5年 vsルーラル 2
廃屋のフィールドでの対戦において始めに行うべきなのは私たちが守る校章のある位置の確認です。
他のフィールド、草原や岩場ではある程度視界が開けているためにその重要度は低くなりますけれど、どちらかと言えば閉鎖的な空間であるこの廃屋―—人によっては廃墟―—と呼ばれるフィールドでは、その位置によって守りやすさ、攻めにくさなども変わります。
私たちが学院で行っているものとは少し異なり、校章を設置する場所から自分たちで考えて選ぶことのできる―—もちろん、自陣内でのことではありますけれど―—このフィールドでは、そこからすでに各校の戦略が掛かってきています。
もちろん、毎回廃屋の構造も異なるため、前回までのものを参考にすることはほとんどできません。
つまり、フィールドが形成されて自陣が示されたところから開始までに素早く考え、決定しなくてはならないのですけれど、設置してしまえば当然動かすことは出来ません。
であるならば、その位置決めが勝敗に影響を及ぼすことは言うまでもありません。
近くに適した場所があるかどうかなど作り手である先生方の都合程度なので、運と言えなくもないですけれど、そこは流石と言いますか、私が出場したことのある過去の対抗戦の廃屋フィールド、および今回のものを比べて見ても、自陣、そして相手方の陣地において不都合があったことはありません。
そして現在私たちが守る校章があるこの位置は、建物の隅の部屋、窓はなく、地面から、つまり外から侵入してくることが難しい場所です。
「外壁を上ってきてということも考えられなくはないですけれど……」
最短距離を進むべきこの競技において、わざわざ遠回りすることがあるでしょうかという疑問が浮かびます。
たしかに、奇襲性は上がるでしょうけれど、その分時間が掛かりますし、最短距離、最適ルートで進んでいる私たちが速度と正確性に置いて後れを取るとも思えません。
双方にとって、最短距離で進み、相手とぶつかることこそが、最も効率よく試合を勧められるはずです。
時間を気にしていなかったり、余計な魔力や体力を使う余裕があるのならば話は違ってくるのでしょうけれど。
今更ながら、対戦中このように考察しているのにはもちろん訳があって、私と校章のところまで辿り着くどころか近づいてくる気配すら皆無なのです。
魔法でこの対戦のためだけにつくられたものですから別に構わないでしょうと思って、気まぐれに前方の崩れかけの壁を破壊すると、煙を巻き上げながら戦っているシェリルとシャノンさんの姿が確認できます。
「ちっ」
エイフィス様は飛び降りた先に膝をつくほどに屈まれると、唇を歪めて舌打ちを一つ漏らされます。
しかし、それもつかの間、地面がそこだけぐにゃりと歪んだかと思うと、エイフィス様を包み込んでしまおうとばかりに形を変えて、覆うように球状になっていきます。
「私なら、ルーナが相手じゃなければ自分の方が上だと思ってた?」
シェリルの言にエイフィス様は何もおっしゃりませんでしたけれど、そのこと自体が何よりの答えになっていました。
「私たちも甘く見られてるってことね」
今度はシェリルが地面を力強く蹴ると、投げ出されたボールのように一直線にエイフィス様に向かって突っ込んでいきます。
当然、受け流され、シェリルを天井へと弾くことに成功されたエイフィス様が追撃を放とうと顔を向けた時には、すでにシェリルの姿はそこにはありませんでした。
「ぐっ」
背後に回ったシェリルの強烈な一撃。簡単で早く、そして威力も申し分ない空気弾、ただし、弾くタイプのものではなく、拳大に纏められた圧縮空気塊とも呼べる代物です。
「そう何度もっ!」
即座に振り向き、障壁を展開されたエイフィス様でしたけれど、シェリルの魔法はその障壁を突き破ります。
「そんな数枚程度の障壁とはね……。もっとまじめにやりなさいよ。それとも私の、私たちの事、なめてるの?」
シェリルは藍色の髪を手で払い、それから肩の埃を払うような仕草をしつつ、生み出したパチパチと弾ける雷を纏った剣を数本、空中に浮かせて、いつでも発射できる態勢で冷静にエイフィス様の様子を観察しています。
「あなた達が普段どんな授業を受けて、どんな訓練、練習をしてこの対抗戦に臨んでいるのかは知らないわ。でもね、私たちの練習相手はルーナなのよ? その程度で勝てると思われているのなら心外、侮辱も良いところだわ。それとも、本気でやってその程度なの?」
普段の、どちらかと言えば物静かな方である、シェリルからは想像もつかないような口調。
本気で怒っているのでしょうかと思って、ちらりとシェリルの顔を盗み見ると、視線は冷たいものでしたけれど、口元は微かに弧を描いています。
「そこまで言われて黙っていられるほど、人間出来ちゃいないんだよ」
エイフィス様は床を踏み砕くほどの勢いで跳躍されると、空中では空気塊を、さらには所々の柱を足場にされながら、向きを変えつつシェリルに高速で迫って行かれます。分身……ではないでしょうけれど、かなりの速度で動いているためか、それとも幻影を作り出しているためか、影がぶれて、見かけ上、複数人いるように映ります。
「シェリルは可愛い女の子ですよ。そのシェリルを前にして浮気とはいい度胸ですね」
「へっ?」
途中で私の方にも影で出来たような真っ黒な塊が飛んできて、以前受けたことのある魔法だと少しばかり厄介だと思った私は、届く前に障壁によって空間を断ち切ります。
「そしてその手には乗りません」
おそらく、ご自身が私たち二人を引き付けてでも、この場から私を遠ざける算段だったのでしょうけれど。
「私はシェリルを、皆を信じていますから」
シェリルの方を見ると、どうやら直接攻撃を受けてしまったらしく、お腹を押さえています。
「どうしたんですか、大丈夫ですか、シェリル」
「ルーナがいきなり……いや、何でもない」
若干頬を染めたシェリルに、ふいっとそっぽを向かれてしまいました。私が何かしてしまったのでしょうか?
しかし、すぐにそんなことは考えていられなくなりました。
突如落ちてくるのを感じて、私たちと、シェリルの頭上に防壁を展開します。間一髪間に合ったようで、落雷は弾けて消え去りました。
「ルーナ寮長、ここは私が」
振り返ると、どうやらアルター様との戦いを制されたらしいシャノンさんが一歩前に進み出てくれました。
後輩を前に立たせるのはどうも申し訳ない気持ちで一杯になるのですけれど、彼女のやる気を削ぐのは良いことだとは思えませんでしたし、何より、楽しそうに笑っていらっしゃったので、私はその場をお任せしました。
「まさか、卑怯とは言わないわよね」
「当然です、勝負ですから」
姿を見せられたのは、私たちが言うのもなんですけれど、珍しく女性の方でした。
その方は優雅に艶やかな黒髪を払われると、真っ赤な瞳で真っ直ぐ私たちを見つめられ、見事にお辞儀をされました。
「ルーラル魔術学校4年、ロワーネ・トリスよ。あなたも名乗りなさい」
優雅に洗練されている仕草とは裏腹に、とても活発な方のようです。
「エクストリア学院4年、シャノン・グリムです」
「アルター先輩と戦っていたみたいだけど、続けて大丈夫かしら」
「お気遣いどうも。ですが、問題ありません」
一言二言、言葉を交わしたかと思うと、次の瞬間には辺りには灼熱の風が吹き荒れていました。
シャノンさんが歯を食いしばっているところを見るに、ロワーネさんの魔法のようです。
先制されたシャノンさんですけれど、何とか持ち直しているようで、同じように灼熱の風が、今度はこちら側、シャノンさんの方からロワーネさんに向かって吹き付けます。
「力比べね。ふふっ、面白いじゃない」
「負けませんよ」
ややシャノンさんに寄った位置で、双方向からの風がぶつかり合います。