カイとメル
アースヘルム王国編と言いつつ、中々辿り着きません。
ですが、きっと辿り着きますので、気長にお待ちください。
二人から話を聞くにしても、お腹はふくれていた方がいいだろう。そう思って、カップに出来立てのシチューを注ぐと二人に差し出した。熱々のシチューからは、湯気が立ち込めており、辺りにはクリームのいい匂いが充満している。二人は恐る恐るといった手つきで、差し出されたカップを受け取った。
「温かーい」
メルと呼ばれた少女の口から感想が漏れる。外気に晒されていた身体には丁度良かったかもしれない。
「お腹はいっぱいの方が幸せだろう。パンもあるし、おかわりもあるよ。遠慮せずに飲んでくれて大丈夫だよ」
毒などは入っていないと示すためにも、僕は先に口を付ける。
「外も寒いし、身体を温めるためにもね」
カイとメルは慎重な手つきで、カップを口元に運ぶ。
「いただきます」
どうやら、口にはあったようで、二人は幸せそうな顔を見せてくれた。
「うまい」
「おいしいです」
「それはよかった」
二人の口にもあったようで安心した。元々、料理をしてくれた人の腕を疑ってなんていないのだけれど。
お腹は空いていたらしく、あっという間に鍋の中身は空になった。僕は、ルーナが食べ終わるのと、二人が落ち着くのを待ってから、再度問いかけた。
「それで、よければ君たちのことと、君たちがあんなところで倒れていた訳を聞かせてはくれないかな?」
カイとメルは顔を見合わせる。どうやら、迷っているようだった。いや、迷っているというよりも、こちらを疑っているのかもしれない。
「本当に皆を助けてくれるのか?」
少し間があってから、不安と期待が入り混じったような声で尋ねてくる。それは確かに、会ったばかりの他人をすぐに信じることは出来ないだろう。
「皆、ということは、他にも君たちみたいな子供がいるということかな?」
二人は揃って頷いた。どうやら、この子たちは二人で生きてきたわけではなく、他にも同じような境遇の子供たちがいて、一緒に暮らしているようだ。
「僕は、それにルーナも皆もきっと、本気で助けたいと思っている」
「はい。私も、ルグリオ様と同じ気持ちです」
ルーナの方を見ると、頷いてくれた。周りで聞いている御者の人も、騎士の人たちも同じ気持ちのようだった。
「でも、そのためには情報を、君たちの話を聞かなくてはいけない。僕たちには君たちの名前以外には、君たちのことは何もわからないんだ。知らなければ、どうしようもないだろう?」
だから話して欲しい、とできる限り優しい口調で、彼らの顔を真っ直ぐ見つめ、真摯に訴えかける。
「絶対に君たちを悪いようにはしない。約束しよう。もし、信じられないというのなら、僕たちは気がつかないと思うから、この馬車ごと全て持って行ってしまって構わない。他の僕の持ち物も、全てを差し出そう」
御者の人が何か言いかけたが、僕は目線でそれを制する。もっとも、ルーナを差し出すことはできないけれど。そんなことは口に出したりはしなかった。
カイとメルは顔を見合わせてから、この人たちを信じてもいいのだろうか、というような表情で御者の方を見る。それから、ルーナの方に顔を向けて、最後に僕の方を向く。僕たちは頷いた。
「だから、話だけでも聞かせてはくれないかな?」
「……わかった」
カイは、メルの手をぎゅっと握って、頷いた。
「ありがとう」
僕もそれに答えた。
僕たちが、馬車の中に入って落ち着いて聞ける態勢を整えると、カイは、ぽつりぽつりと彼らの置かれている状況を話し始めた。
「……俺とメルは、ここから大分歩いていった先にある、クンルンって孤児院から来たんだ。孤児院にいるより前の記憶はない。そこの院長は、サラって言うんだけど、俺達にもとっても優しくしてくれて、皆、大好きだったんだ」
「カイも恋していたみたいだったもんね」
メルが横から、つまらなそうに茶々を入れる。
「それは、関係ないだろ」
カイの返事には答えず、メルは、ぷいっとそっぽを向いてしまう。こじれているなあ、と思ったけれど、今はそれを気にする時ではないので、余計なことは言わなかった。
「とにかく、それで、俺たちはまあそこそこ楽しく生きていたんだけど、この前、あいつらが急にやってきて、俺達をみんな出ていかせようとしているんだ。布団なんかも全部持っていっちゃうし、食料だって、サラが大事に持っていたお金だって、みんな持っていっちゃったんだ。それで、俺は連れていかれる前にどうにかしようと思って」
僕たちに出会わなければどうするつもりだったのだろう。言いたいことはあったけれど、それは全て後回しにした。
「あいつらというのはどんな人たちのことかな?」
「名前は知らないけど、なんか大きい男と小さい男だった」
予想はしていたけれど、その人たちのことは全くわからない。これは、そのサラさんに聞いた方がよさそうだな。
「それで、サラさんはまだそこにいるのかな?」
「多分、いると思うけど、わかんない。もしかしたら、あいつらが連れて行ったかもしれないし」
「何か、連れていかれてしまうようなことに心当たりでもあるのかな?」
孤児院の院長が交代するということだろうか。いや、話を聞く限り、追い出されそうになっているのは子供たちも一緒だ。
「わかんないけど、どこか別のところに行くみたいな話しをしていたような気がする」
「皆で一緒にかな?」
「それもわからない」
「そうか。わからないことを聞いてしまって悪かったね」
どちらにせよ、孤児院というのは大抵、他の人たちの寄付金や、援助金で成り立っている。僕が買い取ってしまうということも考えたけれど、何にせよ、まずは現地に行ってみなければわからないな。
「わかったよ。とりあえず、その孤児院に行ってみよう。案内を頼めるかな」
「わかった」
御者の人にカイを預ける。
「すまないね。少し、寄り道をしてもらうことになるけれど、構わないかな」
「もちろんでございます。全ては殿下の御心のままに」
「ありがとう」
僕がお礼を告げて馬車の中に戻ると、馬車は再び走り出した。
カイは、大分行った先と言っていたけれど、それは子供二人が足で歩いた場合の話だ。辺りが茜色に染まるころには、馬車は静かに停車した。
「まずは、僕が行ってくるから、ルーナはここで待っていてくれるかな」
カイが言っていたこともあるけれど、僕一人でいた方が何かと対処もしやすい。
「わかりました。ルグリオ様もお気を付けください」
安心させるように、僕はルーナの手を強く握った。
「君たちも、ここでルーナとカイとメルを守っていてくれるかな」
「お任せください。この度の道中の警護の全ては、私たちがルードヴィック騎士長より任されておりますので。確実にお守りいたします」
御者に選ばれるだけあって、護衛能力も城の騎士たちの中ではかなり高い。まあ、どこの守りに付いている騎士に聞いても、自分のところが一番だと言い張るのだけれどね。それで、毎回言い争っているのは、ルードヴィック騎士長も大変だなあとは思う。
「俺も行く」
僕が歩き出すと、カイも付いてきた。
「おまえ、あなた、うーん、……知らないやつが一人で来たらサラが驚くだろう」
きっと、サラさんは僕のことを知っているだろうけれど。多分、カイがサラさんの顔を見たいんだろうなあと思ったので、もしかしたら危ないかもしれないとは思ったけれど、好きなようにさせた。