最終関門と特典
ようやくたどり着いた最終関門。
けれど、その場所ではこれまでのように何かを渡されるようなことはありませんでした。
「いよいよお二人の試練も大詰め! ついに最終関門です!」
リアの実況が聞こえてきて、観客席からは不満の声が上がっています。
「それではお二人とも、こちらへどうぞ!」
通された階段を上がり、少し高い台の上にルグリオ様と二人で立ちます。
「恋人の最終地点と言えば、そう、結婚式ですね。ですが、その前にはプロポーズがつきもの。というわけで、お二人には最後にここでお互いに愛を叫んでいただきましょう!」
うってかわったように、観客席は大盛り上がりの様相を呈しています。
「はいはーい。皆さん、お静かに。騒ぎたい気持ちは私も同じでありますが、それではお二人の恥ずか、じゃなかった、愛の告白を聞き逃してしまいますよー!」
リアの実況が聞こえると、客席はしんと静まり返り、息を呑む音さえも聞こえてきます。
「さあ、お二人とも、ばばんと、もちろん皆に聞こえるように言っちゃってください! 恥ずかしがっていたり、照れがあった場合には、もう一度やっていただきます! さあ、それではどうぞ!」
中途半端な大きさではもう一度と言われるに違いありません。
私たちは台の中央で向かい合います。
「じゃあ、僕から言わせてもらうよ」
ルグリオ様は私の前で膝をつかれると、手を取られて、口づけを落とされました。
「ルーナ。君とずっと一緒にいられれば、それだけで僕は幸せだよ。いつだって君を恋しく想っているし、たとえ君が可愛い猫の姿であっても、それは変わらないよ」
私もルグリオ様の頬に自分の唇を重ねます。
「私もずっとずっと大好きです。ルグリオ様が王子様でなくても、この先だって何度でも恋に落ちますし、あなたに出会えたことが、とってもとっても幸せです」
私たちは立ち上がると、もう一度唇を交わしました。
周囲からは温かな拍手が沸き上がって、私たちはしばらくの間見つめ合っていました。
「お疲れさまでした。これで、『結婚式記念実物大恋人たちの甘いひと時(試練)』は終了となります。後はごゆるりと喫茶でお二人の時間をご堪能下さい」
鳴りやまない拍手の中、ルグリオ様に手を取られながら、ゆっくりと壇上から降りてゆきます。
もうずっと心臓はドキドキと早鐘を打っていて、少しでも気を抜いたら心臓が破裂して倒れてしまいそうです。
案内された、女子寮の外に設置されている白い椅子に腰かけて、ようやく一息つきます。
「楽しかったね」
「はい」
大変恥ずかしかったのですけれど、同じくらい楽しくて、嬉しい催しでした。
さすがに精神的には一杯一杯で、もちろんルグリオ様がおっしゃるのならばもう一周付き合うのは構いませんけれど、しばらくはこうして落ち着いていたいです。
私がそうしている間に、ルグリオ様はすでに注文を終えられていたらしく、すごく短いスカートのメイドさんの服を着たサナがトレイに飲み物と料理を乗せて持って来てくれていました。
「お待たせいたしました」
「……あの、一つ聞いても良いですか、サナ?」
「何?」
サナはとてもにこやかな笑顔で、薄紫のポニーテールを揺らしながら首を傾けます。
「どうして、一つのグラスにストローが二本刺されているのですか?」
「え? だって、飲むのに必要でしょう?」
その、私の方がおかしいみたいな言い方はやめていただきたいのですけれど。
「まあ、とにかくそういう訳で、お幸せに」
「ちなみに私たちのコースの特典というのは?」
「だから、そのジュースは無料なんだってば」
それとも別のが良かった? と提示されたのは、『やきもちをやいてあげる券』、『やきもちをやいてもらえる券』などです。
正直、使い方はよく分かりませんでしたけれど、非常に嫌な予感がしました。
「『寮で✖✖しててもトゥルエル様に怒られない券』っていうのもあるんだけど」
そのような物、どうやって認めていただいたのでしょうか?
「いえ、これで良いです……」
よかった、と微笑んだサナは、ごゆっくり、とカーテンシーを披露してから厨房がある女子寮の中へと戻っていきました。
「はい、ルーナ」
ルグリオ様の方へ向き直ると、ルグリオ様がとても楽しそうにフォークに刺したパンケーキを私の方へと差し出されていらっしゃいました。
「えっと、ルグリオ様……?」
「あーん」
何やら周りの注目を集めているようでしたけれど、やはりルグリオ様はお気になされていらっしゃらないご様子でした。
「あ、あーん」
ルグリオ様は引っ込めるおつもりはないご様子でしたので、私は少し身を乗り出して、フォークの先に刺さっているパンケーキを口に咥えました。
「美味しい?」
「美味しいです……」
正直、味はよく分かりませんでしたけれど。
ルグリオ様は微笑まれたまま、待っていらっしゃるご様子でしたので、どうやら、私もやらなければこれ以上先へ進まないようです。
「ルグリオ様、どうぞ」
私も、パンケーキを切ってフォークに刺すと、ルグリオ様の方へと差し出します。
「ありがとう、とっても美味しいよ」
「作ったのは私ではないのですけれど……」
「恋のエッセンスのおかげかな」
ルグリオ様は恥ずかしげもなくおっしゃるので、私はしばらくぼうっとしていました。