5年生学内選抜戦 4
私たちの周囲は結界によって守られているため、戦いの余波の影響は受けていませんけれど、一歩外に出ると、別の空間なのではないかと錯覚するような光景が広がっています。
「本当に、しつこい男性は嫌われるって、これ常識なんだけどっ」
アクセリナさんが煩わし気に腕を振るうと、その雑にも見える動きとは裏腹に、何枚もの極薄の障壁が、メルヴィンさんを押し流してしまわんばかりの速さで展開されます。
「女性には積極的にアプローチをかけるものだよ。目の前で他の誰かに攫われてしまう前にね」
その障壁の合間を抜けようと、右に左に、上からと、躱し、破壊しながら、それでも一歩一歩じりじりと、私たちの方へと迫ってきています。
「だったらっ!」
アクセリナさんはメルヴィンさんを正面から待ち構ます。
「何考えてるの?」
「教えるわけないじゃない」
メルヴィンさんは楽しそうに微笑むと、特に工夫もなく、正面から突っ込んできました。しかし、その速度は目を見張るものがあり、正面に用意している、槍のようにとがった障壁も相まって、突破力にはかなりのものがありそうです。
「えっ、あっ、ちょっ、うわっ」
しかし、メルヴィンさんの身体は私たち、アクセリナさんに到達する前に空中へと浮かび上がりました。
正確には、アクセリナさんが準備されていた、坂道のような障壁に乗り上げてしまい、それを駆けあがたことによって、空中へと自ら放り出されたといった感じです。
そのまま風に運ばれるように空中を進まれて、彼的には後退なのでしょうけれど、私たちの目の前からは姿を消されました。
「正々堂―—」
何か言いかけていらっしゃった言葉は、地面に落ちたような音と、その際の悲鳴で掻き消えて、私たちの下までは届きませんでした。
「ルールに乗っ取っている以上、戦いに正々堂々も何もあるわけないじゃない」
アクセリナさんは笑顔で振り向きます。当然ですけれど、リリス先生やロールス先生からは何も注意がなされない以上、特に悪質だとか、危険などということはないようです。
アクセリナさんの方がひと段落したため、私はリアとロッテの方を振り返ります。
リアの、そしてシキさんの姿は近くには発見できませんでしたけれど、ロッテは校章からそれほどつられて離れて行くつもりはないらしく、生えている草を集めて作ったような剣のようなものを両手で握りしめています。
対するモノークさんの方は、特に手に何かを持たれているということはありませんでしたけれど、構えた両手には、おそらく空気がまとわりついていて、周囲の空間を歪めています。
背後には4本ほどの槍を象った炎も浮かんでいて、いつでもこちらを狙い打てるように隙を狙っているようでした。
「埒が明かないな……」
そうつぶやいたモノークさんは、背後の槍をバラバラに飛ばして、直接こちらを狙いに来たようでした。
「させないって言ってるでしょう」
ロッテは飛び上がると、即座に一本目を弾き飛ばし、二本目を撃墜します。
「あとは」
「ロッテっ、ダメですっ」
声をかけるも間に合わず、槍に対応していたロッテは、本命であるモノークさんに対応するのがわずかに遅れ、障壁を間に合わせることは出来ずに、一撃を貰って地面へと落ちてきます。
「ロッテっ」
私はロッテの下へと障壁を滑りこませ、落下の衝撃からは守ることは出来ましたけれど、どうやらロッテは気を失っている様子でした。
「次はどっちが相手をしてくれるんだ」
モノークさんは私とアクセリナさんを交互に見やられます。
「私―—」
「私がお相手致します」
アクセリナさんの言葉を遮って、私は一歩前へと進み出ます。
「ルーナさ、寮長っ!」
「今まで戦っていた後輩を前に出させるほど私は人でなしではありません。大丈夫です。きっと勝ちますから」
不安そうな瞳を向けてきたアクセリナさんに向かって微笑むと、私は振り向いてモノークさんに向き合いました。
「ルーナ様、じゃなかった、寮長自らとは、光栄で、だな」
どちらを無理しているのか分からない口調で、モノークさんは私を正面から見据えられます。
「あまりじろじろと女性を見るのは良い趣味とは言えませんね」
「えっ、あ、いや、そんなつもりは」
もちろん、彼にそのようなつもりがないことは分かっています。しかし、少しでも動揺させることが出来れば、こちらが主導権を握ることが出来ます。
「万が一、そう、万が一リアが破れて戻って来られないと困った状況に陥りますから、素早く済ませましょう」
「……随分な自信だな」
モノークさんはしゃがみ込んだかと思うと、気を失っている様子で地面に倒れ伏しているロッテを無造作にこちらへ向けて放り投げられます。
「あっ」
まさか無視するわけにもいかず、咄嗟のことに身体が先に動いた私は、身体強化をすると、ロッテの下に潜り込んで優しく抱き留めます。
「隙ありぃい」
戦場では卑怯も何もありませんから、倒れている者を囮に使うこともあるでしょう。それを咎めるつもりはありません。
「私が隙を見せるのは、ルグリオ様と二人きりの時だけです」
私にはそんなつもりはないのですけれど、メルたちに言わせるとルグリオ様といるときの私はどうも普段と比べて隙が増えるようなのです。
それはつまり、普段からも隙はあるということなのですけれど、メルたちがそう言っているだけで、私にはわかりません。だからこそ、隙だと言われるのでしょうけれど、
「くっ、おっと」
障壁に止められた拳を引き戻そうとされたところで、地面を尖らせて隆起させます。
「アクセリナさん、頭を抱えて伏せてください」
それだけ言うと、自分の目の周りを影で覆い、閃光の魔法を放ちます。
一瞬の事でも、効果は絶大で、準備もなく避けられるものではありません。
「すみません。これも勝負ですので」
目を瞑ってきょろきょろと辺りを見回しているモノークさんに近付くと、彼の意識を刈り取ります。
眠ったように地面に突っ伏したモノークさんを離れたところまで運びます。
ちなみに、咄嗟の閃光を防ぐ方法はなくとも、すぐさま治癒の魔法を応用すれば視界は回復することが出来ますし、目は見えずとも、結界や防御壁を張るなり、防衛するための機構は少なくありません。
視界を奪われることによって判断力が大きく損なわれることは事実ですけれど、お城ではそういった状況でも対処できるようにと、訓練も積んでいます。可能性は限りなく低いですけれど、いつ、必要な状況が訪れるとも分かりませんから。
「後はリア先輩が無事に戻ってきてくださればよいのですけれど……」
私とアクセリナさんはリアたちが進んでいった先を見つめます。