15歳。
いくらルグリオ様の婚約者で、来春には結婚してこのコーストリナの王妃になることが決められているとはいえ、公務ではない私的な用事で学院を休むわけにはいきません。ましてや私は女子寮の寮長で、ほとんどないとはいえ、授業や学院でしなくてはならないこともゼロではないのですから。
「誕生日おめでとう、ルーナ。ルーナの誕生日をお祝い出来て、僕は今とっても幸せだよ」
夏季休暇も終わりに近づき、私がコーストリナへ来てから6度目の秋のはじめ、自分の意思が存在している中では、そろそろコーストリナにいる期間の方が長くなるのではないかとも思えるようになるころ、お城の広間で少し早い15歳の誕生日をお祝いしていただきました。
パーティーの最初、主賓として私が挨拶をして、割れんばかりの拍手によって開始されると、すぐ隣に座られて温かな笑顔を浮かべていらしたルグリオ様が、席を立たれ、私の前に膝をつかれました。
「これは職人さんが造ったものではないし、感覚だけで作ったものだから、もしかしたらサイズが合わないかもしれないけれど」
大切なものを扱うかのように、優しい手つきで私の手を取られたルグリオ様は、真っ直ぐに澄んだその綺麗な翠の瞳で私の瞳を見つめられて微笑まれると、静かに口づけを一つ落とされました。
それから名残惜しそうに手を離されると、慎重な手つきで、白銀の、真ん中にハートをあしらったティアラを取り出されて、そっと私の頭に乗せてくださいました。
それは驚くほど私にぴったりで、出席に際して選んでいたティアラを私はそっとしまいました。
「ありがとうございます、ルグリオ様」
結婚式用にはもちろんティアラも選んでいたのですけれど、大変申し訳ありませんが使わないことになってしまいそうです。もちろん、元々アースヘルムから持って来ていたものもです。
「ルーナ、おめでとう」
「お誕生日おめでとう、ルーナ」
ヴァスティン様にアルメリア様、セレン様やサラにメルたちからも、素敵なオルゴールや、真っ白な皮の手袋や、銀色のペンや、ピンクのヒラヒラのエプロンなど、それはたくさんの贈り物をいただきました。
「アーシャ達が言っていたんだけど、男の人が喜ぶ格好はやっぱりエプロンなんだって」
「そうなんですか、ルグリオ様?」
私が見上げると、ルグリオ様は少し困ったようなお顔をされていました。
「ルーナ、それの使い方は後で私が教えてあげるわ」
セレン様は悪戯っ子のように微笑まれて、ウィンクを一つくださいました。
使い方・・・・・・。エプロンの用途は料理をするときに汚れから守るというものだったはずですけれど、他にも何かあるのでしょうか。
例えば、このエプロンが特別製で、特殊な金属で編み込まれていて、鎧としての役割を果たすとか、魔力を帯びているといったような。見た感じ、手に取った感じは、なめらかでさらさらな手触りの、シルクのエプロンなのですけれど。
たしかに、普通のエプロンには使用されないような高級な生地が使われています。料理をするだけならば、このように高級なものは必要ないはずです。もちろん、失礼になるので、メルたちにはそんなことは尋ねませんでしたけれど。
しかし、おそらくそれとは関係がないでしょう。なぜならセレン様がこのように微笑まれるときは、大抵、ルグリオ様にも関係があるときだからです。
「姉様」
「あなたはただ期待して待っていなさい」
セレン様が意味深な台詞を告げられると、ルグリオ様はやはり困ったようなお顔をされていらっしゃいました。
「ルグリオ様、何か嬉しいことでもありましたか?」
しかし、そんな中でも、どこか嬉しそうな雰囲気をされていて、口元も少し綻んでいらっしゃるようでした。
「ああ、うん、もちろん。ルーナが15歳を迎えるのはとっても嬉しいことだよ」
そのように誤魔化されたということは、少なくともこの場では教えてくださるおつもりはないのでしょう。
私はエプロンを胸にかき抱くと、改めてメルたちにお礼を告げました。
パーティーといえば都合のいいことにダンスの練習も出来ます。
メルたちは今までも婚約パーティーや、それこそ誕生日のパーティーなどでもダンスを踊っているはずですけれど、意識しないで踊るのと、意識して踊るのとでは、身に付き方が全然違います。
今回は練習しだしていたこともあり、ただ相手にリードされるだけではなく、動きも多少なめらかになってきている様子でした。
「あっ、ごめん、ルーナ」
「足を踏むことは恐れずに、大胆に、思うように踊ってください。失敗を恐れていては上手になりませんから」
カイをリードしながら、演奏に合わせてステップを踏みます。私も演奏をしてみたかったのですけれど、皆さんにどうか演奏させてくださいとお願いされてしまいました。
「ありがとう、ルーナ」
少し頬を染めたカイにお礼を言われ、気にしないでくださいと微笑みかけます。
セレン様はレシルの、ルグリオ様はメルの、それぞれ最初はお相手を務められています。もちろん、メアリスやルノ、ニコルも、身長差など意にも介されずに優雅に踊っていらっしゃるメイドさんたちに手を取られています。
もちろん、まだまだぎこちなさは残っていますけれど、くるくると踊れるようになってきています。
「先生が良いからだよ」
「カイ達が頑張った成果ですよ」
メアリス達とは違って、夏季休暇中も組合などに行っていたカイ達は、練習する時間もそれだけ少なかったはずです。それでも、ここまで仕上げているのは、出かけている最中にも時々は思い出していたのですね、と嬉しい気持ちになります。
「……ありがとう」
相手を代え、曲を変え、私たちは楽しく踊りました。
夜、パーティーが終わって、お風呂をいただいた後、ピンクの薄いネグリジェを着て、部屋のテラスに出て月を見上げていると、扉が叩かれました。
「ルーナ、まだ起きてるかな?」
「はい、どうぞ」
失礼するよ、と入って来られたルグリオ様は、そのままテラスまで歩いて来られました。
「月が綺麗だね」
「そうですね」
まだ満月とはいきませんけれど、近く訪れるであろうそれを予感させる月は、手を伸ばせば届きそうなくらいに感じられました。
「ルーナは大きくなったね」
「そうでしょうか?」
こうして並んでいても、ルグリオ様との身長差は変わらないように思えます。
「うん。僕がシエスタさんやサラさんの方を見ていたり、メルたちと踊っていても何も言わなくなったよ」
前は可愛らしくふくれていてくれたのに、とルグリオ様は笑われます。
「見ていらっしゃったのですか?」
それともふくれていた方が良かったのでしょうか、と私は少し頬を膨らませます。
「ルグリオ様、えっと、その、ばかっ、……こんな感じでしょうか?」
私がそう言うと、ルグリオ様はとても楽しそうに吹き出されました。言った私の方が赤面してしまいそうです。
「いいや。ルーナも、元からそうだったけれど、今はもっと素敵な淑女になったんだなって」
しばらく一緒に夜空を見てから、冷えるといけないからと、室内へと入りました。
今日はまだ暖かさの残る気候でしたので、夜もそれほど冷えてはいませんでしたけれど。
「じゃ、じゃあ、僕はそろそろ部屋に戻るよ」
私はベッドに腰かけて、もう少しお話でもしていたかったのですけれど、ルグリオ様はなぜか急に、焦ったような声を出されました。
「ルグリオ様……?」
変わらず笑顔を浮かべていらっしゃいましたけれど、どこか必死さが窺えました。
「……春までは我慢するんだ、僕」
ルグリオ様は何事かつぶやかれていらっしゃいましたけれど、小さくて私には聞き取ることが出来ませんでした。
「なんでもないよ、おやすみ、ルーナ。それから、改めて、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、ルグリオ様」
優しく頬に口づけを落とされたルグリオ様に、私もキスをお返ししました。