5年 vsイエザリア 決着
角を曲がった先はイエザリア本陣すぐ近くで、アクセリナさんと3年生のミラ・ディーベルさんが、崩れている壁の裏側に座り込みながら、イエザリアの防衛陣の様子を窺っていました。
「あ、ルーナ寮長」
こちらに気がついたミラさんが薄い水色の髪を揺らしながら、はしゃいだ様子で手を振るものですから、当然、彼女たちに気がついているイエザリアの選手に攻撃を受けます。
慌てて隣にしゃがみこんでいるアクセリナさんに頭と手を押さえ込まれて壁の裏側へと伏せられます。
「……シュロス先輩の姿が見えませんね」
キサさんの言う通り、こちらへ向かったはずのシュロスの姿が見当たりません。
私たちは這うように姿勢を低くしながらミラさん達の下へ向かいました。
「シュロス先輩なら、もう一つ隣の部屋へ回り込まれましたよ」
ミラさんに言われたことを確かめるべく結界を広げてみると、たしかに、私たちがいる敵の本陣の部屋と壁一枚隔てた先に一人確認できます。
「もうすぐタイミングを合わせて挟撃、シュロス先輩が壁を壊して来られるところだったのですけど……」
アクセリナさんの視線が私とキサさん、隣の部屋との境の壁との間で彷徨います。
「分のいい賭けではありませんね」
ここから確認できるだけでも、相手は少なくともこちらと同数、5人はおそらく校章の周りを固めています。
「でも、やるんですよね、寮長」
「ええ、やりましょう」
そう答えると、ミラさんは口角をあげて手を握られました。
待っていても仕方ありませんし、あまり待っていると、気付いた相手に挟撃されることになるかもしれません。
「シュロスとの合図はどうなっているんですか?」
「それならば問題ありません。こちらから始まったような音が聞こえてきたら、丁度いいタイミングを見計らって―—」
そこまで聞いたところで、私たちよりも先に隣の部屋から戦闘が始まってしまったような音が聞こえてきました。
「今です」
シュロスのことはもちろん気になりますけれど、この好機を逃すわけにはいきません。シュロスもきっとそう思っているはずです。
私が声をかけるまでもなく、ミラさんとアクセリナさんは駈け出していました。
「来たぞっ!」
当然、こちらが動くことは彼らも予想通りだったようで、中から弾ける音が聞こえてきます。
「行きますよ」
「はい、ルーナ寮長」
ミラさんが作っっていた鏡の後ろから、私とキサさんは左右へ同時に飛び出します。
一瞬、躊躇うような間がありましたけれど、次の瞬間には結界が広げられて、私たちの侵入を拒んできます。
「ライ、お前はそっちの相手をしろ。俺はルーナ様の相手をする」
「ちょ、バッツ先輩、ズル、俺だっ―—」
黒い髪をバックに固めた精悍な顔立ちの男子生徒が真正面から私の事を見つめてきます。
「イエザリア5年、バッツ・ムスカだ。この場では一人の武人としてお相手する」
「エクストリア学院5年、ルーナ・リヴァーニャです。よろしくお願いいたします」
無暗に飛び込むわけにもいかず、隙を伺おうと思っていたのですけれど、流石に隙などありません。
しかし、今の私は防衛陣ではなく、攻撃に参加しているのです。不利と分かってはいても、自ら行かなくては勝利への道は開くことが出来ません。
「行きます」
私が広げた結界と、バッツ様が守っている障壁がぶつかります。
いつものように、広域に対してではなく、純粋に相手の領域を塗りつぶすためだけに魔法を使っているのですけれど、中々押し切ることが出来ません。
空気が収縮され続けているのか、段々と私の立ち位置が前へ前へと引きずられます。
それは障壁を展開していても変わらず、むしろ障壁ごと引っ張られている感じです。
「そうですね。余計な力を使っている場合ではありませんでした」
守る側は、全方面を守る必要があったので忘れていましたけれど、今の私は攻撃側。一点でも相手の守りを突破して、あの台座の上に建てられている校章旗を破壊できればいいのです。
今まで面で展開していた障壁を絞り込み、一点に集中させます。
それはすでに障壁ではなく、一本の槍になっています。
細く、それでいて強度だけで考えれば拮抗していた障壁よりは上でしょう。
通常であれば、これほどの魔力塊でも、一本ではなく、この部屋を埋め尽くすことが出来る程度には展開できるのですけれど、今はこれが限界です。
バッツ様が少しばかり顔を歪められます。
守る側としては全方面からの攻撃に対して対処しなければなりません。
ですけれど、先程までの結界とは違い、今対処すべきは一本の槍。前面を守る結界の強度だけでは突破されてしまいますけれど、範囲を絞れば守るのが難しくなります。
「ちっ!」
舌打ちを一つ漏らされたバッツ様は深く息を吐かれると、展開されていた結界をお解きになりました。
「面倒くさいが仕方ない」
結界は解いてしまっていたので、ちらりと横目でミラさん達の様子を窺うと、あちらはあちらで、どちらも譲るつもりのない戦いに突入していました。
「押し通します!」
「弾き飛べ!」
黒い魔力を纏った腕を振り下ろしたミラさんの拳を、ライさんと呼ばれていた焦げ茶色の髪を靡かせた男子生徒が、緑に輝く腕の盾で受け止めています。
押しつ押されつを繰り返すお二人を見ているわけにもいかず、弾けて消えた魔力塊の代わりに、身体を強化することに魔力を回すと、直接懐に飛び込みます。
「直接やり合うつもりか。面白い!」
そして、バッツ様が青い魔力を身に纏われて、こちらへ踏み出された瞬間、隣の部屋との壁が完全に壊れて欠片が飛んできました。
「何っ!」
「隙ありです」
すでに魔法の展開を終えていた私は、足元を蹴り出し、バッツ様が横を向いた瞬間にわずかに上がった懐へ潜り込みます。
「いけえ、ルーナ」
壁を壊した張本人、シュロスの声が室内に響きます。
「くっ!」
焦ったお顔をされたバッツ様の右手の平に、私の左拳がぶつかります。
スペースなどなくとも、私の身体は私の意図とは関係なく小さいので、くるりと反転することが出来ます。
止められた左手を起点に反転して、バッツ様の手首をとると、足を蹴り上げ、掛け声とともに投げ飛ばします。
「魔法だけだとは思わないでいただきたいです」
あまり使わないのでご存じなかったのかもしれませんし、私自身もここ1,2年ほどしか習ってはいないので得意とは言えませんけれど、使えないということはないのです。
「まだだっ!」
「行かせると思いますか」
アクセリナさんとミラさんが、戻ってきたイエザリアの選手を引き留めてくれます。
後方から聞こえる瓦礫を払うような音を気にすることなく、ただ、目の前の校章めがけて精一に手を伸ばします。
掴んだ校章を手折ると、終了の合図が鳴り響き、フィールドが解除されました。
その場に座り込んだまま、遠くにかすかに見える自陣へと目を向けると、ハーツィースさんが華麗に髪を撫でるのが見えました。
「ルーナ」
駆け寄ってきてくれたシュロスに手を借りて、私はよろよろと立ち上がりました。
もはや体力も、魔力も、空っぽです。
「大丈夫?」
「疲れました。早くお風呂に入りたいです」
「同感」
星の瞬く夜空の下で笑い合うと、ゆっくりと整列へ向かいました。