらっしゃいますが、お気づきではないようです。


「拒まれなかった……? 私にははっきりとルーナ様が制止されるお声が聞こえておりましたが。やはり、下半身がゴブリン並みの方には人語は難解過ぎましたか」


 シエスタ先輩はもう一度、綺麗に深々と腰を折られます。


「申し訳ありません。私、ゴブリンやオークの言葉には明るくないものですから」


 シエスタ先輩が対応してくださっている間に、私は衣服と髪の乱れを整えて、浄化の魔法を使用します。

 多少の事ならばルグリオ様はお許しになられると思いますけれど、万が一を考えると、その後が恐ろし過ぎます。


「言わせておけば……っ!」


 エンドワース様が再びこちらを睨みつけられましたけれど、シエスタ先輩の相手になるような方ではありませんでした。


「これは……」


 エンドワース様の魔法が成立する前に展開れたシエスタ先輩の障壁に阻まれて、その場から進む、いえ、一歩踏み出すことさえもお出来になっていらっしゃいません。


「まさか、ルグリオ様とルーナ様にとって大切なパーティーで怪我人でも出して傷をつけるわけには参りませんから。ですが、それ以上何かなさるようでしたら、相応の対処をさせていただきます」


 少し圧がかけられたのでしょうか、エンドワース様は小さなうめき声を漏らされると、その場に膝をつかれます。もちろん、敬意からなどではありません。


「何をしているのですか」


 声のかけられた方を振り向くと、真っ赤なドレスで着飾られたリリス様がこちらへ向かって歩いて来られているところでした。


「これは、王室特別顧問のリリス・ウェブリア女史。丁度良いところへ来てくださった」


 エンドワース様の声に少しばかりの覇気が戻られます。


「ルーナ様。そろそろお時間ですよ。いつまでもこのようなところで遊びに興じておられる立場ではないはずです。それから、シエスタさん、あなたもです」


 リリス様が腕を一振りされると、エンドワース様は何処からともなく出現した縄に縛られていました。


「主人にただ従うだけではメイドは務まりませんよ。ルーナ様に押し切られたのだとは思いますが、提言し、それに納得していただけるようにするのも、立派なスキルの一つですよ」


 後のことは任せてお戻りくださいとおっしゃられたので、私たちは頭を下げると会場の方へと戻りました。




 会場ではまさに曲が終わろうとしているところで、私の姿を見つけられると、ルグリオ様はほっとしたような表情を浮かべられました。


「ルーナ、準備は出来た?」


「はい。ありがとうございます」


 私に任せてくださって。

 それから心配させてしまって申し訳ありませんという思いを込めて深く頭を下げます。


「皆待ちかねているよ。ルーナのお誕生日にも演奏を聴いている方はいるけれど、芸術の国から来たお姫様の、もちろんルーナ自身の演奏を聴きたいと心待ちにしている方は大勢いるからね」


 先程確かめた、ヴァスティン様とアルメリア様から頂いた大切なヴァイオリンを取り出して、舞台に上がると、真ん中に立ってお辞儀をします。

 挨拶をすると、万雷の拍手が送られて、緊張するよりもとても暖かな気持ちになりました。

 踊るための演奏なので、一人の事を想ってでは、本当はいけないのかもしれませんけれど、ルグリオ様への想いを込めて弓を引きます。


 あなたから受け取る優しさを、あなたに抱きしめられる温かさを、あなたと出会えた喜びを、あなたに感じるときめきを。


 舞台の後ろは見ることが出来ませんでしたけれど、ヴァスティン様、アルメリア様の暖かな視線を感じられます。

 それはとても心地よいもので、とても幸せな気持ちで演奏することが出来ました。

 演奏を終えて、舞台の下を見渡すと、一呼吸ほどの間があった後、優しい拍手が送られます。


「たしかに、あなたの気持ちが、優しさや温かさ、喜びやときめき、多種多様な感情が組み合わさった豊かな旋律を奏でていたけれど、あれでは他の皆は踊れないわ」


 一人を除いてね、演奏が終わった後、舞台袖でセレン様にそう告げられました。


「僕だって一人では踊れないよ。君がいなくてはね」


 ルグリオ様は私をぎゅっと抱きしめてくださって、それから優しいキスをくださいました。


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