5年 vsイエザリア
惜しまれながら先輩方が退場されると、ようやく私たちの出番となりました。
頭上に輝く星々は、魔法の光に照らされているこの競技場内では、残念ながら見ることは叶いませんでしたけれど、せっかくだからと押し掛けられた各校の生徒先生方が会場内にひしめき合っていて、通常の倍以上の観客があらん限りの声援を飛ばしてくださっているのが分かります。
「大変遅くなり申し訳ありませんでした」
競技場中央で向かい合ったイエザリアの選手の方々に頭を下げます。
「何か理由が御有りだったのでしょう。特にルーナ様以下、あなた方の魔力が著しく不足していらっしゃるのが感じられます」
そうおっしゃられた、彼らの列の先頭にいらっしゃる黒髪の青年が眉間に指をあてられています。
「戦闘において相手の力量を測ることは重要ですから。こうすることで、何となくですけれど相手の魔力残量が感じられるのですよ。前回の対抗戦の時と比べて、初めてお会いする方は分かりませんが、おそらく、5年生の方達なのだとは思いますが、同じ選手であるにも関わらず、そちらの方と比べて差があり過ぎます」
私たちの視線が向けられているのがお分かりになったのか、その方は青い瞳を見開かれると、深く頭を下げられました。
「申し遅れました。私、今回のイエザリアの選抜員の代表を任されております、アンブル・ロディアと申します。分かると言っても、何となく皆さんの魔力残量が分かるだけで、3サイズや発汗量、黒子の位置まで分かってしまうことはありませんのでご安心ください」
そう悪意のなさそうな笑顔を向けられたのですけれど、私たちは自分の肩を掻き抱きながら自然に一歩二歩と後ろへ下がりました。
「馬鹿アンブル」
「誰かあいつの口を閉じさせろ」
「ありえねえ。俺達までひかれるじゃねえか」
「ふざけんな。あいつは後で俺が殺す」
イエザリアの方達の怨嗟の籠った声が聞こえてきます。当のアンブル様は訳が分からないといったお顔をされていらっしゃいます。
「オホン。そろそろよろしいですか」
ロールス先生が大きく咳払いをされて、やっと彼らが落ち着いたのと、私たちが何とか平常心を取り戻したことで、ようやく対戦が開始されることになりました。
「よろしくお願いします」
紺碧の空の下に私たちの声が揃って響き渡り、いよいよ最終戦が開始されることになりました。
自陣へと引き返してきた私たちは設置した校章の周りに集まります。
「皆さん、これが最終戦とはいえ、あまり状態は良くないですね」
わたしがそう言うと、ハーツィースさん以外の5年生は苦笑を返してくれました。
「しかし、それを言い訳にすることは出来ません。こうなることは分かったうえでの行動だったはずです」
相手を侮っているわけではありません。
ですが、知ってしまった以上、行動を起こさないなどという選択肢もまたありませんでした。完全に後付けではありますけれど、どうやら原因は私にあったようですし。
「ルーナのせいなわけないじゃない」
アーシャが微笑みかけてくれます。
「分かってるとは思うけど、今回の事に関して責任感じたりしないでね。最後なんだから、笑って楽しくやろうよ」
皆の顔を見回します。
たしかに疲れは見て取れますけれど、気負いや、しんどさは感じられません。
「そうですね。では、大変かと思いますが、泣いても笑ってもこれが最後です。私たちの学院生活でも最後の対抗戦になります。悔いだけは残さないよう、などというつもりはありません。是非とも勝って、待っていてくださった皆さんを、そして何より私たち自身が満足することの出来る対戦を致しましょう」
これが終われば、終わってしまえば、暖かいお風呂と美味しいご飯が待っています。
何となく寂しい気持ちもありますけれど、直前の事件を笑い飛ばすことができるようにするためにも、何としても勝たなくてはなりません。
皆が元気よく声を返してくれると、紺碧の夜空の下、高らかに開始の合図が出されました。
目の目に広がるフィールドは廃屋。
私たちの今ある体力及び魔力を考えると、すぐに相手と接触しないこのフィールドは、ありがたいと同時に、相手の校章までの距離が遠く、なかなかに厳しいものがありそうです。
「本当は草原とかの方がありがたかったけど……まあ、言い出したらキリもないし、私たちに出来ることをしましょう」
最短距離を全員で進むというのが最も効率的であることは明白ですけれど、それには一気に全滅してしまったりといった危険を孕んでいます。
私とシュロスは皆とは別の経路をたどるようにして、薄暗い廃屋内を二人で慎重に進んで行きます。
出来るだけ相手に接触しないに越したことはありませんし、防御側の皆さんに迷惑をかけてしまうことになるかもしれませんけれど、簡単には突破されることはないでしょう。アーシャやハーツィースさんの実力ならば、私たちがよく知っています。
「そうですね……。どなたかいらっしゃったようです」
おそらくはまだ半分も来ていないでしょうけれど、今にも崩れそうな階段の上から降りてくる二人分の足音と話し声が響いてきます。
「音を消していないのは自信の現れかしら……? それとも、どちらにしても察知されるのならばいっそのことということ? どちらにしても油断はできないわね」
階段の裏に潜んで息を殺していると、丁度私たちの真上辺りでピタリと音が止みました。
私とシュロスは、息を殺して、気配を消して、通り過ぎてくれるのを待っていようと思っていたのですけれど、そう上手くいくはずもなく、一つ足音が消えたかと思うと、次の瞬間には私たちの目の前に金髪の男性が、音もたてずに飛び降りてこられました。
「こんばんは、美しいお嬢さん方。イエザリア学園5年、アーサー・ベルザードです。今宵の出会いに感謝いたします」