5年生夏季休暇
試験が終われば学院は終了となっているため、帰宅しようと思っているのならばいつでも帰宅して良いのですけれど、アーシャたちの提案もあり、私たちは学院のプールへ来ていました。
「それーっ」
「あぁん、もう、どこへ飛ばしているのよ」
さすがに試験が終わった後にも学院に残って、あまつさえ、激しく身体を動かした後、さらに遊ぼうなどと考える豪胆さは他の組にはなかったようです。
なので今、学院のプールは授業のときと同じように私たち1組だけで独占しています。
「ルーナー。なんでそんなところに座っているの?」
私がプールの縁に腰かけて、真昼の太陽の下、きらきらと水しぶきをあげながら楽しそうに水の掛け合いなどをしている皆の様子を眺めていると、学院指定の水着を着たリアが水に浸かって手を振りながら、私のところへ近づいてきます。
「ルーナももう、泳げないなんてことはないんでしょう?」
「いつの話をしているんですか」
泳げなかったのは1年生の頃の話で、それ以降のことは知っているでしょうに。
「もしかして、疲れてた?」
たしかに疲れてはいますけれど、別に、プールで遊ぶことが出来ないほどではありません。
「私はただ、メルたちに何も言わずに来てしまっているので、帰りの馬車が心配なだけです」
メルにカイ、レシルは5年生なのでまだしも、メアリスは1年生ですから、待たせすぎてしまうことになっているかもしれません。それに、迎えに来てくださっているはずのルグリオ様、セレン様も。
「昼食もまだとられていらっしゃらないはずですし、何も告げずにいるので、心配をおかけしてしまっているかもしれません」
一応、プールをお借りする際に、リリス先生に許可をいただいているので、メルたちが校舎から戻ってこない私を心配してリリス先生に尋ねてくれれば、取り敢えずは安心できるのですけれど。
私たちの試験が終わったのは、どうやら5年生の中でも一番早かったようでしたから。
「まあまあ、そんなに心配しなくても……。ルーナだって結局水着まで着ちゃってるじゃない」
「それはそうなのですけれど……」
私がちらちらと入り口の更衣室の方を窺っていると、リアに手を掴まれました。
「えっ」
「えーい」
止める間もなくプールに引きずり込まれた私を、引きずり込んだ張本人が抱き留めてくれて、そのまま一緒に底の方へと沈んでいきます。
「……っぷ、はぁ、はあはあ」
水面から顔を出すと、頭を振るって大きく息を吸い込みます。
「何するんですか、リア」
「え? だって、ルーナがなんか入り辛そうにしてたからさ」
そういうことではなく、他人をいきなり水中に引きずり込むなんて、もしも、万が一のことがあれば大変な事故になっていましたよ。
「大丈夫、私がずっと手を掴んでいたから」
「ですから、ちょっと、何をするんですか、アーシャ」
私がリアに話して聞かせていると、遠くの方からアーシャが飛ばしたらしい水球が飛んできて、私の顔に当たって弾けました。
「ルーナ、余計なこと考えすぎ。……もしかして、私たちと一緒にこうして遊ぶのは楽しくなかった?」
アーシャが少し躊躇いがちに上目遣いで尋ねてきます。他の皆も一時的に動くのを中断して、私たちの様子を黙って見つめています。
「いえ、そんなことはないですけど……」
そう答えると、アーシャは一転、先程までの表情は見る影もなく、今日の太陽と同じ、陽だまりのような笑顔を浮かべています。
「じゃあ、いいじゃない。思い出作りだよ、思い出作り」
それー、とアーシャが声をかけると、真下の水が盛り上がってきて、噴水のように私の身体が、水に支えられながら、宙に浮かび上がります。
私の目の前にはプールへ続く下り坂が出来ていて、水が循環するように、絶えず下へ向かって流れ続けています。
「ちょっと……、きゃああああああ!」
流れ続ける水の上でバランスを保ったまま立ち続けるのは難しくて、私は膝をついて座り込むような姿勢になりながら、勢いよく目の前の水の坂を滑り落ちていきます。
大きな水しぶき、どちらかと言えば水柱をあげて、私はプールへ突っ込んでゆきました。
「……アーシャ、やりましたね……」
私は滑り落ちた勢いと、水に突っ込んだ衝撃でずれてしまっていた水着を引っ張って直すと、アーシャの方へ振り返ります。
「ルーナ、これ」
「ありがとうございます、シュロス」
渡されたビニールのボールを、壊れてしまわないように強化する魔法をかけて空中に放りあげます。
「お返しですっ!」
弾き飛ばしたボールは、アーシャが立っている水の坂を破壊します。
「うわっと」
しかし、アーシャと私とでは運動能力に差がありますから、アーシャは魔法を使わずとも、私のように無様にプールに落ちることもなく、それほど高さがあるわけでもありませんのに、空中で一回転して綺麗に飛び込みました。
「おおお」
周りのクラスメイトも手を叩いています。
「今度はこっちからいくわよ」
皆はいつの間にやら二手に分かれていて、いつぞやのドッジボールのような構図になっていました。
プールに浮かんだままだったボールを拾い上げたラヴィーニャが、濡れた薄緑の髪を払いのけながら放り投げたボールに向かって水中から飛び上がり、手のひらで勢いよく撃ち出します。
「甘いですわね」
受けたのはサンティアナ。両手を顔の前で構て、衝撃を吸収するように軽く後ろへと下がりながらボールを真上へと弾き飛ばします。
「シェリル」
「うん」
今度はシェリルが、金の瞳を大きく広げて、ぶつぶつとつぶやきながら、思い切り飛び上がり、蹴り飛ばしてきます。
「蹴るって、そんなのあり?」
「なしとは聞いてない」
ロッテが受けたボールは、流れて後方へと飛んでいきます。
「しまった」
「任せて」
私たちの水中でのドッジボールのようなものは、寮に私たちがいないことを不思議に思ったメルたちが呼びに来るまで続けられました。
結局くたくたになった私は、シャワーを浴びて着替えを済ませると、待っていてくれたメルと合流しました。
「お待たせしました」
「いいなあ。私もルーナと遊びたかった」
「いつでも……は無理かもしれませんけれど、これからだって遊ぶことは出来ますよ」
拗ねているような口調のメルの手を握ると、一緒にメアリスが待っているであろう女子寮へ戻りました。
「メル、遅いですわ」
「ごめん、待った?」
メルがメアリスの髪を優しく撫でているのを眺めていると、男子寮の方からカイとレシルと一緒にルグリオ様とセレン様が歩いていらっしゃいました。
「ルーナ、それにメルとメアリスも待たせてしまって悪かったね」
「そのようなことはございません」
私が言うのも違うような気もしましたけれど、メルとメアリスは黙ったままでしたので、代表して応えました。
「それじゃあ行きましょう」
トゥルエル様に挨拶を済まされ、メルとメアリスと手を繋がれたセレン様に続いて、私もルグリオ様の隣へ並びます。
「じゃあ、ルーナ、また休暇明けにね」
「ええ、また」
馬車の前で別々の馬車に乗り込む皆に別れを告げると、セレン様達に続いて、ルグリオ様に手を取られながら馬車へと乗り込みました。