5年、メルとの戦い
そしてぐっすり眠ることのできた私は、翌日もいつも通りすっきり目を覚ましました。
カーテンを開くと空も明るくなり始めていて、眩しい日差しに、私は思い切り伸びをしました。
「今日も良い日になりそうです」
アーシャを起こしていつも通りに走り込みに行こうと部屋を出ると、寮の入り口でメルとシズクにばったりと出くわしました。
「あ、ルーナ、それにアーシャ、おはよう」
「おはよう、メルにシズク」
おはようございますと挨拶をして、一緒に準備運動を済ませると、揃って走りに出かけました。
今日は早いですね、などと、尋ねるつもりはありません。
メルにもそのつもりはないようで、無言で前だけを向いて額から汗を流しています。
「気合は十分だね」
アーシャに尋ねられて、もちろんだよ、とメルは頷いています。
「だって訓練じゃなく、ルーナと戦うんだから」
メルの嬉しそうな顔に、私も微笑みを返しました。
今日は、本来ならば対抗戦の予備日として設けられている日で、しっかりと休息をとって翌日からの授業、実習等に備えるべき日なのですけれど、大人しく寮で寝ているなんて生徒はもちろんいません。
授業の予習をしたり、早速実習へと出かける生徒もいますし、純粋に休日を楽しんでいる寮生も少なくはありません。
いつものように走り込みとシャワー、着替えとヴァイオリンの練習が済むと、そのまま朝食を取り、寮の外の草陰でメルとダンスの練習をします。
メルと私が学院にいて、このように練習できる機会は貴重なので、練習にも一層身が入ります。
アーシャに手を叩いてもらいながら、メルの手を取って、もちろん私が男性パートを踊ります。
「アーシャ、ありがとうございます」
1,2,3、1,2,3。
「焦らないで。笑ってください、メル」
しばらくそうして踊っていると、メルの肩に入っていた力も抜けてきて、大分自然に、素敵なステップを踏むことが出来ています。
「そう。素敵ですよ、メル」
本番はドレスで、靴もいつもとは違うため、勝手も違ってくるかもしれませんけれど、練習を始めた頃と比べると格段に上手くなっているのが分かります。
じんわりと汗が滲むまで、メルと、それにアーシャや、途中で外に顔を出してきたシズクも加わって、同じように練習をしたいからと組になったアーシャ達にも、練習したいのならばと、シュロス達にも頼みに行くと、朝早くにも関わらず、快く引き受けてくれました。
「ありがとうございます。私以外とも練習しておいた方が良いと思っていたので」
アーシャもシズクも完全に素人、とまではいきませんけれど、せっかく練習するのですから、上手な方と練習した方が勉強になります。
「気にしないで。寮長直々のお願いだもの。それに、私自身も楽しいし。ねえ」
「ええ」
シュロスも、同室のリアも、笑って、もちろんよ、と引き受けてくれました。
「それでは、準備運動はこんなものでいいですか、メル」
「うん、大丈夫だよ」
付き合ってくれたアーシャやシュロス達とも連れ立って、演習場へと向かいます。
浄化の魔法で汗や汚れを綺麗にして、競技場中央で向き合います。
「双方、よろしいですね?」
審判をお頼みしていたロールス先生も、お忙しいでしょうに来てくださって、私たちは頭を下げました。
「いえ。昨日から聞いておりましたから。問題ありません。そう、事前に分かっていれば、何も問題はないのですよ……」
妙に実感の籠ったお言葉でした。
「オホン。改めて、双方よろしいですね?」
ロールス先生は咳払いを一つされると、確認するように顔を向けられました。
「はい」
「大丈夫です」
私とメルは開始線まで下がると、声を揃えて返事をしました。
「では……始め!」
開始と同時にメルが距離を縮めてくるだろうことは予測していたので、私は思い切り地面を蹴って後方へ下がります。
そして即座に石壁を展開。競技場の地面が、メルを包み隠すように捲り上がります。
対してメルは、慌てることなく対処しました。
壁の裏から走り抜けるような音が聞こえたかと思うと、壁を走るようにして移動してきたらしいメルが、空中で身体を捻りながら人差し指で私に狙いをつけていました。
私が障壁を展開すると、メルは微笑んで、指先を地面へ向けました。
そして、放たれたその魔法の威力を加速力に転用して、自己加速の魔法も相まって、転移とまではいきませんけれど、目にもとまらぬ速さで距離を詰めてきました。
私の左腕を掴んだメル。
投げ飛ばそうとするメルと、そうはさせまいと、逆に叩きつけようとする私の力が拮抗して、地面にひびが入ります。
「熱っ!」
魔法を切り替え、掴まれた部分の熱を上げると、私のものよりも先にメルの魔力防御を突き破ることが出来たため、メルの手が外れます。
メルは怯まず、地面に手を押し当てると、砂嵐が舞い上がり、私の視界を塞がんとして迫ってきます。
なので、私も対抗して、空気の振動を限りなく停止させて、氷の竜巻、吹雪の壁のようなものを造り上げます。
「くっ!」
風に乗って、メルの声が聞こえてきます。
少しでも動けば身体ごと持っていかれてしまいそうな暴風が二つも吹き荒れる中で、観客席の興奮も最高潮になっているようです。
しかし、拮抗している力もそう長くは続きませんでした。
途中から燃える勢いで嵐を巻き起こし続けていた砂嵐を、白の世界が飲み込んで押さえつけます。
二つの嵐が弾けて消えると、倒れはしていないものの、膝をついているメルの姿が見えました。
「まだやりますよね?」
「当っ然!」
メルの瞳はまだ闘志を失ってはいません。
「行くよ!」
「受けて立ちます」
メルは立ち上がって頬を叩いて気合を入れると、地面を蹴って一気に距離を詰めてきました。