結婚式に向けて―—ダンス
私たち学生は夏季休暇ですけれど、他の、すでに学院を卒業されていらっしゃるような方たちは、当然ながらそのような長期休暇はありません。
ルグリオ様、ヴァスティン様を含められて、お城で働いていらっしゃるメイドさんや料理人の方たちはもちろん、お城を出ても、商人、宿屋、鍛冶師、皆さん、時期に関係なく働かれていらっしゃいます。
それには当然ですけれど、冒険者、組合の方たちも例外ではありません。
「本当に大丈夫?」
その日も、私たちはお城で馬車に乗ったメルとカイ、レシルを見送りました。
本当はメルたちは歩いて行くと言っていたのですけれど、心配なされたアルメリア様を安心させるためにもということで、組合まではお城の馬車で送られていくことを、メルたちはしぶしぶといった雰囲気ではありましたけれど、承諾していました。
メルたちの格好はもちろん学院の制服などではなく、4年生の終わりに討伐した竜の素材を加工して作っていただいた防具を纏い、武器を腰に下げています。
エクストリア学院の生徒であるメルたちの主な戦闘方法は魔法によるものですけれど、魔力が無限にあるわけでもありませんし、いざという時に手に持って戦うことのできる武器があるのは心強いです。素材に関しては文句がないどころか、少なくとも一級以上の品であることは間違いありません。
「毛布はちゃんと持った? それに道具の手入れはちゃんとしている? 食料の心配はいらないの?」
メルたちの出発を一番心配しているのはサラで、間際の今まで忙しなさそうにメルたちの服装を正したり、御者さんに挨拶をしたりしています。
「もう、サラは心配しすぎだよ。私たち、学院でもこの職をこなしていたんだし、ちゃんと帰ってきているでしょう」
そう言いながらも、メルたちはとても嬉しそうにしています。
「じゃあ、待ち合わせに遅れるといけないからもう行くね。サラも皆のお世話があるでしょう」
建てられた当時、メルたちが初めて来たときには6人、サラを入れても7人しかいなかった第二クンルン孤児院ですけれど、メルたちが保護して来たりしているため、今ではその人数も少しずつ増えてきていて、もちろんシスターもサラだけではなく、以前にエノーフ地区で働いていたメイドさんたちも一緒に面倒を見てくださっています。
それに合わせて孤児院も増築されていて、今も後ろのお城のお庭では子供たちが楽しそうに駆け回っています。
「メル、無事に帰ってきてね。カイも無茶しちゃだめよ。レシル、二人をよろしくね」
最後まで名残惜しそうにメルたちの乗った馬車を見送っていたサラは、最後には少し顔を綻ばせていました。
「寂しい?」
珍しく外へと出ていらしたアルメリア様に直球でそのように問われて、サラは一瞬言葉に詰まったようでしたけれど、言葉を選びながらゆっくりと思いのたけを話していました。
「皆の成長は嬉しいですし、私の望んでいた、いえ、今も望んでいることでもあるのですけれど……、こうして、いざその時が来てしまうと少し寂しくもあるというのは私のわがままなのでしょうか」
アルメリア様は夏の日差しの下、春の陽だまりのように微笑まれて、眩しそうに瞳を細められました。
「子供の成長を見守るのは親の役目よ。それに、あなたがあの子達を大切に思っているのと同じように、あの子達もあなたのことが大好きなのよ。それはきっとあの子達がこの先どんな風に成長しても変わらないわ」
だから、無事に帰ってきたら思い切り抱きしめてあげなさい、と言われて、サラは少し嬉しそうにはいと答えていました。
私たちは馬車が見えなくなるまでその場でメルたちを見送りました。
メルたちに引きずられていた訳ではありませんけれど、今日のところは私がお城で出来る仕事はないと言われてしまったので、サラと一緒に孤児院のメアリスたちのところへ足を向けました。
私がこちらへ足を向けるのには、メアリスたちに魔法を教えたりするのと、一緒に遊ぶこと、他にも私に教えられることを伝えてあげたいと思っているからです。
「今日もダンスをしましょうか」
結婚式ではダンスは踊りませんけれど、その後日だったり、或いは前だったりに開かれる舞踏会、社交界では当然ながらダンスを踊る必要も出てきます。
メアリスたちは元々孤児院の出身ですから、私のように物心ついたときからそのような教養を身につけさせられたわけではありません。決して驕るわけではありませんけれど、私にとっては教養ではなく、当然の事だったため、ほとんど生活の一部のような感覚で、音楽も、芸術も、ダンスも身近どころではない存在でした。もちろん、魔法も言わずもがなです。
私たちはメアリスやルノ、ニコルたちが上手に踊れずとも、何か言ったりすることはありませんけれど、他の人たちは違います。
あまりこういったことを言いたくありませんけれど、参加される貴族の方たちの中には、陰口を叩いたり、意地悪をしたりするような方が全くいないと言い切ることが出来ないことが口惜しくもあります。
これ見よがしに私たちを追い落とすようなあからさまな行為はなさらないでしょうけれど、私たちが気にせずとも、メアリスたちが気にします。ですから、私たちは出来る限り完璧に教えなければならないのです。
「1、2、1、2、……はい、そこで止まってください。ルノ、慣れないドレスに慣れない靴が動きにくいのは分かりますけれど、あなたも立派な淑女になるなら避けては通れませんよ。ニコルは少し動きが硬いですね。緊張することはありませんよ。たしかに本番のお相手はよく知った相手ではないかもしれませんけれど、男性は紳士として女性をリードできなくてはいけませんからね」
身長の合わない相手と踊るのは大変でしょうけれど、まさか踊れない二人に組ませるわけにもいかず、お城のメイドさんにも手伝っていただいて、私がお手本を見せるようにして教えて行きます。
「メアリスとサラは大分良くなってきていますね。もう少し自然に体を動かせるようになるともっときれいに見えるようになりますよ」
「はい、ルーナ先生」
……教え始めてからこのように呼ばれることが多くなってきているのですけれど、どうにも慣れません。
「あらいいじゃない、先生でも」
「セレン様」
セレン様も日中はお城にいらっしゃらないことが多いのですけれど、今日は珍しくどこへも出ては行かれていらっしゃらないようです。
「ルーナ。そろそろ、『セレン様』ではなくて、『お義姉様』と変える気はないかしら?」
以前はそのように呼ばせていただいたこともありましたけれど、日取りなど、最近は余計に具体的になってきていて、何というか、こう、気恥ずかしいのです。
「まあ、いいわ。どうせ、1年以内には変わるのだし」
「……よろしければ、セレン様もお相手をお願いできないでしょうか。やはり、上手な方と練習した方が成果も上がりやすいですし」
「それは構わないけれど……、それだと、一人……、ああ、ルーナも踊るのね」
「はい」
私と、セレン様が入ってくだされば、セレン様とサラならそれほど身長も変わりませんし、メアリスとニコル、私とルノが組になることが出来ます。
私は男性のパートも踊ることは出来ますし、おそらく、セレン様も同じでしょう。
「いいわ。それで、音楽はどうするのかしら?」
「まだ、そこまでではないと思うので、後々考えなくてはなりませんけれど、今日のところは大丈夫かと思います」
昼食はルグリオ様が運んできてくださって、その日は日が暮れてお風呂をいただくまで練習に没頭していました。