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舞踏会 3

 試奏ということでもありませんけれど、会場の音楽が聞こえるか聞こえないかのギリギリの場所で、弓を動かします。

 もちろん、こちらからの音は響いていかないように遮音障壁を展開することも忘れません。

 寂し気に聞こえる曲を選んだものの、気分まではそう変えられませんから、私は、精一杯、会場内で他の方と踊られているであろうルグリオ様の事を考えました。

 私ではないどなたかの手を取られるルグリオ様。

 私ではないどなたかの背中へと手を回されるルグリオ様。

 私ではないどなたかへと甘く優し気な瞳を向けられるルグリオ様。

 そして遠慮されながらも嬉しそうな女性へ向けて微笑まれるのです。


「今宵は晴れていて雲もなく、月が美しいので、おとぎ話のようにあなたが攫われて行ってしまわれないように、しっかりと私の事を捕まえていてください」


「こうして踊っている間は、あなたの事だけを見つめて、あなたの事だけを考えていますよ。今宵この時だけはあなただけの王子です」


 自分が今からしようとしていることを考えないようにして、ずうずうしくも、そんなことばかりを考えます。

 ルグリオ様がいつもいつも私の事を想っていてくださることは分かっていますし、それは勝手な私の想像でしかないのだと理解しています。

 こうしてここに一人でいるのも、本当は一人ではないのですけれど、私が望んでそうしていることですし、ルグリオ様はきっと心配なさっても、それを感じさせられないご様子で舞踏会に臨まれているだろうことは分かっています。

 けれど、どうして私はこんなところで、こんなことをしなければならないのでしょうと思う気持ちは止められません。


「ルグリオ様……」


 こんな風に勝手なことをしてしまった私の、事が解決した後に、ルグリオ様は手を取ってくださるのでしょうか。

 心配したと、また怒らせて、不安にさせてしまうのではないでしょうか。

 そんなことを考えながら演奏していると、冷たい夜風が吹き付けてきました。私は演奏を止めて、風になびいた髪を押さえます。


「ルーナ様」


 風が止み、手を下ろすと、声を掛けられたので、ヴァイオリンにかけていた手を下ろして、声の聞こえた方へと振り返ります。


「どうされたのですか、このようなところで」


 このようなところ、という形容が、ご自身にも返ってくることにはお気づきではないのでしょう。


「この後の演奏披露のために、少しばかり試奏していたところです」


 嘘ではありません。実際、それも目的の一つでしたし。


「そうですか……。それにしても今宵は月が綺麗ですね」


 月を背負って立っておられたエンドワース様は、噴水の縁に腰かけた私の前に膝をつかれました。さすがに、何もおっしゃらずに女性に触るほどの方ではないようです。

 それから少し、お世辞や、ありふれた世間話を振られると、一層、表情を引き締められました。先程の一幕や、シュロス達に言われたことがなければ、まったく警戒などしなかったでしょう。いえ、先程の事だけでは、警戒などしていなかったかもしれません。


「姫様。お気づきの事と思いますが、先程の演奏、素晴らしいものではありましたけれど、どこか、もの寂しい雰囲気を醸し出しておられました。その寂しさを埋めるとは申しませんが、一助となればこれほど嬉しいことはありません」


 エンドワース様は顔を上げられると、恭しく私に手を差し出されます。


「是非、もう一度、私の手を取ってはくださいませんでしょうか」


「ここではほとんど音楽が聞こえませんけれど、それでもよろしいのですか?」


 すでに遮音結界は解除していますけれど、夜中で静かなことには変わりがありません。

 にこりと微笑まれたエンドワース様に、私は少し躊躇てみせた後、同じように微笑みを返して、差し出された手へと自分の手を重ねました。

 先程とは違い、エンドワース様の踊りはなめらかなものでした。

 意識していなければ、特に思うこともなかったのでしょうけれど、そのように意識して組んでみると、たしかに、手の位置を確かめられているというよりは、まさぐられていると、言えなくもないのかもしれません。

 私が何も言わないでいることで、気を良くされたのか、最初は背中辺りの位置だった手は、段々と下がってきて、腰から下へと回されそうです。

 身長差があるので、普通に踊っていたならば、むしろ位置は高くなるものだと思うのですけれど。


「あの、エンドワース様」


「今更純情ぶられるおつもりですか。まさか一国の姫がこのようにふしだらだとは思いもしませんでしたよ」


 エンドワース様は踊りを止められると、噴水の縁へ向かって、私の身体を誘導するように押し倒しにかかられます。


「ここでそのように発言なさると、弁明の余地がなくなりますよ」


「問題ありません。他の者たちは社交界の真っ最中ですし、ルグリオ殿下とセレン様もあなたがいらっしゃらないことなど気にもお止めになっていないご様子でしたよ」


 もうすでに大丈夫かもしれませんけれど、決定的な言質、証拠は掴めていません。

 シエスタ先輩がこちらへ来ようとされていたのが分かりましたけれど、障壁を展開することで、まだ早いですと合図を送ります。


「やめてください。これ以上の狼藉は許しませんよ」


「どう許さないと?」


 エンドワース様の手が私のドレスの肩口にかけられたところで、何かに引っ張られたように後ろへ向かって引きはがされ、その場に尻もちをつかれました。


「何をなさっていらっしゃるのですか?」


 凛とした佇まいで、シエスタ先輩がこちらへ向かって歩いて来られます。

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