アースヘルム王国へ向かって
学院編に入る予定だったのですが、こちらを先に済ませなければならないなと思ったので。
予定が変更されてしまい、楽しみにしてくださっていた方には申し訳ないです。
周辺各国を騒がせていた誘拐事件が決着し、それぞれの国への通達も滞りなく済んだことで少し暇ができた僕は、ルーナと一緒に出掛けることにした。
行き先は、ルーナの生まれた国であるアースヘルム王国。
婚約直後のドタバタや、誘拐事件が発生していたため、まだ済ませていなかったルーナのご家族、及びアースヘルム王国の国民への挨拶に向かうためだ。
「それでは、父様、母様、姉様。行ってまいります」
朝の日の光を反射して眩しく輝く真っ白な馬車の前で、見送りに出てきてくれた父様、母様、姉様に出立の挨拶をする。
「うむ。しっかりするのだぞ。ルディックにもよろしく伝えてくれ」
「あなた。ちゃんと、ルディック国王と呼ばなくては駄目でしょう。ルグリオ、それにルーナちゃんも、道中気を付けるのよ。アリーシャ王妃にもよろしくね」
父様と母様は、ルーナの両親であるルディック・リヴァーニャアースヘルム王国国王様とアリーシャ・リヴァーニャ王妃とは昔から親交が深くいらしい。さすがに、戴冠してからは滅多なことでは会うことが出来なくなっているということだけれど、今回、僕とルーナが挨拶に伺うに際して、色々と言伝を頼まれた。
「私も一緒に行けないのは残念だけれど、今回の主役はあなた達だものね。こっちで帰りを待っているわ」
姉様は僕たちと一緒にアースヘルム王国へ行けないことを、非常に残念がっていた。先日の件もあり、今回の同行は許可してもらえなかったようだ。姉様は恨みがましそうに母様を睨んでいた。
「ルーナのお兄様とお姉様、アルヴァン様とカレン様にも、次は是非にと伝えてね」
前回、アルヴァン様とカレン様がコーストリナへいらした際には、事件の伝達という目的があったため、僕は偶然お会いすることができたのだが、滞在時間も短く、ほとんど会話を交わすことができなかったことを姉様はとても残念がっていた。
「今回は無理だったけれど、次回行くときには一緒に行こう、姉様」
姉様のことだから、向こうに着いた途端に転移してくるのではないか、と考えられないこともないが、先日の件もあり、母様が目を光らせているので今回はさすがに無理だろうと思う。姉様は、ルーナを抱きしめると囁いた。
「ルーナ。ルグリオを頼むわね」
「はい。セレン様」
姉様。それって、頼む相手が違うんじゃないのかな。
「姉様、それは僕の役目じゃないの」
姉様は、何を言っているんだこいつは、みたいな目を向けてきた。
「あなたがルーナをしっかり見ているのは当然じゃない」
わざわざ口に出して言うことじゃないでしょ、と。たしかに。ぼくもそう思ったので、それ以上は何も言わなかった。
道中しばらくは、何事もなく進んだ。天気は崩れることはなかったけれど、さすがにまだ春にはなっておらず、馬車の外は寒さを感じる。ちなみに、馬車の全体には暖かくなる魔法をかけているので、御者の人に聞いてみても、特に寒さは感じないとのことだった。逆に、感謝までされてしまった。
「ルーナ、大丈夫かい。寒くはないかな」
「いえ、暖かいです。ありがとうございます、ルグリオ様」
馬車の中は意外と広く、僕とルーナは向かい合って座っていた。
「僕もアースヘルム王国へ行くのは初めてなんだ。だから、アースヘルムのことを話してくれないかな」
「わかりました。ルグリオ様」
僕はルーナの話しに耳を傾けていた。
「アースヘルムの特徴として良くあげられるのは、学問や芸術に非常に力を注いでいるということです。季節の変わり目などには、音楽会や美術博覧会などもよく開催されますし、国民の皆さまも分け隔てなく、皆さん、進んで参加されています。芸術祭や音楽祭では、コーストリナの収穫祭のような賑わいをみせるんですよ」
「そうなんだ。この前はコーストリナで収穫祭に参加していたから参加できなかったけれど、次はアースヘルムのお祭りに参加してみるのもいいかもしれないね」
「そうですね。そのときは、私がご案内いたします」
そこまで言って、ルーナは何かに気付いたようにしょんぼりした。
「ですが、その時期は私は学院に通っているので、行くことができないかもしれません」
許可は出してもらえるかもしれないけれど、その時期は学院もお祭りの時期だ。大抵、この手のお祭りはどこも時期が一緒なので、全て出席するのは難しい。
「大丈夫だよ。まだまだこれから機会はいくらでもあるし、もしかしたら、外出許可も貰えるかもしれないだろう」
僕は、ルーナを励ますように声をかける。
「そうかもしれませんね」
ルーナの不安も少しは解消されたみたいで、微笑を浮かべていた。
そんな風に、談笑しながら馬車に揺られていると、馬車が停止した。ほとんど揺れを感じさせなかったのはさすがだと思うけれど、気になった僕は小窓を開けて、御者の人に尋ねてみる。
「どうしたのですか?」
「失礼しました、ルグリオ様、ルーナ様。道の真ん中に倒れている子供がおりまして」
僕は、ルーナには馬車の中で待つように言って、自分は馬車から降りて、確認する。
道の中腹には、裕福ではなさそうな格好の黒髪の男の子と栗毛の女の子が、疲れ果ててしまったかのように倒れ込んでいた。幸いなことに、まだ息はあるみたいだけれど、この寒さの中で放り出されていては大変なことになる。僕は御者の人と協力して、二人を馬車の中まで運び入れた。二人はルーナと同じくらいの年齢に見えた。
「ルグリオ様、どうされたのですか?」
「道の真ん中で倒れていたんだ。手伝ってくれるかな?」
「はい。もちろんです」
僕とルーナは協力して、二人に治癒の魔法と身体を温めるための魔法をかける。とりあえず、凍死、凍傷の危険は去った。
僕たちは、二人が目を覚ますのを待った。
僕たちが昼食の準備をしていると、二人が目を覚ました。
「ここは……?」
女の子の方は、まだ、意識が覚醒していないようだけれど、男の子の方は気がついて、辺りを見回している。
「気がついたかな?」
僕が声を掛けると、男の子はビクッっとしたように女の子を庇って、蹲った。
「お、俺達はもう何も持ってない! 本当だ、信じてくれ」
「何があったのかはわからないけれど、ここには、君が思っているような不安はないよ」
僕は出来る限り優しく、声を掛けた。
「僕は、コーストリナ王国第一王子ルグリオ・レジュール。そっちに座っている綺麗な女の子はルーナ・リヴァーニャ姫。僕のお嫁さんだよ。僕たちは君たちを害したりはしない。だから、よかったら、君たちのことを話してくれないかな」
男の子は、僕を見て、それからルーナを見て目を見張ったようだった。
「きれい……」
「メル、気がついたのか?」
女の子の方も気がついたみたいだった。
「……カイ。……ここは……私たちはどうなったの?」
「……わからない。まだ、安心はできないけど、どうやら追っ手は巻いたみたいだ」
「そう」
追っ手という言葉は気になったが、メルと呼ばれた女の子も目が覚めたようなので、僕は跪くと、改めて名乗った。
「改めて。僕は、コーストリナ王国第一王子ルグリオ・レジュール。そちらに座っている綺麗な女の子はルーナ・リヴァーニャ姫。僕のお嫁さんになる子だよ。よければ、あなた達のことを話してはくれないかな。僕たちでも力になれることがあるかもしれない」