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対戦の後の一幕

 対抗戦の初日が無事に終了したので、本来ならば一刻も早く学院へと戻って、シャワーとお風呂をいただいて、夕食を済ませて明日の対戦に向けて身体を休めなくてはいけないのですけれど。


「お疲れ様、ルーナもそれに皆も」


 挨拶を済ませてフィールドを後にした私たちが更衣室まで戻ってくると、扉の前の壁にルグリオ様が寄りかかっていらっしゃいました。


「ありがとうございます、ルグリオ様」


 ルグリオ様が、競技を終えて多少なりとも疲れている女性の前に理由もなく姿をお見せになるはずもありません。現に、私以外は若干後ずさったり、袖を引っ張って匂いを嗅いでいたりしていました。

 今日はこの一戦だけで終了の予定なので、お風呂をいただくのは学院に戻ってからのことになります。

 二日目には2校と対戦があるため、お昼の休憩の間等でお願いすればいつでもその学校のシャワー、もしくはお風呂等の施設を貸していただけることになっていると聞いています。

 男子生徒は浄化の魔法をかけるだけで済ませてしまわれることが多いそうなのですけれど、私たちにとってはありがたい話です。


「ルグリオ様、私に何かお手伝いできることはございますか?」


 セレン様がいらっしゃらないということは、予想以上に難航している可能性が高いということです。

 正直なところ、明日の対戦のためにも、そして寮長としても他の皆を―—同級生も、もちろん下級生も―—巻き込むわけにはいかないのですけれど、自分が報告した件としては任せきりにしてしまうのも悪い気がしますし。もちろん、セレン様とルグリオ様を心配するなど、それこそそんなこと必要ないよと言われてしまうのかもしれませんけれど。


「大丈夫だよ。姉様の事なら。僕が心配しているのは別の―—」


 ルグリオ様はそこで言葉を切られると、私たちを庇うように前へと出られました。

 ルグリオ様の視線の先、私たちが歩いてきた方とは逆の、出口へと向かう先から複数人と思われる足音が近づいてきます。


「ここは僕に任せて、皆は早く中に―—」


 そう言われて、私は1年生から順番に更衣室の中へと誘導したのですけれど。


「ルグリオ様。私たちは学生である前にコーストリナ国民です。王子様とお姫様を残して自分たちだけ避難したとあっては両親兄弟に怒られます」


「試合の疲れがないとは言えませんけれど、決して足手まといにはならないとお約束いたします」


 シュロスとサンティアナが私とルグリオ様の前に、ロマーナとラヴィーニャが背中側へと、譲るつもりなどこれっぽっちもないかのように立ちはだかり、意志の籠った声で宣言しました。


「……君たちの厚意はとても嬉しいんだけど、ここで君たちを戦わせたとあっては僕がトゥルエル様に怒られるような気がするんだけど」


「つまり、ここで私たちが相手をしたなら、ルグリオ様が学院までいらしてくださるということですね」


 リアが弾けるような笑顔で振り向いて、ルグリオ様は困ったようなお顔をされました。


「アーシャ、シェリル、ロッテ、リア、それからハーツィースさんも。できれば中で下級生の皆をお願いできますか」


 私が頼むと、5人とも、流石にこの場において議論を挟むつもりはないらしく、すぐに頷いて、部屋へと入り、ドアを閉めてくれました。

 扉が閉まるのと同時に、通路の奥から魔法が飛んできます。

 白く立ち込める煙が視界を塞ぎそうになったところで、シュロスが腕を一振りすると、一気に集められた煙が形を変え、鋭く尖った杭となって元来た方へと勢いよく飛んでいきます。


「何っ!」


 まさか反撃があるとは思ってもいなかったのか、驚く声が聞こえてきます。相手の戦力を考慮していない時点で三流以下ですけれど、黒幕を引き摺り出すためにもここで逃がすわけにはいきません。


「こんなところで戦ったら建物が崩れてしまうでしょう」


「少しは考えて魔法を使いなさいと習わなかったのかしら」


 シュロスとサンティアナは目配せをして頷きあうと、天井と床に強化を施し、さらに通路のほとんどを覆ってしまうような遮音結界を作り出します。


「目的の一団を発見。更衣室前の廊下で交戦」


 左右から姿を現した暗色系の服装に身を包んだ一団のうち、片方の後ろにいる男性と思しき背の高い人物が紙に向かって何事かつぶやくと、その紙が瞬く間に折りたたまれて、どこかへ飛んでいこうとしています。


「させませんわ」


 サンティアナがその紙を燃やし尽くしてしまおうと飛ばした火矢は、手紙に届く前に防壁によって弾かれて消されてしまいました。


「あなた達の目的をお聞かせ願えますか?」


 ラヴィーニャの落ち着いた声が背中側から聞こえてきます。こちらへ向かってきていた物体が払い落とされ、消滅したのが感じられました。


「そうですか。それなら、無理やりにでもお話していただく必要が出てきそうですね」


 ロマーナの鋭い声と共に冷たい空気が流れてきて、振り向くと、拳大の氷の礫が相手に向かって勢いよく降り注いでいるところでした。

 対抗戦と違い、実践で容赦などするつもりはないらしく、明らかに相手を排除するための意思を持った攻撃が続きます。

 もちろん、それは相手も同じことで、ここに至って撤退という賢い判断も出来ないようで、害するつもりで魔法が次々放たれます。

 もっとも、相手の魔法は私たちどころか通路の壁にひびすら入れることは叶いませんでしたけれど。


「何故だ、何故我々の攻撃が学生の魔法を突破出来ないんだ!」


 相手方の焦った声が響きます。時間をかければかけるほど、相手方にとってはまずいことになるこの状況。おそらくは学生の集団程度、すぐに制圧してしまおうと考えていたのでしょうけれど。


「自分たちも学院で学んでいたこともあったのでしょうに。残念な方達ですわね」


 サンティアナが同情するように吐き捨てます。同情というよりも哀れみでしょうか。


「仕方ないわ、サンティアナ。なんせ、王女様や王子様、そしてか弱い女子学生を襲うような方達ですもの」


 ラヴィーニャも明らかに相手を煽るような、そんな物言いです。


「くっそお!」


 私が認識できたのは、彼らのうちの一人がそのように声を上げたところまででした。

 そちらを振り向いたときには、いつの間にやら私の隣から移動されていたルグリオ様が、一人を取り押さえて床から立ち上がられるところでした。


「魔法もそうですけれど、女性に刃物を向けるなど、容認できようはずもありません」


 彼らは、もちろんシュロスたちも同様ですけれど、何が起こったのかまったくわからないという様子で呆然としていました。今まで離れていた人物が、加速でもなく、突然目の前で人を取り押さえていたのですから無理もないでしょう。


「シュロス! ラヴィーニャ!」


 私が声をかけると、即座に反応した二人が、相手の動揺が収まらないうちに、いまだ戦意を向けていた相手の意識を刈り取りに走ります。

 サンティアナとロマーナは、そんな二人を守るための障壁を二人の周りに展開します。

 四肢を炎で貫かれ、治癒の魔法も使えぬままに、意識を落とされた一団は、一気に瓦解しました。


「終わりましたよ」


 ルグリオ様がお出しになられた縄で全員を縛りあげると、私は部屋の中へと顔を見せました。


「そうですか」


 ハーツィースさんも安心したような顔を浮かべられて、アーシャ達も互いに手を取り合っています。


「後は姉様だけだね」


 ルグリオ様のお言葉が聞こえたわけではないのでしょうけれど、丁度良く、セレン様もお戻りになられました。

 セレン様はルグリオ様と一瞬目配せをされると、倒れている方達には目もくれずに、私たちに微笑みかけられました。


「対戦の後だったのに悪かったわね。お疲れ様」


 ルグリオ様とセレン様に送られて馬車まで辿り着いた私たちはそのまま学院へととばしていただきました。もちろん、皆がお風呂と食事を心待ちにしていたからです。








「どうだった、姉様」


「ええ。黒幕、といっていいのか分からないけれど、そっちへ向かうのは、もう大分遅くなってしまったし、お母様やお父様に気取られても厄介になるから、明日にしましょう。不本意だけど」


「大丈夫なの?」


「多分ね。狙いは学生みたいだったし、今はもう皆帰っているから、今日のところは大丈夫ではないかと踏んでいるわ」


「一応、ルードヴィック騎士長の耳には入れておいた方がいいかな」


「そうね」


 

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