動き出していた事
私たちのくじ引きの結果は前々回と同じ、初日の今日はルーラル魔術学校へ、そして二日目の明日はエクストリアへ、サイリア特殊能力研究院の方達とイエザリア学園の方達をお迎えしての対戦となりました。
ちなみに、前々回がじゃんけんだったり、前回がくじ引きだったりとしているのは、特に意味があることではないらしく何となくなのだそうです。
「いい加減な仕組みよね」
「そうですね」
シュロスの言はもっともで、たしかにどちらも運の要素で結果を決めていることには変わりがないのですけれど、何となくもやもやします。
「そんなこと私たちが気にしてもしょうがないじゃない」
「はやく馬車に向かおうよ」
アーシャやリアはそのようなことは気にしていないらしく、素直にくじ引きの結果に満足しています。
他の学校の選手や先生方はすでにほとんどが退出されていて、私たちが最後のようです。
「そうですね」
「……今のうちに精々楽しい夢でも見ておくんだな」
講堂を出る際、そのようなつぶやきが聞こえ、私は後ろを振り返ります。
私は寮長として皆の一番後ろからついて歩いていたので、当然、私の後ろにはどなたもいらっしゃいません。入れ替わりに入って来られた清掃の方が机や台を片付けていらっしゃるだけです。
声を聞いただけでしたし、聞き覚えがないようなこともありませんでしたけれど、すぐに思い出すことはできません。一人だけならば確認も容易でしたでしょうけれど、複数人でははぐらかされて、時間をとられるだけで終わってしまいます。
「どうかした、ルーナ?」
サンティアナが首を傾げていますが、今の言葉は聞こえていなかったようです。私だけに伝えられたというのはいささか考え過ぎでしょうか。
「いえ、何でもありません」
結局確認せずに振り向いた私は、すぐに話してしまうべきかとも考えましたけれど、これからルーラル魔術学校との、それも相手校での対戦を前に、いたずらに不安を誘発させるようなことはしたくありませんでしたから、とりあえず今のところは何も告げずに小走りで皆の下に駆け寄りました。
「それで、本当はどうしたの?」
馬車の中でトゥルエル様が作ってくださったお弁当をいただいていると、同じ馬車に乗って正面に座っているアーシャがフォークを向けてきました。
「危ないからさげてください、アーシャ」
すぐにアーシャはフォークを戻して置くと、サンドイッチを口に運んでいます。
「ルーナ、少しは自分が隠し事を出来ないって認めた方がいいわよ」
隣に座ったサンティアナは口元をハンカチでぬぐいながらじっと私を見つめています。
「そうそう。話さないというのなら、身体に聞くことになるけれど……」
実に楽しそうな表情でわきわきと指を動かすロマーナがエメラルドの瞳を楽しそうに煌かせます。
「……わかりましたから、その手を離してください、ロマーナ」
私はくじ引き会場を出るときにすれ違った清掃員と思われる方達のことについて話します。
全員同じような色、素材の長袖長ズボンで、頭にも深く帽子をかぶっていたため顔も認識することは出来ませんでした。たしかなことは一つだけ、私が聞いた、おそらく私に向けてかけられた言葉だけですけれど、さすがにそれだけでは判断のしようがありません。
「ふーん。それなら、先生たちに今日あそこの清掃にくるはずだった人たちの名簿でも見せて貰ったらどう? 断定はできないけど、絞り込むことは出来るんじゃない?」
「アーシャ。そんなの偽名で登録してたら意味ないじゃない」
ロマーナはそう言っていましたけれど、その線は薄いでしょう。
専属の清掃員の方なら偽名というのは考えられにくいですし、仮に雇われの方だとしても、組合の方でそれを許すわけもないと思われます。
「私が聞いたというだけで、まだ実際に何か起こったわけではないのですから、証拠能力は低いでしょう。心当たりもありませんし、こんなに人目、しかも教育機関の先生方が集まっていらっしゃる場所でのテロというのも考えにくいです」
「じゃあ、標的はルーナってこと?」
アーシャたちの顔が上がり、視線が私を捕らえます。
「情報がほとんどない状況での断定は危険ですが……。とりあえず、馬車を降りてからリリス先生にご報告いたしましょう。私一人の方が良いでしょうから、皆さんは他の皆と合流していてください。不安を煽りたくはないので、出来れば話さないでいてくださると助かります」
「分かったわ」
「この件は、今日の夜、試合を終えて学院に戻ってから話し合いましょう」
保険もかけておいた方が良さそうです。
ルーラル魔術学校に到着して、リリス先生にご報告を済ませて、カリア先生に学校の案内と更衣室への案内をしてもらってから、私は、お花を摘みに行って参りますと断って、個室から転移しました。
転移したのは馬車の中でした。
「わっ。いきなりどうしたのルーナ」
突然同じ馬車の中に現れた私にルグリオ様は驚かれたご様子でした。
「突然申し訳ありません、ルグリオ様、セレン様」
「とりあえず、座ったらどうかしら」
お二人の間に丁度転移した私は、セレン様の隣に失礼しますと腰を降ろします。
「これからルーラル魔術学校で対抗戦のはずだよね。僕たちのところにも今しがたそう伝えられたよ」
くじ引きが行われてすぐ、国中に結果が広められたのでしょう。
「それで、何が起こったのかしら」
セレン様に尋ねられ、私は先ほどの出来事をお伝えしました。
「それは、ルーナ個人に対するものなのか、それともエクストリア学院へのものなのか、もっと大きい、教育機関に対するものなのか、直接聞いたルーナの直観ではどう思う?」
ルグリオ様に問われて、私は少し考えます。
「……他の教育機関に対するものとは考えにくいです。私個人に対するものか、あるいはエクストリア学院に関することだと思われます」
本当に私がそう思っただけですので、根拠などはありませんけれど。
教育機関全体に対するものなら、その場で即座にことを起こしてしまわなかったことに疑問が出ますし、エクストリア学院に対するものなら、あの場で私に告げる必要がないのではないのかと考えることは出来ます。
なので、最も可能性があると判断されるのは私個人に対する恨み、のようなものだとは思うのですけれど。
「分かったよ。僕たちの方でも、会場に危険、もしくは不審者がいないか見回りを手配しておくよ」
「よろしくお願い致します」
私が戻ると、あまりに遅くて心配したのか、個室の扉を叩く音が聞こえます。
「ルーナ、大丈夫?」
「すみません、アーシャ」
手を洗ってから、なぜか着替え終わっているのにまだ競技場に出て練習を始めておらず、更衣室に留まっていた皆さんに謝ってから着替えを済ませると、一緒に競技場へ向かって身体を動かしました。