5年 vsサイリア 決着
私も名乗りを上げて進み出ようとしたところ、サンティアナが左手を伸ばして私の行く手を遮るように、一歩前へと踏み出しました。
「ルーナ。ここは私に任せて下がっていて」
ですが、相手―—ファルニーさんは私を名指しされたのですし、ここで私が出なければ、先輩として示しがつかないのではないでしょうか。
「サンティアナ、彼女は私との勝負をご所望のようですから……」
私たちが双方譲らずに見つめ合っていると、突如として地面に亀裂が入り、私たちを分断しました。
「人が話している最中に割り込むなんて無粋な方もいたものですわね」
地面から生えてきた真っ黒い骨の腕を相手にしながらサンティアナが振り返ります。
「直接攻撃しなかっただけまだ優しかったと思うけど?」
聞こえてきたのは少女の声。私たちが両方とも振り返るわけにはいきませんけれど、片方も振り返らないわけにはいきませんから。
「ルーナ」
「ええ。分かっています」
それだけ言葉を交わすと、私は校章とファルニーさんに、サンティアナは後方の声の主に対して、背中合わせになってそれぞれ向き合います。
「改めまして、エクストリア学院5年、ルーナ・リヴァーニャです。一手、よろしくお願いいたしますね」
私が名乗った途端、辺りがピンクの花びらの嵐に包まれます。
彼女が天へ向けた人差し指から次々に生み出されているような花吹雪が、意志を持つかのように私に襲い掛かってきます。
私も自身を守るための半球状の障壁を展開しているので、直接の効果は受けていませんけれど、眼前の景色が花吹雪に塗りつぶされていて、どうやら探査系の魔法を妨害する効果もあるらしいこの花弁により、私はその場で立ち往生します。
花びらの舞い散る渓谷は、視覚的には大変美しいもので、おそらく観客席からはこの幻想的ともいえる光景に感嘆の溜息がもれていることでしょう。
しかし、実際に対峙している本人からすれば、厄介であることに違いはなく、大変困ってしまいます。
一度燃やし尽くしてしまっても、次から次へ新しいものが作り出されているらしく、その花びらが尽きることはありません。魔力の勝負に持ち込めば限界量的には勝つことが出来るのかもしれませんけれど、出し切ってしまってはこの後のことに差し障ります。
あちらとしても、無限に作り出し続けることは出来ないでしょうけれど、このままこの場所に釘づけにされ続けるのもよろしくありません。
「多少強引にはなりますが、仕方ありませんね」
私自身を起点として、おそらくはサイリアの校章が含まれていると思われる範囲まで、結界を広げます。
やはり、正確な位置は特定することが出来ませんでしたけれど、最初に相対した時の距離を考えれば、これだけ広げれば十分でしょう。
いまだに決着していないということを考えると、おそらく、この花弁の舞う範囲、量にも限界はあると思われます。もっとも、彼女の魔力に依存はするのでしょうけれど。
「燃やしてしまっては風情がありませんから」
私は広げた結界を収縮して、辺りに広がった花弁を結界の箱の中に閉じ込めます。
視界が開けたことにより、ファルニーさんと校章をはっきりと捉えることが出来ます。
「あっ」
驚く一瞬の間に距離を詰めて、動きを封じるために彼女の四方を地面から作り出した壁で囲います。
それだけで動きを封じられてくだされば楽だったのですけれど、そういうわけにもいきません。作りだした壁は腰の辺りから綺麗に切断されてしまいました。
「そうお急ぎにならず、もう少し私の相手をしてくださってもよろしいのではありませんか、ルーナ様」
ファルニーさんの両手は白く光り輝いています。先程遭遇した方と同じような力が込められているのでしょうか。その方は今も後ろでサンティアナと戦っているはずなので、強力であることには間違いはなさそうです。
ダンスのように、花びらに守られた校章の周りを、音楽はありませんでしたけれど、私とファルニーさんはくるくると立ち位置を変えながら回り続けます。
このまま彼女の隙を伺うことも出来るのでしょうけれど、それではせっかく急いできた意味が失われます。今の勢いに乗ったまま、勝利にまでこじつけたいところです。
幻術程度では騙されてくださるとも思えませんし、そもそも、攻撃を受ければ消滅してしまう幻影では、この間合いからでは時間稼ぎにもなり得ません。
「仕方ないですね。シンプルにいきましょう」
一旦後ろへ飛び退り、障壁を展開すると、押し切るだけの速度を出すために、ただ速さだけを求めて、全身に雷を纏います。上手にやらなくては自分の身体が焼け焦げてしまう恐れもありますけれど、今まで失敗したことはありません。キャシー先輩がお得意だった魔法です。
「では参ります」
と告げた私の言葉すらも後方へ置き去りにして、ただ一直線に進みます。
同時に索敵の魔法の強度を最大限まで高めます。誤魔化されているときには位置情報が曖昧に伝わるのですけれど、今回ははっきりと認識することが出来ました。もっとも、こちらの魔力を上回られていては意味がないのですけれど。
景色がゆっくりと、ほとんど停止しているような中を校章へ向かって、私に手を伸ばしているファルニーさんの横を駆け抜けます。
音も聞こえず、視界も白と黒に塗りつぶされています。
限界が近付く中で、校章へと手を伸ばします。
ギリギリまで加速しているからとは言っても、現実を無視することは出来ません。
校章に付与されたファルニーさんのものと思われる魔法が、私が伸ばした手を遮ります。
その花びらを払った手が裂け、幾筋かの切り傷が右手の甲に走ります。
校章を掴んだ私が魔法を解くと、辺りが色のある現実の世界へと帰還します。
「っつ」
さすがにバランスを崩した私は校章を掴んだまま硬い地面を転がります。
「はっ」
ようやくファルニーさんが私の方を振り向かれたのは、決着の合図が出されるのとほとんど同時でした。
「ルーナ、大丈夫っ?」
手のひらの中で二つになった校章を見つめていると、サンティアナが駆け寄ってきます。
「ええ、大丈夫ですよ」
裂けた手は一応、表面上は治癒しておいたのですけれど、滴れ落ちた血の雫の後は誤魔化すことは出来ませんでした。
「ルーナ、いくら何でも無茶し過ぎよ。……まあいいわ。他の皆が集まってきてそれに気づく前に早いところ整列に向かいましょう」
これだけ近くで見られると気づかれてしまうのですけれど、あんまりすぐに治癒魔法をかけてしまうのも本人の免疫力の向上を考えるとよろしいとは言い切れません。
私がしたのは、言葉通り、表面上、皮膚を繋げただけですので、当然痛みはありますし、いうなればすぐに壊れてしまう包帯のようなものですからそれほど気にする必要もないでしょう。
もっとも、この後、事に当たる前には治してしまった方が良いと思いますので、あまり意味があることだとは思いませんけれど。
「そうですね」
差し出された左手を取ると、サンティアナが引っ張り起こしてくれました。
「ありがとうございます」
私はすでに元に戻った競技場の中、勝者が敗者にかけられる言葉はありませんから、こちらへ駆け寄って来られるサイリアの方に後のことはお任せすることにして、手を振るアーシャたちのところへと歩いて行きました。