過去からの手?
対抗戦の最終日、普段通りに目を覚ました私たちは、揃って朝食をとりました。
昨晩のことは気になりましたけれど、何も知らないだろう他の学院生に不安を抱かせたくはありませんでしつぃ、対抗戦というお祭りを心から楽しんでもらいたかったので、トゥルエル様、リリス先生にお話しするだけに留めておきました。
「ルーナは昨日のこと、どう考えているのかしら?」
朝食の席でも、当然ながらその話題が持ち上がり、前の席に座ったシュロスが、周囲に配慮しつつ、囁くように尋ねてきました。内緒話を擦るにもかかわらず、遮音結界を作らないのは、魔法を使ったことすら悟られないようにするためでしょう。
結局、昨日は学院へ戻る前にあのような事態になってしまい、寮へ帰り着いてからも改めて話そうという雰囲気ではなくなってしまいました。
行きがかり上、アーシャとロマーナ、サンティアナには話をしてしまいましたけれど、これ以上話してもいいのかどうかという不安はあります。
たしかに知っていることと知らないでいることならば、知っている方が良いに決まっています。知らないところで、知らないままに解決されてしまうのならば話は違いますけれど、すでに私たちは何らかの事件、もしくは企てに巻き込まれてしまっています。
事件の渦中にいるにもかかわらず、その事件のことが何もわからない状況では、打つ手どころか考えることさえままなりません。
私は正直に話すことにしました。
「……そのことについてですけれど、できれば、代表者が全員集まってからにしましょう。他の皆への注意はトゥルエル様が引き受けてくださるとのことでしたので」
トゥルエル様のお顔を窺うと、真剣な表情で頷いてくださいました。
他の寮生はまだ起き出してきていませんし、私たちは準備等もあるため皆が起き出すのを待っているわけにはいきませんから。……収穫祭のときのように、皆が起きていてくだされば容易だったのですけれど。
「分かったわ」
食堂で話し込んでしまうわけにもいかないので、荷物を持つと、私たちは競技場へと移動しました。
更衣室で荷物を降ろすと、外には誰もいないことを確認してから話し始めます。
シュロス達は勿論のこと、先に話をしていたアーシャ達も神妙な面持ちで耳を傾けています。
「犯人、と言っても良いのか分かりませんけれど、彼らは私たちのことを知っている様子でした」
「うーん。でも、ルーナじゃねえ」
ロッテがそう言うと、他の皆も頷きます。
他の誰なら絞り込んでいくことも出来るのでしょうけれど、こう言っては何ですけれど、この学院に通っていても、人様からの認知度には大きく差があります。
私は自分が王女であることに対して驕ったことはないと思っていますけれど、誇りを失ったことはありません。その自覚を持って行動しています。それは変えることのできない事実で、変えたくないことでもあります。それは、一学生というこの身を大事にしている今この時でも同じです。矛盾しているかもしれませんけれど、曲げることはしたりしません。
「クーデター、もしくは他国からの侵略戦争の一部、という可能性が捨てきれないのよね。それはそれで大問題だけれど」
シュロスが顎に手をかけて、考えを巡らせるように手に持ったカップを見つめています。
「でも、それならわざわざルーナに宣戦布告する必要はないんじゃない? たしかに王女様だけど、逆に言えばまだ王女様でしかないのよ?」
ラヴィーニャの言うことも分かります。他国からの戦争であるならば、宣戦布告を私にする意味はないですし、他の用途なのだとしたら、もっと直接、例えば誘拐などの手段に出た方が手っ取り早いはずです。
たしかに、春以降になれば、私は王女ではなく女王になるわけですけれど、今はまだ違います。もし、それを踏まえてなおのことなのだとしたら恐れる必要などありません。所詮はその程度のものだということだからです。
「そうね。だから、きっと向けられたのは王女様に対する恨みなんかじゃなくて、学生としてのルーナに対する何らかの感情なんでしょうね」
サンティアナに続いて、アーシャが口を開きます。
「学生としてのルーナって言われても、それこそ何か人に恨まれるようなことなんてあったかな?」
「ルーナを恨んでいるっていったら……、うーん、マーキュリウスさんとか?」
シュロスが告げると、周りからは苦笑が聞こえます。
「ないない。ないでしょ、それは」
「彼にそんなことする理由はないでしょ。彼はバカだけど、あの時にあそこに出入りできるはずないじゃない」
「一つ、良いですか」
皆がやいのやいのと個々人の考えを発していると、冷静な声が私たちの頭にすっと沁み込んできました。
「あなた達は先程からルーナに断定していますが、それは正しいのでしょうか?」
ハーツィースさんはゆっくりと紅茶から視線を上げると、私たちを真っ直ぐ見つめます。
「聞いている限りでは、ルーナにかけられたというその言葉も、明確にルーナを差しているわけではないのではないですか。そもそも、こちらに聞かせる狙いがあったのかどうかも分かりませんし、少なくともこの学院が標的であることは間違いなさそうですけれど、他の事は憶測にすぎないのでしょう? 憶測に憶測を重ねるのは、あまり賢いとは言えないですね」
ハーツィースさんは飲み終えたカップを置くと、凛として立ち上がられました。
「確たる証拠もなしに、推測や憶測、思い込みだけで罰することは出来ないでしょう? それは人間もユニコーンも変わらないはずです」
まあ、私たちは人間の悪意には敏感ですが、と付け加えられました。
皆が黙り込む中、私は昔のことを思い返していました。たしか、似たような台詞をどこかで……。
「どこかで聞いたことのあるような声だとは思っていましたけれど」
「どうしたの、ルーナ?」
もちろん、確実に言い切ることは出来ませんし、全く他人の可能性もあるわけですけれど。
「おそらく、相手はジュール・グフビル元エクストリア学院教諭です」
「誰だっけそれ?」
リアが首を傾げます。多少の違いはあれど、皆似たような反応です。
「あの人、捕まってたんじゃなかったの?」
唯一覚えていたのはアーシャだけで、まあ、ある意味当事者と言えないこともないですし、不思議ではないですけれど。
本当の当事者がいらっしゃれば、大変気の毒には思いますけれど話は早勝手のですが、幸い、私たちの中に実際に被害に遭った方はいなかったようです。もしいれば、忘れているはずはありませんから。
「それは確かだと思いますけれど、たとえ捕まっていても、無償での社会奉仕という名目で外には出てきます。これは望む望まないとに関わらずです。組合等で管理されていますから、皆知っているとは思いますけれど」
コーストリナにおいて、組合にでている掲示板でのお尋ね者の依頼や、それぞれの組織で罪を犯した方達は、多くが組合の方達の管理下に置かれます。
もちろん、全く反省が見られない、更生の見込みが全くないなどといった例外もありますけれど、そういった方の行く末は、多くが社会奉仕のための活動への従事になるそうです。
それは例えば街中の清掃だったり、人手の足りない場所への、監視付きでの派遣です。
私たちは首をひねって思い出そうとしている皆、それから事情を知らないハーツィースさんのためにも1年生の時の話を思い出させます。
「あー、そう言われれば、たしかに1年生のときの運動科目の教師はそんな名前だったかもね」
「よく憶えてるわね」
「それで、その人の声に間違いないのね?」
私は、90パーセントは、と頷きます。さすがに、4年前の特定個人の声を正確に思い出して、先程ちらりと耳にしただけの声と照らし合わせるのは困難です。
「ルグリオ様やセレン様でしたら私よりも良くご存じの事と思いますので、後程、お伝えしておきます」
私がそう言ったことで、取り敢えずこの場ではお開きとなり、時間も迫ってきていましたから、私たちは急いで競技場に出て、準備運動を始めました。