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会場準備の下見

 その日、私が学院へ行く前に朝食へ向かおうと制服に着替えたところで、セレン様が迎えにいらっしゃいました。

 コーストリナではすでに雨季に入っており、この時期に馬車で出かけようとすると普段の倍以上時間が掛かるもので、実習やら何やらで外へ向かう生徒も減少する傾向にあるのですけれど、その日はたまたまと言いましょうか、3年生を含めて、半数以上の女子寮生は外へと出ていました。


「おはようございます、セレン様」


 私が学院、教室へ向かうのは大抵が寮で一番早くですので、その前に会おうと思えば、必然、相手もそれだけ早起きする必要が出てきます。


「おはよう。悪いわね、こんなに朝早くから」


 セレン様は寝癖が立っていらっしゃったり、目の下に隈を作られていらっしゃる、などということはもちろんなく、今日もルグリオ様と同じ、綺麗な翠の瞳で私の姿をざっと眺められると、満足げに頷かれて、美しい金髪を優雅に払われました。


「いえ、そのようなことはございません。私のお役に立てることでしたら、いつでもいらしてください」


 幸い、と言っていいのか、アーシャは実習か何かで、詳しくは聞きませんけれど、外へ出ていたため、部屋には私一人しかいません。


「メルも呼んできた方がよろしいでしょうか」


 春休みの例もありましたし、もしかすると、と思っていたのですけれど、その必要はないわ、とセレン様は首を横に振られました。

 すでに制服に着替えていてしまったため、ドレスに着替えなおそうかとも思ったのですけれど、そのままでいいわとおっしゃられました。

 その後、一応、いきなり寮からいなくなるというわけにはもちろん行きませんし、それはセレン様が正面からいらっしゃったことからも明らかです。

 馬車に乗って来られたという設定のセレン様は、準備を終えた私の前を歩いて女子寮入口まで進まれます。


「それじゃあ、トゥルエル様、ルーナを借りていきますね」


「気をつけて行ってきな」


 公欠届を提出していただけるようお願いして、どんよりとした曇り空の下、まだ誰もいない女子寮前の並木道をセレン様と一緒に歩いて行きます。

 

「呼び出しておいてなんだけれど、授業の方は良かったのかしら」


「はい。セレン様もご存じの事と思いますけれど、4年生以降はほとんどが実習ですし、5年生にもなると自由履修の科目、それもわずかにしかないので、今日は私も図書室でレポートを書こうと思っていたところでしたから」


 そのレポートも課題のものはすでに終わらせていて、先日のちょっとした思い付きに対するものなのですぐに取り掛からなければならないということでもありませんでしたし。


「そうだったわね」


 セレン様はその頃を思い出されたかのように空を見上げて小さく微笑まれました。


「そろそろいいかしらね」


 馬車に乗り込んでしばらく、人目を気にしながら誰もいない路地に入ると、私たちはセレン様の魔法でお城まで転移しました。





 その日に必要だった最初の仕事は、結婚式用に発注される花に関する用件でした。

 集めるのには、やはり人手も時間もかかりますから、種類のこともありますし、この時期から始めておこうということなのでしょう。


「やっぱり、こういうのは女性の意見を聞いた方が良いと思ってね」


 呼び出してしまって悪かったね、とセレン様とそっくりに謝られたルグリオ様に、思わずこぼれそうになってしまった笑みを押さえ込んで、お気になさらないでくださいと見本を受け取ります。


「どれも綺麗ですね」


 用意された赤、白、黄、その他にもピンクなど、色とりどりの花々の見本を、会場の見取り図と一緒に選びます。


「直接会場を見て回った方が良いかもしれないね」


「そうですね」


 そう返事をしつつ、私は部屋の窓から曇天を見上げます。

 今はまだ雨は降ってきていないようですけれど、どんよりとした空気は相変わらずで、外に出ているアーシャたち、それに他にも外で働かれている方たちには申し訳ないのですけれど、外に出るのは少しばかり躊躇われます。


「いや、やっぱり今日はやめておこうか」


 ルグリオ様はそうおっしゃられると、机の方を向かれました。


「いえ、ルグリオ様。私の事でしたら心配なさらないでください」


 今日呼び出されたからには、近日中に必要になるのでしょう。

 それならば、降りそうではありますけれど、降ってはいない今日中に決めてしまえる方が良いのではないかと思います。


「雨だからといって、庭師の方がお庭を手入れされるのを休まれることはないでしょう。それと同じことです」


 少し雨に降られたくらいで体調を崩すほど身体が弱いわけでもありませんし。


「……そうだね」


 そう言えば、季節の変わり目ですし、シエスタ先輩は……いえ、私が心配するなどおこがましいことです。

 きっと、ご自身でも体調の管理はしっかりなさっているはずですし、ソラハさんをはじめ、皆さん、それとなく気にして見ていらっしゃる様子でしたから。


「じゃあ、見に行こうか」


「はい」


 私たちは連れ立ってお庭を歩きに行きました。





 帰ってくるときには転移でしたのでじっくり見るどころか、視界にちらりと映っただけでしたので、こうしてじっくり見るといかに手を込められているかが分かります。

 この時期にお庭の形を結婚式用に整えられているのは、もし、意見があったり、後々になってからもっと良い案が思い浮かんだ場合に手入れし直す暇を作るためだそうです。

 設計にも時間はかかりますし、最終的には魔法で手入れなさるそうですけれど、やはり直接手を入れられる方が気に入っていらっしゃるとのことでした。


「薔薇や百合など、各色取り揃えておりますが……ご希望はおありでしょうか?」


 先程も見せていただいた、赤や白、黄色にピンクなど、どれも魅力的に見えて、どこに飾るにしても迷ってしまいます。飾るだけでなく、ブーケトス用の花束も用意しなければなりませんし。


「ブーケトスはセレン様の方へお投げした方が良いのでしょうか?」


「私はいいわ。サラかメルにでも投げてあげたらいいんじゃないかしら」


 その後、ぽつぽつと雨が降り始めてきてしまったため、学院に戻るのは諦めて、お城の中で会場の方の設計準備を見させていただきました。

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