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収穫祭の宣言

 対抗戦が終了したので、学院では当然のように収穫祭の話題が持ち上がり、私たちも準備のために連日大忙しです。


「婚前パーティーや結婚式が開かれるとは言っても、私たちは参加できないからね」


「もちろん、街中に来たパレードは見にいくけれど、式そのものには……ねえ」


「だから、実質、この収穫祭が私たちからのお祝いみたいなものなんだって」


 女子寮ホールの床だけではなく、外の敷地まで使って、皆で色々作業をしていて、私も言われた通りのオブジェを、巨石や木材などを加工して作ります。


「それで、いい加減、これらは何に使うのか教えてくれませんか?」


「私も聞いていないのよ」


 私はシュロスと顔を見合わせると、アーシャたちをじっと見つめます。


「あー私この後講義だったー」


「私も図書室へ行く約束がー」


 この時期になってもまだ講義が残っていることなどないでしょうに。

 自由履修の講義はあるにしても、わざわざ収穫祭前に入れるとは思えません。


「何なのでしょうね」


「まあ、なる様にしかならないわね」


 私は頼まれた資材を揃えに購買へと向かいました。






 そして収穫祭前日、いつものようにおしゃれな机と椅子を用意して、衣装合わせを済ませます。

 私は黒い猫耳のカチューシャと尻尾、金の鈴のついた黒いリボン、肩以降の生地がカットされた、白地に黒を合わせた短い膝上のスカートに、肘上まである黒いグローブと、宣伝用のチラシを持たされます。


「あの、本当に今からこれを着ていかなくてはならないんですか」


 精一杯押さえてみても、やはりちらちらと見えてしまう気がして落ち着きません。


「宣伝のためよ。頑張って」


「学院で、女子寮で着る分にはまだ許せそうな気もしますけれど、さすがにこれで学院の外まで行くのは……」


「早くしないと間に合わなくなるわよ」


 着てしまった後で何を言ってみても説得力はなく、ウサギの耳のついたヘアバンドと、ウサギの尻尾のついたもこもこの極端に短いパンツのようなズボンを履いたシュロスと顔を見合わせてため息を漏らしました。


「仕方ないわね」


「ゆっくり楽しんできてね」


 何か企みごとに参加させられているのは疑いようのないことでしたけれど、せっかくのお祭りですし、ルグリオ様とお会いするのにこのような表情でいるわけにはいきません。

 私たちは二人で馬車へと乗り込むと、中央広場へ向かいました。





 翌早朝、馬車の中で目を覚ますと、ようやく日差しが顔を見せるところでした。

 着ていたコートを脱ぐのは少し躊躇いもしましたけれど、結局今更といった感じが強かったので、綺麗にたたんで収納すると、代わりにチラシと朝食分のお弁当を取り出します。


「おはよう、ルーナ」


「おはようございます、シュロス」


 シュロスが微睡から覚め、二人で朝食を食べ終える頃になると、ようやく馬車が停止しました。


「……お先にどうぞ、シュロス」


「……ルーナこそ」


 いつまでも馬車の中にいることは出来ませんし、時間をかければかけるほど、余計に注目を集めてしまう気もしました。


「左右から同時に降りましょう」


「賛成」


 小さく息を吸って吐き出すと、意を決して扉を開け放ち、一歩踏み出します。

 瞬間、世界から音が消えたかと錯覚しました。

 収穫祭当日ということもあり、馬車の中からでも話し声や歩く音などが聞こえていたのですけれど、遮音結界でも張っているのかと思えるほどの静寂です。

 話し声、小鳥の囀りすら聞こえず、ようやく聞こえてきたのは、女性の抱えたリンゴの入った籠の中から一つ落ちて転がる音でした。


「行きましょう、シュロス」


「……ルーナ、私はそこまで豪胆にはなれないわ」


「ここに留まる方がずっと恥ずかしいです」


「そうよね。あれはカボチャあれはカボチャあれはカボチャ……」


 諦めて極上の笑顔を張り付けると、チラシを配りながら中央広場へ向かって歩きます。

 皆さん、少し動揺しつつも、快く受け取ってくださったので、往路だけで用意していたチラシは全て配り終えてしまいました。


「シュロス!」


 ヴァスティン様の宣言を聞くために中央広場へと足を踏み入れた私たちでしたけれど、集まった方達が、割れるようにして道を譲ってくださるので進むのはとても簡単でした。

 その人混みの中からシュロスに声をかけてきたのは、焦げ茶がかった黒髪に蒼い瞳の男性でした。


「ヴィネル様」


 ヴィネルと呼ばれていたその男性は、シュロスの頬に軽くキスを落とされると、私の方を見られて、膝をつかれました。


「お初にお目にかかります、ルーナ様。私はコルネリオ家が頭首、ヴィネル・コルネリオでございます。ここにいる―—」


「彼は私の許嫁なの」


 軽い調子で言ったシュロスにヴィネル様は難しいお顔を向けられました。


「シュロス」


「いいのよ。学院では立場なんて気にせず楽しくやっているのだから。ねえ、ルーナ」


 私は、ええ、と頷くと、軽く挨拶を済ませました。

 それからすぐにヴァスティン様が宣言を出され、集まった方達は盛大に盛り上がられたのですけれど、最後にヴァスティン様が手を広げられると、例年にはないことでしたので、皆さん、ピタリと口を噤まれました。


「さて、重要な話があるので、国民の皆には心して聞いて欲しい」


 ヴァスティン様は重々しい口調で、けれど、どこか楽しそうに話し始められました。


「今回限りで、私が収穫祭、及び式典においてこのように宣言を出すことは終了になる」


 小さくないどよめきが広がります。


「皆が思う事、言いたいことはよく分かるが、話は最後まで聞いて欲しい」


 ヴァスティン様が身を引かれるように、一歩横にずれられると、台の上にはルグリオ様が昇られました。


「皆も知っての通り、来春、ルグリオとそこにいるルーナ姫との間で結婚式が開かれる」


 急に私の名前が出され、ヴァスティン様とルグリオ様、それから集まった方達の視線が向けられます。


「よって、次回開催時からは私に代わりルグリオが宣言を出すことになる。至らぬところも多々あろうが、どうか暖かい目で見守ってやってほしい」


 それからルグリオ様がご挨拶をされると、惜しみない拍手が送られました。


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