5年 vsイエザリア 3
私はシュロスと視線を交わして頷きあうと、左右に分れて駆け出しました。
それほどスペースがあるわけではありませんけれど、2対1のこの状況で重要なのは、相手の意識を片方に集中させることで、もう片方を意識から逸らすことです。名乗られた相手を前にして立ち去ることなど出来ませんし、何より許してくださらないでしょう。
先に仕掛けたのはシュロスからでした。
私たちが通っているエクストリア学院は、ルーラル魔術学校のように術式や魔法陣といった、魔法研究に力を入れているわけではありません。サイリア特殊能力研究院のように言わば正道の魔法から少しばかり外れたところにある能力を引き出し高める目的で集まっているわけでも、イエザリア学院のように今現在行っているような戦いに特化している技術を教え込まれているわけでもありません。
しかし、だからといって、戦闘行為に限れば確実に劣るのか、と問われても、一概にそうとは限りません。過去の実績からも証明されています。
シュロスの空気弾は、速く、正確で、予備動作もほとんどなく、余分な魔力を使っていない綺麗なものでしたけれど、アーサー様は、紙一重ではなく、余裕を持ってその全てを躱し、防がれました。
おそらくは結界によるものでしょう。魔力が極限まで抑えられていて感知することが難しかったのですけれど、落ち着くと、わずかな空間の乱れが感じられました。
「出し惜しみ出来る相手じゃなさそうね」
「落ち着いてください、シュロス」
まさに突撃でもしようかという様子のシュロスに声をかけつつ、慎重に間合いを測ります。
「すでに焦る必要はありません。引きずり過ぎです」
「すでに……?」
アーサー様が何事かと首を傾げられます。
私はそれには答えずに、深呼吸して、息を整えつつ、冷静に観察を続け、間合いを測ります。
「そうね。少し焦っていたみたい」
シュロスと息を合わせるように、私は氷の礫を飛ばして牽制しつつ、アーサー様を誘導しようと試みます。
当然、そう上手く誘導されてくださるはずもなく、上方に障壁を展開されたアーサー様は、とりあえず私を倒すべく指先をこちらへ向けられます。
私がこちらに向けて発射された熱線を障壁で防ぐと同時に、シュロスが空間を両断するかのような、斬撃じみた不可視の刃を振り下ろします。
もちろん、本当に何も存在していないわけではなく、極薄にまで研ぎ澄まされた振動する氷の剣です。
魔力を帯びたその刃は、アーサー様の腕に出現した紋様から発せられた障壁によって止められます。
そこを起点に、流れるように一回転したシュロスの金髪に隠れた後ろから光弾が飛び出します。
「おっと」
のけぞることで回避されたアーサー様は、シュロスの腕を掴もうと手を伸ばされます。
シュロスが掴まるよりも前に、私は二人の間、アーサー様の指先に障壁を展開します。
障壁に弾かれたアーサー様は、そのまま後方へ宙返りされて、距離が開きます。
すかさず、すでに振り向いていたシュロスがその先へと上昇気流を巻き起こし、アーサー様を空中へと放り出そうとします。
天井へ撃ちつけられたアーサー様は地響きを立てて床に激突されます。
「さ、流石です・・・・・・。中々やりますね」
よろよろと立ち上がるだけの力はまだ残されていたらしく、光を失っていない瞳を向けられます。
「シュロス」
「ええ。次で決めないと、人が来るわね」
大きな音がしましたし、何事かと思って見に来るイエザリアの選手もいることでしょう。
そうすれば戦闘は必至でしょう。徐々に回復しつつ戦うべきこの状況で、連戦は出来る限り避けたいです。
「まあそうおっしゃらずに、もう少し付き合ってくださいませんか」
アーサー様が床に手をつかれると、白い刃が無数に生えてきます。
それらは私たちの障壁を切り裂き、運動着が破れて、皮膚が斬られます。
「ぐっ」
治癒魔法を使うまでの一瞬の隙に、シュロスが私の方に思い切り飛ばされて、二人で一緒に壁にぶつけられました。
思わず吐きそうになった血は、みっともないので即座に治癒して消しましたけれど、ダメージの方はそう簡単に消えません。
気持ち悪く、ふらふらになった頭をどうにか動かし意識を保ちます。
「ルーナ、大丈夫?」
私が壁との間に挟まったおかげで、衝撃が和らいでいたらしいシュロスが心配した声をかけてくれます。
「ええ。油断しました」
もう少し障壁の強度が高ければ飛ばされずに済んだのですけれど。
「まだ戦わられるのですね」
「ええ。ここで私たちがやられるわけにはいかないもの」
覚悟を決める必要がありそうです。
シュロスと目配せをして、頷きあうと、手を取り合って立ち上がります。
「行きます」
何の捻りもない、ただ直線的に突っ込むだけ。魔力も体力も少ない私たちにとってはそうするよりほかない選択肢です。
「良い覚悟ですね」
そう思っていただければ幸いです。
堂々と待ち構えられたアーサー様の直前で、光弾を放とうとしていた右手を途中で止めると、踏み込んだ足で、そのまま横へと飛びのきます。
「あっ」
仕方のないことでしょうけれど、思わず私に視線を逸らされたアーサー様の懐へとシュロスがありったけの力で走り込んで潜り込みます。
0距離ならば、障壁も何も関係はありません。
さすがにこの距離はまずいと思われたらしいアーサー様が展開された障壁をぶち破り、添えられた掌底から、シュロスの魔弾が鳩尾付近にめり込みます。
さすがに気を失われたらしいアーサー様は前のめりに倒れられます。
「ちょっと、休憩」
対戦中、皆が戦っている中で休憩とは何事かと思われてしまうかもしれませんけれど、この状態で無理に続けても、逆に足手まといになりかねません。
ハーツィースさん達を信頼して、私とシュロスはその場にぺたりと座り込みました。