世界一可愛い私の友人
番外編? 的なやつです。
読まずとも、本編的には支障はないかと思われます。
「すみません、シズク」
普段私とシズクが使っている部屋の前でルーナが頭を下げると、シズクは気にしないでと首を振った。
「皆が少し頭を冷やすまで、少なくとも今晩は私のベッドを使って」
パタンと扉を閉めて、おやすみと寝具を持ったシズクが部屋を出ていってしまったので、中には私たち二人だけが残された。
お風呂は祝勝会の前に済ませているから問題ないし、明日はお休み、一泊くらいならトゥルエル様も許してくださることだろう。あの惨状をご覧になったことだろうし。
「メルもありがとうございます」
肉食獣の群れから逃げ出してきてほっとしているような顔で、女神様のような友人が私に頭を下げると、月の光を反射した眩い銀糸がサラサラと零れた。
「気にしないで。私もルーナとこうしていられて嬉しいから」
実習に出ていたころは一緒に寝ることも多かったけど、というよりもそれが普通だったけれど、5年生になってからはそんな機会もなくなっていたし、私は小さく笑みを漏らした。
「私もメルと一緒で嬉しいです。もっとこうして話す機会があればいいのに」
そう言って、誰もが見惚れるような顔で微笑んだルーナは、垂れてきた髪を耳にかけると、少し目を細めて窓の外に出ている月を見上げていた。
私の友人のルーナ・リヴァーニャはお姫様だ。
ここコーストリナの隣に位置するアースヘルムから嫁入りしてきた正真正銘の王女様。
約一年後には結婚式も行われて、名実ともにコーストリナの王妃様になる。私なんかとは全然違う、まさに雲の上の人物だ。なんか、とかって言うと、自分を卑下しないでってよく言われるから、なるべく言わないようにはしているけれど。
私に、いや、私たちにとってルーナたちはまさに神様、女神様のような存在だった。
ただ何もできずに離れ離れに売り飛ばされるだけだっただろうはずの私たちにとって、あの日、あの時、ルグリオ様達に拾っていただけたのは、まさに奇跡としか言い表せない偶然だった。もし、少しでも遅かったなら、私たちは死んでいたかもしれないし、ううん、きっと死んでいたんだと思う。あの頃は分からなかったけれど、今ならそれがよく分かる。
ルーナに言ったら、それは私の功績ではなくルグリオ様、アルメリア様のおかげですよ、と言うのだろうけれど、私たち、少なくとも私にとっては、歳の近そうなルーナがいたということは大分救いになっていた。本当の年齢なんて知らないから、なんとなく、といった理由でルーナと同じ年齢ということになってはいるけれど。レシルは私たちよりきっと年上だろうし、メアリスも、もしかしたらもっとお姉さんなのかもしれない。サラに聞いても、孤児院にくる以前のことは分からないと言っていたし。
私は、ルーナの友人だと言って貰えることがとても嬉しいけれど、今になっても、本当に私でいいのだろうかと思うこともある。私は親の名前もわからない小さな孤児院出身で、普通の人に聞いたなら、まず間違いなく不釣り合いだと言われることだろう。
もちろん、学院にはいってからは必死なつもりで勉強しているし、訓練もしている。それでも、世界一可愛い私の友人は、魔力、魔法技術、勉強と学生に必要なほとんどの部分で私たちの遥か上をいっている。勝っているのは体力、そして、まあ、体格的な部分だけだと、少なくとも私はそう思っている。
大きな紫の宝石のような瞳も、可愛く整った顔立ちも、細く折れてしまいそうな腰も、華奢な手足も、ミルク色のすべすべの肌も、全部が全部、まさにお姫様している。
「……それで、アーシャたちはひどいと……、メル、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫大丈夫、聞いてるよ、ちゃんと」
ふと気を取り戻すと、半眼のルーナがじいっと私を見つめていた。正直、大変可愛らしくて、柔らかそうなミルク色の肌をぷにぷにとつつきたくなる衝動にかられたけれど、ぐっとこらえて、深呼吸する。
「すみません、私ばかり話してしまって。楽しくないですよね」
この、おそらく私が世界で一番可愛らしいと思っている友人は、どうやら、少しは自身の容姿や存在が周囲に与える影響に対して認識してはいるらしいものの、理解が不足している節がある。
出会った時は、緊張していたのか、あまり感情表現が豊かな方ではなかったけれど、それはお互い様と言えなくもないし、今では、学院に入学してからは本当に、学年を経るごとに、強く、優しく、そして美しくなってきている。
「ううん。私はルーナと話せて楽しいよ」
春季休暇にみせてくれた、結婚式で着るのだというドレス姿もとても綺麗だった。
王家の秘術らしい転移の魔法を、ルーナも、ルグリオ様も、セレン様もお使いになられるけれど、私には当然使うことは出来ないから、春期休暇以降のより完成形に近づいていると思われるドレス姿にはいまだにお目にかかっていない。
何でもドレスコードというのがあるらしくて、私たちも、アースヘルムでの婚約パーティー以来のとても豪華な服を何着も試着させられた。嬉しかったことは嬉しかったのだけれど、どうにも服に着せられている感は否めなかった。
「ルグリオ様やセレン様にもドレスはご覧になっていただけたんでしょう?」
「ええ」
メルも褒めていただいていましたよね、と愛おしそうな視線で中空を見つめている。
ルーナが一番可愛く見えるのは、自分の婚約者様を想っているときだって、私たちの誰もが知っている。
普段から別に近寄りがたいとか、そんな雰囲気を出していることは学院ではほとんどないけれど、本当に時たま見せる、そういった雰囲気のルーナには、何となく声をかけることも憚られる。
いや、もしかしたら私たちが慣れてしまっているだけで、他の学校、学園の生徒からはいつもそういう風にみえているのかもしれない。
「実際はそんなことはないんだけどね」
「何か言いましたか?」
実際は普通の恋する女の子で、話してみれば、そんなことはすぐに分かるのだけれど。
「ううん、何でもないよ。それより、そろそろ寝た方が良いんじゃない?」
「そうですね、明日はお休みですけれど、早く寝た方が成長にも良いですし」
自分の身体を見下ろすと、小さくため息をついて、ちらりと私の方へ視線を向けつつ、ぽすんとベッドに倒れ込む。
そんな努力を続ける彼女に、女の子の平均的な身体的成長の話など出来るはずもなく、そうだね、とだけ返事をすると、明かりを消してベッドに入る。
「おやすみ、ルーナ」
「おやすみなさい、メル」
本当はもう少し話してみてもいたかったけど、すぐに隣から可愛い寝息が聞こえてきて、私は一度だけ立ち上がって彼女の寝顔を確認すると、ベッドに戻って目を瞑った。