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衆人環視の中でキス

 第三関門で渡されたのは一本の細長いクッキーでした。


「はい、それではルーナ寮長。こちらを口に咥えてください」


 噛んでしまわないでくださいね、と注意され、不思議に思いつつも、私は折ってしまわないように優しく唇に咥えました。


「次にルグリオ様。反対側を咥えていただけますか」


 ルグリオ様はしゃがみ込まれると、私の咥える反対側からクッキーを口に入れられました。


「!」


 ルグリオ様のお顔が私のすぐ目の前にあります。

 ルグリオ様も目を見開かれていて、お顔が赤く染まっていらっしゃいます。


「それではそのまま進んでください。ちなみに、クッキーの御代わりは出来ませんから、折れてしまった場合、短いままでよろしくお願いします」


 けれど、このままでは進むことが出来ません。

 私と身長を合わせてくださるには、ルグリオ様は少し屈まれることになってしまいますし、私もつま先立ちでなければいけません。

 そのまま横向きに歩いていたのでは、ルグリオ様に負担をお掛けしてしまいます。


「!」


 そう思っていたのですけれど、ルグリオ様は得心がいったような表情をされると、私の膝の裏と背中に手を回されて、そのまま抱きかかえられました。

 言葉を発しようとすると口を空けることになってしまうため、悲鳴を上げることは出来ません。


「行ってらっしゃいませ。次が最後ですから、頑張ってください」


「んー! んー!」


 私は、何というか、もちろん嬉しいは嬉しかったのですけれど、大勢の前で行われているという羞恥に耐え切れず、かといって、顔を逸らすことも、目を閉じることも出来ず、小さくうめき声をあげるのが精一杯で、後はもう、クッキーが折れてしまわないように、ルグリオ様が運びやすいように、ぎゅっとしがみ付いているぐらいしかできませんでした。

 私に揺れを感じさせないようにしてくださっているのか、クッキーが折れてしまうことを気にされているのか、ルグリオ様の歩みは非常にゆっくりとしたものでした。

 きっと周りでは歓声が飛び交っていたことでしょうけれど、私は自分の心臓の音がうるさくて、他の音は何も聞こえていませんでした。

 何とかクッキーを途中で折ってしまうこともなく、最終関門へと辿り着くことができたのは良かったのですけれど。


「おめでとうございます。それでは、そのクッキーはお二人で食べてしまってくださいね」


 お二人で、のところが強調されていたので、ルグリオ様に下ろしていただいた後、少し残念な気持ちもありましたけれど、両側から少しずつ、齧っていきます。


 ポリポリ。


 咥えたままだと、最初に齧った以降で小さくすることが難しいですから、どうしてもゆっくりとした進みになってしまいます。


 ポリポリ。


 薄っすらと甘いバター味のクッキーは、中々縮んでくれず、見つめ合う時間が長く―—。


「!」


 重大なことに気がつきました。

 当然ですけれど、齧る度にクッキーは短くなっているので、私とルグリオ様の顔の距離はどんどん、ゆっくりとではありますけれど、近くなってきています。

 今はまだクッキーがあるので多少の距離がありますけれど、最終的にこのクッキーはなくなってしまうのです。

 そうすると二人の距離はなくなって、最後にはキスすることになってしまいます。

 別にキスすることは嫌ではありませんし、むしろ好きなのですけれど、こうも衆人環視の中でさせられるというのは、なんだかとても恥ずかしい気がします。

 ルグリオ様はお気づきなのか、そうではないのか、私が気付いているのですから、当然お気づきだとは思いますけれど、全く気にされていらっしゃらないご様子で、どんどん進んで来られています。

 しかし、それも途中までで、丁度クッキーの半分くらいのところまで齧られると、それ以上は進まれずに、じっと止まっていらっしゃいます。


「あーっと、ここでルグリオ様は進むのをお止めになられました! これはルーナを待っていると見てよろしいのでしょうか!」


 リアの声がやけに良く聞こえます。

 きっと私の様子を見て楽しんでいるのです。

 観客の生徒からも、口笛や、はやし立てる声が聞こえてきます。


「ルーナのことだから、ここで折ったりして私たちの期待を裏切ることはしないはず! さあ! さあさあ!」


 リアたちの思い通りに動かされるのは癪だったので、いっそのこと折ってしまおうかとも一瞬思いましたけれど、逃げ道を防がれ、そんなことをしてはルグリオ様にも申し訳が立たないと思い直して、意を決して、なるようになれとクッキーを齧ります。


 ポリポリ。


 ちゅっ、という音が聞こえたのかどうか分かりませんけれど、観客席からは爆発するような歓声が聞こえました。

 私たちの唇が触れ合っていたのはほんの数瞬の事だったと思いますけれど、ひどい辱めを受けた気分でした。

 恥ずかしさで消え去ってしまいそうです。


「おおっと、ルーナが蹲ってしまっています! 結婚式ではもっと大勢の前でキスすることになるというのに、今からこれではこの先の事が心配になります!」


「ルーナ」


 見上げると、ルグリオ様が手を差し出していてくださいました。


「ありがとうございます」


 私は目尻の涙を拭うと、ルグリオ様の手を取って、最終関門へと向かいました。

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