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因縁? に決着

「この中ならちょこまかと動くことも出来んだろう。なあに、大人しくしていればすぐに済むだろう」


 扉に鍵を掛けることを忘れずに、滾らせている欲望を隠そうともせず、ジュール元教諭が私たちが捕らえられている檻の中へと入ってきます。

 狭い檻の中ですから、彼我の距離もすぐに詰められてしまうことでしょう。


「クックック、長かった、実に長かったぞ、この4年間は。毎日毎日肥溜めに落ちてくるゴミの掃除をしながら、貴様にどうやって復讐してやろうかと、そればかりを考えていた」


 邪悪な笑みを浮かべ、垂れてきていた涎を拭いながら、充血した瞳で私の事を睨みつけてこられます。


「随分かかったわけだが、結果的に最高のタイミングで仕返しが出来るのだから、私の天運も全く捨てたものじゃないな」


 ジュール元教諭のねっとりと絡みつくような気持ちの悪い視線が、私の、私たちの全身を、上から下まで蹂躙します。

 欲望の籠った視線を向けられることは、学院で生活していても、全くなかったわけではありませんでしたけれど、ここまでのものは流石にありませんでした。


「申し訳ありませんけれど、あなたの相手をしている暇はありません。この後もイエザリア学園との対抗戦を控えているのですから」


 私が睨みつけても、ジュール元教諭は愉快だとばかりに大声で笑われました。


「この状況でまだそんなことが言えるとは、いやはや、何ともご立派ですなあ」


「檻は壊せずとも、あなたになら魔法も通じるのでは?」


 いくらそうは見えずとも、ジュール元教諭が人間である以上、本人に直接作用させる魔法ならば、手枷等嵌められていないこの状況、使えないとも思えません。


「ほう、それは面白い。是非やってみたまえ」


 余裕たっぷりの態度で、ニタニタと笑いながら手招きをしていらっしゃいます。

 そのようにおっしゃられるということは何か策があるのでしょうけれど、とりあえず、私たちへ向かっての進行は食い止めることが出来ましたし、わずかではありますけれど、時間も稼ぐことが出来ました。


「もちろん、遠慮なく」


 魔力を吸収するというのならば限界もあるのだということは実証され済みですし、彼から鍵を奪うことが出来れば問題なく脱出することも出来ます。

 そう思いながら作り出した光の矢は、存在しているだけで徐々にその魔力を吸収されているらしく、どんどん小さくなってゆきます。

 完全に消えてしまう前には放つことが出来たのですけれど、それはジュール元教諭の服に吸い込まれるように消えてしまいました。


「聡明な王女様なら無駄だということが理解できたんじゃないのか?」


「……その服、この素材を編み込んでありますね?」


「まあ正解と言っておこうか」


 ジュール元教諭は何を思ったのか、掛け声とともに、ご自身の着ていた服を引き裂かれました。

 内側には真っ黒い、鎧のようなものを着こんでいらっしゃいます。


「なるほど。この檻と同じ素材で作られた鎧を着こまれていらっしゃたのですね。しかし、高価で希少なものだったはず。あなたに手に入れることができるとはとても思えません」


 魔法は世界において当たり前のごとく存在しているものです。それを否定するものなど、それほどたくさん存在しているはずもなく、あったとしてもとても希少で高価に取引されているはずなのです。


「俺がどこにいたのか忘れているようだから思い出させてやろう。奴隷になるとな、暴れたり、魔法を使ったりして反抗できないように、枷が嵌められるのよ。そいつをコツコツちょろまかし、ようやくここまでの量が溜まったってわけだ」


 なるほど。だから今まで黙っていたのにもかかわらず、ここになって活動を再開しだしたという事ですか。全く自慢できた話ではありませんけれど、執念にはすさまじいものを感じます。


「だが、俺もそこまで非道な人間じゃない。お前達にも選択肢を与えてやろう」


 ジュール元教諭は檻の真ん中あたりまでくると、どかりと腰を下ろされました。


「お前がどうしても私にその身体を差し出したいと懇願するのであれば、その態度如何によっては、残りの3人は見逃してやろう。どうも世間では結婚式などと浮ついた糞みたいな雰囲気で盛り上がっているようだからな」


 本当に下半身でしかものを考えられないゴブリン並みのお方ですね。いえ、ゴブリンにも失礼かもしれません。

 3人を助けることは当然ですけれど、国民を、家族を、そしてルグリオ様を裏切ることも出来ようはずがありません。


「どちらもお断りよ!」


 横を向くと、震える手足で、シュロスが私の横に並んで、手を握っていてくれました。


「そこまで私たちを見くびらないでよね」


 反対側の手をリアがぎゅっと握ってくれます。


「わ、私たちはルーナを犠牲にして生き残ろうとするほど臆病者じゃないわよ」


 震える声のロッテが私の前に出てきてくれます。


「ふん。立ち上がったからといって魔法の使えないお前たちに何が出来る」


 今なお震えるシュロスたちをあざ笑うかのごとくにジュール元教諭が鼻を鳴らされます。


「何だって出来ますよ。あなたには分からないでしょうけれど」


 出来るはずです。

 あの時、ルグリオ様がなさっていたのですから。

 もちろん、ルグリオ様と比べるのはおこがましいことかもしれませんけれど、全くできないとも思っていません。

 重要なのは、私にもできるとイメージすることです。

 おそらく、それほどの距離は飛べないでしょうから、取り敢えず、この檻の外へ。


「何っ!」


「「「ルーナっ!」」」


 ジュール元教諭の声と、シュロスたちの声が重なります。

 大分魔力を持って行かれました。これでは対抗戦に支障をきたすかもしれません。

 それでも後悔などこれっぽっちもないどころか、達成感すらあります。

 

「大丈夫っ?」


 差し出されたリアの手を取って、ふらふらとする頭で立ち上がります。


「一体、何が……。そういえば、前の時も……」


 檻の中で呆然としているジュール元教諭が焦って檻の中から出てきたときに、私たちの前に、ジュール元教諭の視線から庇う様に真っ赤なマントが翻りました。


「ルーナ、大丈夫だったかい?」


「はい、ルグリオ様」


 焦ったような、心配なさっているようなお顔のルグリオ様は、私たちの無事を確認されると、何もおっしゃられずに微笑まれながら抱きしめてくださいました。それからしばらく、後ろにいらっしゃるジュール元教諭のことなど気にも留められていらっしゃらないご様子で、私たちの前に膝をつかれると、深く頭を下げられました。


「遅くなって本当に申し訳ない。忠告を受けていたにも関わらず、この失態。さらには犯罪者の管理の杜撰さ。決して償えるものではないけれど―—」


「ルグリオ様」


 ルグリオ様のお言葉を遮って、私はルグリオ様の頭を抱きしめさせていただきました。


「ルグリオ様がお気になさる必要はございません。私は、あなたの婚約者はそこまで弱くはないのですよ」


「そうです。ルグリオ様がそのように頭を下げられる必要はございません」


「罪を犯そうとする方こそが悪なのです」


「ですからどうか、頭をお上げください」


「君たちにも本当に怖い思いをさせてしまった。決して償えるものではないけれど、本当に申し訳なく思っている。僕に出来ることならば何でもしよう」


 ルグリオ様はシュロス達を順番に強く抱きしめられます。シュロス達は真っ赤になって、口をぱくぱくとさせていました。


「殿下! ルグリオ殿下! どちらですか!」


 扉の外から声が聞こえてきたので、シュロスが走って開けに行きました。


「くそっ!」


 反対側の窓へ向かって、檻から這い出してきたらしいジュール元教諭が走り出します。


「今更、逃げようってわけじゃないわよね」


 ロッテが空中で一回転してジュール元教諭の前に飛び降ります。挟み込むようにして、こちら側にはリアが構えています。


「どけぇ!」


 ジュール元教諭は叫び声をあげながら、ロッテに向かって突進してゆきます。おそらく、そのままの勢いで、壁を破壊して逃亡するつもりでしょう。


「どくわけないじゃない」


 ロッテが勢いよく右手を振り上げると、それに合わせて床から壁がせり上がります。


「ぐぇっ!」


 それも突き破るつもりだったのでしょうか、壁にぶつかってゆかれたジュール元教諭は、跳ね返されて、崩れ落ちます。


「お、おのれぇ……ぐおおぉぉ!」


 上から物凄い力で押さえつけられているかのようにジュール元教諭が潰れます。周りが歪んで見えるほどの重力がかかり、全く動ける気配がありません。


「ルグリオ・レジュール!」


「本来ならば引き裂いても足りないと思っているところですが、彼女たちの手前、生々しいのは避けておきます。さすがに、対戦の前に気持ちの悪い光景は見せたくありませんから」


 シュロスに案内されてこられたルードヴィック騎士長様が、手枷と足枷、猿轡を噛ませられます。


「ここへ来たのはあなた達だけですか?」


「はっ! 民間の、エクストリアの学院生と思われる生徒たちはすでに保護してリリス様の下へ送り届けております」


「ご苦労様。では、事後処理はお願いできますか?」


「殿下の仰せのままに」


 跪拝し、引きずるようにジュール元教諭を連れてルードヴィック騎士長様方が出て行かれると、私たちは腰が抜けてしまったかのようにその場に崩れ落ちました。


「あっ、対抗戦が!」


 今までそれどころではなかったので、そのために戦っていたにも関わらず忘れていたため、ロッテが焦ったような声を上げます。


「遅刻で許して貰えるのかしら」


 シュロスも暗い表情でため息をついています。


「そのことならきっと大丈夫だよ」


「どうしてでしょうか?」


 自信がおありのように微笑まれたルグリオ様にリアが尋ねます。


「歩けるならついてきて」


 立ち上がった私たちは、ルグリオ様に続いてフィールドへと向かいました。

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